14.生誕祭
幼い頃はよく笑う子だった。
幼馴染であり主でもあるリアム王と共に、外に遊びに出ては服を汚して帰り、侍女達に怒られる。そんな普通の子だった。
だがいつの日か、自身の王専属騎士である立場を自覚し始めたノアは、自然と笑わなくなった。
いつも張り詰めた空気を醸し出し、必要とあれば笑顔を作り、自分に好意を寄せる女性達をかわしていた。
だからデイジー様から『ノアが自分の婚約者になりたがっている』と聞いた時、やっとノアが人を愛すことが出来たのかと内心喜んだものだ。
今回のデイジー様が令嬢達に負傷を負わされた件もノアへ恋心を抱いた令嬢達の嫉妬によるものだと聞かされ、やっと見つけたノアの想い人を傷つけるなどと怒りで一杯になっていた。
だが、どうやら私は、デイジー様に嘘を吹き込まれていたらしい。
「こちらお下げしますか?」
物思いに耽るルイスに侍女の声が掛かる。
目の前にあるティーセットを片付けている様だ。
カートの上には先ほどイザベラが力任せに割ってしまったカップの残骸が積まれており、お揃いのティーセット達は無傷の物も処分されてしまうのだろう。
「ああ。頼むよ。それから、ウィスキーと少しつまめる物を頼んでもいいかな?」
「かしこまりました」
侍女は手慣れた様子で片づけを終えると、カートと共に部屋を出ていった。
恐らくこの屋敷では、物が壊れたり人が怪我をするなど当たり前のことなのだろう。
令嬢達から聞かされたデイジーの正体は、ルイスの前で見せる天使の姿とは異なっていた。
以前から良く笑いそして良く泣く子だとルイスは思っていたのだが、その様な天真爛漫な姿が感情の見えずらいノアには魅力的に思えたのだろうと自分に言い聞かせていた。
しかし今回、エマとのやり取りを目の前で見せられたルイスは、その考えを一変させる事となった。
怒りも悲しみもそして喜びも、彼は全ての感情を彼女の前で見せたのだ。
自身の意見に反対する彼女には怒りで声を荒げ、王城を離れろとイザベラから命令された際には悲しい瞳で彼女を見つめていた。
そして何よりも、彼女がノアの価値を公言した時の顔。
(あんな表情、初めて見たよ)
蕾から一瞬にして大輪が咲く様な華々しい笑顔。その瞳に映るエマへの感情はもしかしたらノアが生まれて初めて触れた感情なのかもしれないとルイスは思う。
「それにしても、クレメント婦人か。クラウディン嬢もなかなか小賢しい」
エマの隣にいた赤毛の令嬢を思い出し苦笑する。
『ソフィア・クレメント』
社交界で有名な女性であり、その厳しい教育は何人もの令嬢を泣かせてきた。
彼女からお墨付きを貰った令嬢は、社交界でも立派なレディである事を認められ、周りから一目置かれる存在となる。
オリビア妃もクレメント婦人から認められたがゆえに、彼女にお近づきになりたい令嬢は後を絶たない。
それを良く思わないリアム王により、簡単には会う事は出来ないのだが、その希少性も相まって今ではオリビア妃は令嬢達の憧れの存在だ。
オリビア妃の様に彼女から認められれば問題ないのだが、反対に彼女から烙印を押されればそれは令嬢のみならず、その家の汚点ともなる程の影響力を持っている。
そのため娘に烙印を押されたくない両親は、クレメント婦人に娘の生活を干渉する権利を与え、合格点が貰えるまで外には出さないという方法が取られているらしいのだ。
(イザベラは早々に屋敷へは戻らない。デイジー嬢がどれ程の人間かは不明だが、クレメント婦人が認めるまで何年掛かるか)
例え数年であろうとも、デイジーの毒牙から王城の令嬢達は逃れる事ができ、また、次に会う時には礼儀をわきまえたレディとして世に出るのならば害にはならない。
そう、エミリアは『我儘姫デイジー』を徹底的にこの世から抹消する事に成功したのだった。
紅葉の美しさが影を顰め、肌寒い冬が始まった頃。
リアム王の生誕祭の準備が進められていた。
若き国王をお祝いしようと町は人々の手により装飾され、その活気に便乗しようと他国からも多くの人々が押し寄せているらしい。
エマのいる野外に設置された天蓋もリアム王の碧眼を思わせる青い上質な布に、彼の金髪をモチーフとした金の刺繍を施した繊細なデザインだ。
以前、王族の領地にある湖で、野外の食事会を行った事が昨日の様に思い出される。
今いる場所は生い茂った森の手前に設置された休息所で、王城に住まう令嬢達は全員招かれている様子だった。
同じ様なデザインの天蓋の中には数名の令嬢達が渡されたブランケットや簡易的な暖炉として付けられた焚火で暖を取っている。
しかし、寒いものは寒い。
「も、もう少し。もう少しだけこっちに来て下さいまし~・・・」
ブランケットを二重に被ったエミリアが震えながらエマとアイラの腕を引っ張る。
都会育ちの彼女にはこの状況がつらい様子だが、農家育ちと貧困地出身の令嬢には慣れた環境であった。
「エミリアさんは少々貧弱過ぎでは?私と共に寒中水泳でもします?」
布を何枚も重ね、両脇を友人で囲んだにも関わらず凍えるエミリアを見て、心配そうなアイラが提案する。
もちろん、そんな提案を受け入れたくもないエミリアは『殺す気か?』という表情でアイラを睨みつけた。
「それにしても、いつ頃、帰れるのでしょうね」
エミリアに片腕を取られながらも、エマは焚火に薪を焚べる。
今日は生誕祭の前日。
以前から国王の生誕祭は国王自らが狩った動物を皆で食すのが習わしだと言う。
前国王は外に出る事が少なく、ましてや狩りなどに興じる事もなかったため、その習わしは一時的に中止されていたのだが、前国王に反発するリアム王がわざわざ行事を復活させ今に至るという事だ。
目的は王が狩りを無事に終える事だが、この行事は兵の息抜きにもなっているため、血気盛んな男達が一斉に森へと向かい女達がその帰りを待っている。
さすがに女性達だけ残すわけにはいかないため、数名の騎士は残されている様で、中には王からの信頼が厚いノアの姿もあった。
「ノア様。そこでは寒いでしょう?どうぞこちらへ・・・」
「あら、こちらの火の方が燃えていますわ。さあ、こちらへどうぞ」
相変わらずの女性受けは好調の様で、爽やかな笑みを張り付けたノアは無言のまま警備を務めていた。
「それにしても、エマさんの馬は残念でしたわね」
「ああ。確か気性が荒いので不参加だとか・・・」
二人が心配してくれる暴れ馬レタスンは、エマ以外の人間に乗られることを嫌がり今回の狩りには参加していない。
「ええ。彼一人厩に取り残されて、きっと寂しがっている事でしょう。ですので・・・・こちらを」
そう言ってエマが取りだしたのは藁だ。
愛馬が出来たと母に報告したところ余った藁を送ってくれたのだ。
「まだ帰ってくる様子もありませんし、レタスンの様子を見に行こうと思うのですが、ご一緒にいかがですか?」
「いえ。私はここでエミリアさんを温めますから」
使命感たっぷりの表情をしたアイラから断られる。
馬が苦手な彼女が付いてくるはずもないと思っていたが、予想通りだった。
「温めて下さいまし~・・・」
そしてアイラから暖を取ろうとするエミリアも付いてくる様子は見えない。
仕方がなくエマは、一人でレタスンのいる厩へと向かうことにした。




