12.信頼の騎士
「それで?どうするつもりだ?」
「はい。今後は私達がマリアーノ家の商業記録を管理致します。こちらの屋敷に通うという手段もござますが、デイジー様やアーチー様もいらっしゃいますから別邸などご用意頂けたらと思います。」
茶番劇を終えたエマは、いつもの淡々とした口調でイザベラへ今後の計画を説明する。
夫であるアーチーは、「オリビア妃」の名を耳にした途端、イザベラが尋常ではない程恐ろしい表情に変化したためそそくさと部屋を後にした。
残された者達にはイザベラからこれまでの経緯が説明された。
納得の表情を見せるアイラや精神安定剤が薄れたのか徐々に体を強張らせ始めるエミリア。
始終口を開かず何を考えているかは不明な銀髪の男性にまた無茶をしたエマへ厳しい視線を向けてくるノアと反応は様々だった。
「それは構わないが、貴方達で処理出来るのか?リアムの雇った人間に頼むつもりはないぞ?」
アーチーの悪行を終わらせたいイザベラだが、リアム王がそこに絡めばアーチーは犯罪者としての烙印が押されてしまう。
それは避けたいのだ。
「ご心配には及びません。私達は領地で基本的な知識を学んでおります。ねぇ、皆さん」
「物価や人材費などおおよその価格設定は把握していますので異常値があればすぐに分かります」
「お金の流れを誤魔化すとすれば、存在しない名称を使用したり、不明なカテゴリーを作ったりするのでしょうが、恐らく詳細な記録は廃棄していますわね。ですが通常は詳細な記録を取っているのもの、書類が足りない記録は徹底的に調べますわ」
領地のブレーンとして働くアイラもさすがだが、横領に関する知識を持ち合わせているエミリアもなかなかだ。
クラウディン領の様な大都市では必要な知識なのだろう。
「ですからどうか、私達にお任せください」
エマは深々と頭を下げる。それは、これで問題を終わらせてくれという必死の懇願でもあった。
閉じた扇を口元へ当て、イザベラが黙り込む。提案を受けるか否か考えている様だがエマ達には心臓に悪い時間だ。
「いいだろう。別邸を用意させよう」
数秒の時間であったがエマには何十分にも感じられた。
イザベラの許可を得た3人は声にならない喜びの吐息を漏らす。これで首の皮一枚つながったのだ。
お互いに手を取り合い喜びを共有していると先程まで控えていたノアがイザベラの元へ近づく。
「別邸はどちらに構えるご予定ですか?」
「・・・専属騎士のお前に教えるわけがないだろう」
リアム王の介入を許さないイザベラから怒りのこもった声が漏れる。
やっと収まったイザベラの怒りを復活させようとするノアの行動をエマは瞬時に止めに掛かった。
「ロックウェル様には関係のない話です」
(王の計画が崩れたからと言って巻き込むな!)
本来はリアム王がエマを餌にしてイザベラを表舞台へ引っ張り出すというの計画だったが、無理に危険な道へ戻る必要はない。
どこまでも忠実な騎士を冷たい口調で突き放す。
もちろん、それで引き下がる簡単な人間ではない事をエマは知っているのだが。
「アーチー様が貴方達に敵意を持つのは目に見えています。例え業務に携わらなくとも護衛は必ず必要です」
エマの態度にむっとした表情を見せたノアが自身の必要性を説く。
確かにイザベラの用意する別邸がアーチーに知られる可能性も捨てがたい。が、その護衛がノアである必要はないのだ。
「でしたら護衛はマリアーノ家で用意して頂きたいです。」
「っな!私では力不足だとでも?」
リアム王の息の掛かった人間を嫌がるイザベラへ提案できる唯一の策だ。
エマとて自身の身の安全は確保しておきたいと考えている。だからこそイザベラの許可を得られる人間を選んだだけなのだが、ノアには通じないらしい。
「私は第一騎士団長です。そこら辺の騎士が束になっても敵いません。貴方も分かっているはずですが?」
嫌味を含めた言い方をするノアが示しているのはアジトに侵入した時の事だろう。エマの無謀な行動に巻き込まれた事を未だに根に持っている様子が窺える。
自身を拒否するエマを説得しようと両腕を掴み目線を合わせるため腰を落とす。
それはまるで母親が小さな子供を叱っている姿に似ているが、討論に必死な二人は気が付かない。
「貴方はそうやって過去の事を繰り返す・・・本当にしつこいですね!」
「っしつ!?貴方が俺に小言を言わせているのでしょう!?」
白熱するノアに乗せられて常日頃彼に抱いている感情をぶちまけた。
その一言に冷静さを欠いたノアが食らいつく。
一人称すら変わってしまう程の豹変ぶりに周囲は瞠目して見守る中、イザベラだけが呆れた様子で白熱する二人の会話へ入り込む。
「どちらにしろノアはこの屋敷で暮らすのだ。護衛には付けないぞ」
その発言に騒がしかった室内は静まり返った。
(この、屋敷に?)
