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13.エミリアの武器

王城へ帰る馬車の中。


疲労を隠せない面々が無言のまま馬車に揺らされていた。


変わりやすい秋の空は、晴天を分厚い雲が隠し、今では激しい雨が大きな音を立てて降り注ぐ。


誰も口を開かない車内では、馬車の走行音と雨音だけが響いていた。


イザベラからの無理難題をなんとか達成したエマ。


デイジーに振り回され続けたノアなど各自それぞれの理由で疲労しているのだが、中でも最も消耗しているのはエミリアだろう。


前の席で瞳を閉じ、壁へ寄り掛かっている友人の姿をエマはちらりと盗み見る。


薄く閉じられた唇は珍しく乾燥しており、いつもは健康的なピンク色の頬も数時間の間で細くなってしまっている。


彼女の目の下にほんのり出来た隈を見つめながら、エマは先ほどマリアーノ邸で起きた出来事を振り返った。





リアム王の意向とは反し、イザベラは国王との諍いを望んではいなかった。


ルイスの説得によりノアを王城へ返す決断をした彼女だが、やはり娘と婚約者の距離感が気になっている様子だ。


「王城へ帰る事は許可するが、娘との時間は確保してもらうぞ。それから、貴方がマリアーノ邸に来るか、王城へデイジーが赴くのかは任せるが、娘への無礼を許すのは今回だけだからな」


イザベラにとってはデイジーはあくまで被害者であり、書面上は和解していても心情としては決してエマ達を許していない様だった。


「はい。心得ております」


ノアはその言葉に膝を着き首を垂れる。


本意ではないだろうが、ここでイザベラに反抗するのは得策ではない。


恐らくノアはデイジーを王城へ招く事はないだろう。息をするだけで問題を起こす彼女はマリアーノ邸に押し込めている方が都合がいい。


だがノアに執着するデイジーが不満を持たない程度には屋敷に通わなくてはならなくなる。


住居を移す事は回避できたが、今後は王城を離れる回数が多くなるのは予測できた。


デイジーの厄介さに皆ため息を吐くのを堪え、口を噤んでいると、震えた細い声が聞こえた。


「あ、あの。私からデイジー様へお願いがございます」


その声以上に体を震わせているエミリアは、恐る恐るイザベラに目を向けている。


「デイジーに?それをなぜ私に話す」


初対面の印象が悪いエミリアにイザベラは不快な態度を見せる。


アーチーを陥れるためとは言え、エミリアの王族を侮蔑した態度が許せなかったらしい。


イザベラから敵意のこもった返事を受け、エミリアの表情が強張ったがそれでも彼女は言葉を続けた。


「イザベラ様の許可も必要となる内容だからです」


要領を得ないエミリアの話に苛立ちを見せるが、話を中断しないという事はまだ聞く気はあるらしい。


目線で『続けろ』と合図を送るとエミリアは一度頷く。


「デイジー様は以前、『被害を与えた令嬢達に償いをする事』という内容の約束を国王様の前で成立させております。皆さま様々な形で彼女からの償いを受け取りましたが、私はまだその約束が履行されておりません」


この屋敷に来る原因となった事件の一番の被害者であるエミリアは未だにデイジーの『償い』を消化してはいなかった。


本当はイザベラに見つからない状態でデイジーに償わせたかったエマは、決して無理難題をデイジーに要求しなかったが、明るみに出てしまった今、それを隠す必要もないと口を噤んだ。


「お前たちが勝手に娘を陥れたのだろう?それだけでも不愉快だが・・・さらに貴方は私を巻き込むと?」


やはりデイジーへの『償い』を快く思っていなかったイザベラは額に青筋を立てエミリアを睨みつける。


エマでさえ耐えられない視線に正常なエミリアが対応できるはずがないと思ったのだが、弱弱しい瞳はまっすぐイザベラに向けられていた。


「私の提案は一つ。それは『デイジー様に教育係を付ける』ことです。」


「教育係?」


イザベラの鋭い視線を受けながらもエミリアは自身の決めた意見を伝える事を止めなかった。余程覚悟を決めて発言したのだろう、イザベラの賛否も聞かずより詳細な要求を語り始める。


