2.それは生贄では
リアム王が厄日を迎えたその日。
エマの友人であるエミリアが人生のどん底にいた。
「殴ったって・・・どーゆう事ですの!?」
「そんな大袈裟な、こう少し手が触れただけで・・・」
「いえ、大きく振りかぶってましたよ?」
一時は寝たきりの生活でやせ細ってしまったエミリアだったが、王宮の優秀な医者達とエマがカールソン領から取り寄せた栄養たっぷりの新鮮な食材のおかげですっかり健康体になっていた。
彼女の外出許可が下りたのは3日ほど前の事。
サロンへ行きたいと駄々をこねるエミリアに渋々付き添おうとした所、アイラを含めた3名の元へ王妃からお茶会の招待状が届いたのだ。
王家の紋章が押された封筒を開けると、そこには上質な白い紙の上に美しい文字でこう書かれていた。
『デイジー様の件でお話があります』と。
「い、一体、一体なぜその様な暴挙にっ!!」
「落ち着いてください。クラウディン嬢。お体に良くないわ」
初めて聞かされた事件の全貌にエミリアは興奮と混乱で今にも失神しそうな様子だった。
お茶会の主催者であるオリビア妃に止められ少しは落ち着きを取り戻したものの、エミリアの顔色はずいぶん良くない。
オリビア妃に招待されたのは、令嬢のお茶会にしては無機質な応接間で、用意された紅茶やスイーツの愛らしさとは反して無駄のないシンプルな部屋だった。
一見不相応な環境に思えるが、今回のお茶会は庭園やサロンで出来る程開放的なものではなく、王族の関わる内密な話となれば最も厳重な警備体制を持つ本棟内が適切と思える。
「デイジー様の件に関しましては、『令嬢間の争い』として解決のはずでしたが、どうやらお母様であるイザベラ様の耳にも入ったようでして」
ふうっと困ったように息を吐くオリビア妃はどこか気の抜けた、他人事と思わせる態度なのは気のせいだろうか。
うっかり耳に入ったなんて言葉では許されない程の大事件だと言うのに。
「デイジー様が報告されたという事でしょうか?」
王妃の前で苛立ちを見せてはならないと、拳を膝の上で強く握りながらエマが冷静に問いかける。
「いえ、デイジー様は関係ないようです。むしろ『王の側室とは関わりたくない』と周りの者達にも口止めをしたくらいで」
どうやら予想以上に彼女には『躾』がトラウマになった様で、エマの思惑以上に従順になってくれたらしい。
「でしたら、一体・・・」
「わからないのです。ただ、イザベラ様はどうしても貴方方3人に直接謝罪したいと仰ってまして」
この王城内で情報の出所がわからない上に、あの家族を第一にしているイザベラが娘に暴行を加えた令嬢達に謝罪などあり得ない話だ。
王妃が何を隠しているのか不明だが、先日国王から話された『王族間の争い』が頭をよぎる。
エミリア同様、頭が混乱し始めたエマが落ち着きを取り戻そうと出された飲み物に手を付ける。この状況を予期してか出されたのはリラックス効果の高いカモミールティーで、殺伐としたエマの心を少しだけ休めてくれた。
(シナリオは恐らく)
誰かが何らかの目的でイザベラに娘の事件を密告する。家族を傷つけられたイザベラは、『謝罪』と言う名目で当人達を屋敷へ招く。
公式な王族からの申し出を断る事が出来ない令嬢達は、安全な王城から一歩出た途端、喉元に鉤爪を当てられた獲物の如く、容易く化け物に殺されてしまうのだ。
つまりそれは、
「生贄・・・」
「っひい!」
ぽつりと漏らしたアイラの不穏な一言に、エミリアの体が尋常ないほど震えだす。
「そ、そんな事はありません。イザベラ様は聡明な方です。今回の事件も『全面的に娘に否がある』と認めて下さいました」
怯えるエミリアと王妃に向かって疑心に満ちた視線を浴びせる令嬢二人に優しく訴えかけるが、そんな都合の良い言葉を信じ切れる程、エマの周りは善人だらけではなかった。
オリビア妃の事を悪く思いたくはないが、彼女は元平民である事を疑いたくなるほど純真無垢だ。
エミリアの失態を許し、エマの策略には気が付かず、優しく朗らかであると言う反面、無防備で人を良く見過ぎる傾向にあると言える。
だからこそ信憑性がない。
聡明ではあるが冷酷で頭の切れるイザベラが、『首をよこせ』などと全面攻撃を仕掛ける程の阿呆ではないだろう。
だからこそ国王不在の元、人を疑う事を知らないオリビア妃を仲介に獲物を取り寄せるつもりなのだ。
「お、王族の皆さまは会議に出席されるのでは?」
会ったこともない女性からナイフを突き付けられる様な感覚に襲われ、ついエマの声が震えてしまう。
オリビア妃は出席していないが、イザベラは王族の中枢人物。必ず王家の会議には出席しているはずだ。ならば会議の終わりと共に城へ戻るリアム王へ直接この話を報告すればいいだけ、のはずだが背筋に走る悪寒が一向に収まろうとしない。
「あら。イザベラ様が出席されるのは初日だけですよ。国の方針は男の方達が決議しますので」
(そうだった!!)
この国において、女性は影の存在。
いくら頭が切れ、人脈や指示を持つ人物であっても『女性』という立場では表立った行動はとれない。
だからこそイザベラは国の最高権力者ではなく、影の支配者なのだ。
デイジーの事件が起きてから数カ月も経つと言うのに何の音沙汰もなかったのは、リアム王が不在になるこの時期を待っての事だったのかとその周到さに驚かされる。
「明日には屋敷へ戻られるそうですので、明日の朝には向かっていただけますね?」
そう話すオリビア妃は『話は終わった』とばかりに用意されたサツマイモをムース状にしたケーキに舌鼓を打つ。王家専属のパティシエが作ったのであろうスイーツは美味だろうが、他の人間はそれどころではない。
マリアーノ邸行きを決定づけられたエマは、オリビア妃の言う『謝罪』に望みを掛け明日に挑む事とした。