初めて聞く情報にエマも驚きを隠せない。
何よりも先程まで大声で怒鳴っていた目の前の人間が黙り込んでしまったのだ。ノアの様子が気になりそっと顔を覗き込むとそこには悲しい色をした目がこちらを真っすぐ見詰めていた。
諦め、寂しさ、悔しさ。様々な感情が見え隠れするノアは、そっと目の前のエマに優しい笑みを浮かべた。
それは息を飲むほど美しく。何度でもエマの時を止めてしまう。
「イザベラ。提案なのだが、ノアを王城に返してどうだろう?」
誰もが口を閉じてしまったその時、この部屋で初めて耳にする声が聞こえた。
「ルイス。お前も同意していただろう?デイジーの元にはノアが必要だと」
ルイスと呼ばれた銀髪の男性は、困り顔を浮かべながら頭を掻いている。
歳がイザベラに近い外見と見覚えのある困り顔から察するにこの人物こそノアの父親なのだとエマは確信した。
ルイスは上品な所作で先ほどまでアーチーが座っていた席に腰を掛けると真っすぐな視線をイザベラへ向ける。
「ノアは恐らく、国王様にも必要とされる存在じゃないかな。その証拠に彼女達のためにこの屋敷へ向かわされたのはノア一人だ。信頼を置いていない人間に側室達を任せないと思うけど」
柔らかい笑みを浮かべてはいるが真剣な表情でルイスは語る。
彼の予想は当たっていると言えた。重要な場面では必ずノアを傍へ置き、時にはオリビア妃の護衛さえ任せているのだ。
「国王が大事にしている部下を取り上げたとなればきっとリアム王も黙っていないだろう。それは君の本意ではないよね?」
まるで先生が生徒へ諭す様な諭し方をする。二人がどの様な関係なのかはエマには予想も出来ないが、少なくともルイスはイザベラにとって『軽い』存在ではない様だ。
「エマ・カールソン」
「っは、はい!」
突然イザベラから呼び掛けられ思わず声が上擦る。
きっと彼女に慣れる事など一生あり得ないのだろうとエマは思った。
「ノアはリアムのお気に入りというのは本当か?」
ここでルイスの意見を否定すれば、エマはやっと腹黒騎士から解放され、面倒事のない日常を取り戻す事が出来るのだろう。
他の令嬢に調教薬を振りかけられ、我儘な王族に巻き込まれる事もない、そんな日常。
(だが・・・)
呆れでもない、怒りでもない、ましてや偽りの笑顔でもない。
そんな悲しい表情をしたノアの顔がいつまでもエマの頭から離れない。
きっといつかは王城を離れ、マリアーノ邸に身を置くのだろう。それがリアム王のためにもなり、そして彼の最大の貢献となるのだ。
だけど、あと少し。あと少しだけ彼に自由を与えたいと思うエマは、真剣な表情でイザベラに向き合う。
「はい。彼以上に国王様の信頼を得ている人物はおりません」
そう答えた途端、後ろに立つノアの息遣いが聞こえた。
一体どんな表情をしているのかは分からないが、きっとあの悲しい顔よりはマシになったのだろう。