「はい。またその人物も指定させて頂きますわ。名は『ソフィア・クレメント』。元々はオリビア妃の教育係を務められた素晴らしいご婦人ですわ」


「!!?」


その手の噂には詳しくないエマには分からないが、その名を聞いた途端、イザベラの表情が変化する程の有名人らしい。


「よく平然と要求できるな。お前は王族を理解していないらしい。」


そう言うとイザベラは鉄の扇を取り出しゆったりとした動作で立ち上がる。


その立ち姿はこの部屋の誰よりも気高く、そして冷酷に見えた。警戒したノアやルイスが傍に駆け付けたが、彼女を止める事が出来るかは不明だ。


「王族はな、誰にも侵される事のない絶対的な権力を持ち、人々から敬われ、そして恐れられる存在。全ての人間の上に立つ価値があり、そして彼らを跪かせる権利を持つ!!それを令嬢如きが汚すなど不愉快でたまらん!!」


怒号を飛ばすイザベラは持っていた扇を大きく振り上げ、カートに乗っていたティーセットを吹き飛ばす。


大きな音を立てて割れたそれを片付ける人間はいなかった。


これ以上イザベラの怒りを増長させてはエミリアの命が危ないと判断したエマは、二人の間に入ろうと息を吸ったが、言葉を発する前に止められてしまう。


「その価値は、その権利は、息をするだけで与えられるものでしょうか?」


「なに?」


それは、エマ達がデイジーから吐かれた暴言だった。


傷心のエミリアの心に負荷を与えない様にと彼女に伝えはしなかったが、『躾』の際に放ったデイジーの暴言は、その場に居合わせた侍女を通して王城内で噂になっているという話は聞いた事がある。


肩は小刻みに震え、膝の上に置いた手は抑えつけても止まらない程の恐怖を表していたが、エミリアはそれでもイザベラから視線を離そうとはしない。


「デイジー様は仰いました。王族は生きているだけで価値があると、税を収めなくては価値が生まれない領民とは違うと!・・・イザベラ様もそう思われますか?国の頂点にいる事を認められるだけで、それは価値となりますか?絶対的な権力を持っているからこそ、民を導き守る。そのための知識や倫理を持ち合わせる事は権利をもつ者の義務だと!そう思うのはおかしいでしょうか!?」


涙を目にため込みながらもエミリアは必死に訴えた。


エミリアは小心者だが馬鹿ではない。


社交界に通ずる彼女はイザベラの人物像を把握していたのだ。


彼女が冷酷ではあるが聡明で知見の広い事。その魅力が人々を引き付けている事。


そして、そんな彼女が確固たる『王族像』を持っている事を。


エミリアの必死の訴えにイザベラは持っていた扇を口元に当て思案する。


猫かぶりの娘が世間ではどんな態度であるか忙しいイザベラが把握していたとは思えない。今回の件もデイジーのを一方的な『被害者』と称するところを見ると正確な情報を耳にしていたとは考えにくい。


娘の本性を知ったイザベラが『令嬢如き』の意見に従うか、決め兼ねている様子が窺える。


このまま見守る姿勢も取れるが、折角エミリアが作ってくれたチャンスを無駄にしたくないエマが後に続いた。


「デイジー様は、イザベラ様の仰る王族の『宿命』に逆らっております。彼女が天から与えられた道を外れてしまった今この時こそ、その歩みを正すべきです。それこそが、お母様であられるイザベラ様の『宿命』とも呼べませんでしょうか」


