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1.厄日

うだる様な暑さが収まり、頬に触れる風が冷たさを持ち始めた頃、リアム王は年に一度行われる『王族会議』へ参加するため城を留守にした。


開催地はフェランデリアから馬で3時間ほど掛かる辺境の地にある孤城で、何でも前国王がたまには遠出をしたいと旅行気分で建設したらしく、それが未だに変更されていない。


リアム王自身は憎悪の対象である父の作った場所など足を運びたくもないのだろうが、全ての王族を動かせる程の力がない現状では、年に一度の恥辱を受け入れるしかなかった。


また、この『王族会議』には、王族であれば全ての人間が参加する義務と権利を持つのだが、それにはオリビア妃は入っておらず、さらなる憎悪を腹に抱えながら不機嫌そうなリアム王が城を後にする年に一度の厄日と言えた。



「ったく!こんな辺境の地までわざわざ足を運ぶとは、王族は暇人が多くて困る」


長旅を終え、会議までは時間があると案内された部屋で、若き王は不機嫌そうに吐き捨てた。


「声をお控えください。ここは王宮ではないのですよ」


苛立つリアム王を前に冷静な声掛けをしたノアは、冷たい風に吹かれ続け、芯まで冷えてしまった体を温めるため先程侍女が用意してくれた紅茶に口を付けながら室内を観察する。


(相変わらず豪勢だな)


年に一度使用されるだけの城は、前国王の嗜好が色濃く残った状態で保管されている影響か、到底厳格な会議が行われる場とは思えない程絢爛としていた。


建物内には会議に使用される大広間の他にも、ガラス張りで天候を気にせず外を眺められるサロンや大理石で作られた浴場があり、温度設備が徹底されたワイナリーや狩猟用の馬まで用意された贅沢な仕様になっている。


もちろん巨大なこの建物には、王族一人一人に贅沢な部屋が用意されており、その身分の高さと命の重みが比例しているかのように警備も厳重なものだ。


しかし、今は新しく王が作られた国に対し皆恐々としながら様子を見ている状態、誰が味方で敵なのか判然としていないのが現状である以上、反発を招く発言は控えなくてはならない。


「わかっている・・・が、この場も、オリビアがここに居ない事も全てがあの女の影響によるものだと思うと苛立たしくてたまらない」


リアム王の言う『あの女』とは、前国王の姉であり、リアム王の伯母にあたるイザベラ・マリアーノの事だ。


王族がわざわざこの辺境の地に足を運ぶ理由。


それは、若き王への反抗心であるのと共に、イザベラがこの地を甚く気に入っている事が最大の理由となっている。


弟である前国王を想ってか、若き王への反抗心を表したいがためか、真意は不明だが王族間で絶大な影響力を持つ彼女の意向を無碍にする事は、現国王であるリアム王にすら難しい。


表での最高権力者はリアム王だが、実際に王族、貴族の間で支持を集めているのはイザベラだ。そして彼女はデイジー同様、元々平民であるオリビア妃を良く思ってはいないと思われる。


それが理解できるからこそ愛する王妃を残し、憎むべき父の強欲さが残されたこの城に足を運んでいるのだ。


・・・コンコン


「はぁ、またか・・・」


控えめのノックと共にリアム王のため息が漏れる。


「いかが致しますか?」


長い足を組み、皺の寄った眉間を指で押さえる主にノアが声を潜めて尋ねる。


「入れろ。お前の言う通り、悪評は避けたい」


不承不承と言った表情で王からの許可を得たノアが先程から待たせている人物を部屋へ迎え入れた。


「あ、あの!紅茶が冷めてしまったのではないかとっ!!」


「そ、それに軽食も足りないと困りますので!!」


そこには頬を赤らめ、少々興奮気味に話す侍女達の姿があった。


ノアはため息を飲み込み、通常運転の笑みを浮かべ彼女達に優しく語り掛けた。


「紅茶は先程頂きました。食べ物は足りていますのでお気遣いなく」


そう、ノアの言う通り食べ物も飲み物も十分すぎるほどある。


10分と空けずに現れる侍女達は何かと理由を付けては優しく上品に微笑むノアと、冷たくはあるが凛とした佇まいを崩さないリアム王に会いに来るのだ。


そのため部屋の中では晩餐と思われる程、大量の食べ物と常に温かい飲み物が用意されている状態だった。


ノアの断りに引き下がってくれれば良いのだが、年に一度しか会えない事を知っている彼女達を遠ざけるのは簡単ではない。


「あら、でもサツマイモのパイが出ていませんわ!」


「それに合った紅茶もお出ししなくては!!」


捲し立てる様に芝居がかった話を一方的にすると、『また来る』と言う意味合いを残して足早に去っていった。


こんなやり取りが城に着いてから何度も繰り返されている。


長い移動に続き、侍女達からの度重なる訪問にこれから行われる国の行く末を決める重大な会議とリアム王の厄日はまだまだ終わってはくれない。


度重なる疲労は人の本音を漏らしやすい。


深いため息をつきながら肘掛けに顎を付き、若き王はポツリと呟く。


「・・・・ここは嫌いだ」



―――― 私、あの方嫌いです ――――



先程『発言に気を付けるよう』注意を受けたばかりで思わず口をついて出てしまった言葉に舌打ちしそうになる。


ノアからまた小言を言われる事を覚悟し黙って待っていたのだが、一向に声が掛けられない。


不思議に思ったリアム王は、ちらりと生真面目な部下の顔を盗み見た。


「・・・なぜ。笑っている?」


「っい、いえ・・・っくっく」


予想していなかった反応であるのは確かだが、それ以上に無邪気に笑うノアの顔は久しぶりに見た。


幼い頃は自然に笑う姿を見ていたが、王族騎士としての責任のある立場になった頃から、張り付けた完璧な笑みしか見せなくなった。そのノアが、今目の前で口を押えながら笑い声を必死で殺している。


「すみません・・・っこほ、皆、正直だなと思いまして」


珍しい光景に瞠目するリアム王を目の前に、暫くの間笑い続けたノアは、咳ばらいをしながら態勢を整える。


「皆?」


誰の事を言っているのか、何の事を言っているのか分からないがノアが誰かと今の現状を重ねわせているのが窺えた。


忠誠心と秩序を最も重んじるノアは、誰よりも感情をコントロールする事に長けていると言える。


だからこそ感情的になりやすい若き王を側で支え、忠誠心も秩序もないイカれた令嬢と婚姻を結び、その使命を果たしてきたのだ。しかし、そのノアが、


「私もここは嫌いです」


いつもの笑みを張り付けながらはっきりとそう告げたのだ。


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