彼女が噂通りの『信徒』であるのならば、娘が神に背く反逆者となる事を良しするはずがない。


エマの発言に一度強く眉を顰める様子が見えたが、持っていた扇を広げ一瞬にして顔を隠してしまった。


これでは心情を読み取る事もそれに合わせて発言を変える事も出来ないとエマは焦ったが、その焦燥は杞憂に終わる。なぜならば、


「っは、ははっははは!!」


見た事もない程大きな口を開けたイザベラが豪快に笑い声を上げたからだ。


小さなすぼんだ口が一気に開いたその姿は、失礼だが美しくはない。と言うよりもまさに獲物を喰らう蛇にも似た容姿に恐ろしさすら感じてしまう。


親しい間柄だと思われるルイスでさえその姿に呆然としており、ただイザベラの笑いが収まるのを皆で見守っていた。


「なる程、『天』の名を出すか、っくく・・・。令嬢にしては生意気だが、気に入った。貴方の『償い』を受け入れてやろう」


口を広げたりすぼめたりと安定しない表情のイザベラが、エミリアへ初めて微笑を見せる。


不気味な化け物を見る目をしていたエミリアもイザベラの言葉に我に返り、声にならない声で何度も頷く。


こうしてエミリアは与えられた権利を有効活用する事に成功したのだ。


(だけど、教育係程度であの娘がどうにかなるのか?)


エミリアに協力したエマだが、その結果には一抹の不安が残る。


だが、要求を通せたエミリアが『信じられない』という様子で喜んでいるため水を差すのは止める事とした。


「エマ。私は貴方の無礼な行動は不愉快だが、小賢しいところは好ましく思っている」


「は、はあ。ありがとうございます」


褒めているつもりなのであろうイザベラの言葉にエマは歯切れの悪い返事を返した。


王族は褒められる事はあっても逆は少ないのだろうと、イザベラの不器用な言葉をエマなりの解釈で受け取ったのだ。


「長男のジャクソンなどはどうだろう?」


「・・・はい?」


言葉遣いの不器用なイザベラから再び理解不能な言葉を投げかけられる。


「次男のサミュエルは残念ながら胸囲の豊かな女性が好みでな、ああ、だが三男のオーウェンならば力もあるしカールソン領でも役に・・・」


「なんのお話でしょうか?」


相手の反応を無視して話を続けるイザベラにエマから制止の声が掛けられる。


自分勝手に話を進めていたにも関わらず、話に付いてこないエマに対し『頭の回転が悪い奴』と言いたそうな表情を浮かべた。


「お前の夫となる男の話だ。私の息子は3人いるから、一人やろうかと・・・」


「この方は!!国王様の側室です!」


イザベラの発言にいち早く反応したノアが素早く間に立つ。


「甥はオリビア以外の女に興味などないだろう?どんな理由で集めたかは知らないが手放すようにノアからも進言してくれ」


「お断りします」


間髪入れずに拒否するノアの姿勢は、イザベラの怒りに触れたらしく、鉄の扇を持つ手に力が入る。


しかし目の前のノアも一歩も引く気がないどころか、怒りを露わにするイザベラの前へとさらに躍り出た。


「まあまあ。取り敢えず、今日の目的な達成されたのだろう?彼女達も疲れているし、何よりも君はクレメント婦人に教育係の依頼を出さなくてはいけない。彼女は社交界でも大変人気の高い先生だから、早く手を打たないと他の人に取られてしまうかもしれないよ?」


険悪な雰囲気の二人の間を和やかな微笑を浮かべたルイスが割って入る。


彼は子供に諭すように語り掛け、イザベラの怒りを少しずつ静めていく。やはり気になる間柄ではあるが、無用な事を口にするつもりもないエマは、ルイスがこの場を収めてくれる事に心の中で感謝を送る。


念が通じたのか、イザベラを落ち着かせたルイスがふっとエマの方へ視線を向け笑顔を見せた。


それは慈しみと、そして喜びを含んだ優しい微笑だった。


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