24.好き嫌い
一方的に茶会を終了させられたエマは、疲れた様子でソファへと深く腰掛け、すっかり冷めてしまった紅茶を口へと運んでいた。
だらしない姿勢で休憩を取るエマの目の前では、同じく取り残されたノアが使用済みの茶器を片付けている。
(気の回る男だ)
早々に退室しようとしないエマを気遣い、手持ちぶさたな姿を見せない様に彼なりに気遣ってくれている様だ。
王専属の騎士団長である事に驕らず、与えられた権利に相応しい強さを持ちながらも一介の令嬢相手に繊細な気配りを見せる彼は、デイジーにとって『完璧な婚約者』なのだろう。
そしてその婚約者が原因で暴行事件を起こし、格下と馬鹿にしていた令嬢達に償いをする羽目になっている。
(やはり関わるとロクなことが起きないな)
「ひとつ、お聞きしてもよろしいですか?」
ノアの存在を『近づいてはならないブラックリスト』へ移していた時、今回の事件の元凶から声が掛けられた。
「・・・なんでしょうか?」
今日の騎士は不可解だ。
不機嫌そうに出迎え、王に対し不遜な態度を取り、そして先程まで王が座っていた場所に堂々と腰を下ろしている。
畏れ多くて一般人なら出来る行為ではないが、王からの絶対的信頼を得ているノアならば問題ないのだろうか。
目の前の人間が国王から騎士へと変わったにも関わらず、不思議とその存在に違和感を抱かなかった。
「なぜ。デイジー様を殴ったのですか?」
(ああ、そういう事か)
いくら我儘娘だとしても自身の婚約者。
暴力を振るわれて黙っている訳にはいかないのだろう。
「騎士様のご婚約者様に手を上げてしまった事は謝罪致します」
ここにも敵がいたかと面倒に思いながらも深々と頭を下げる。
恋人への庇護欲など王の怒りを目の前にしたエマにとっては軽いもので、例え怒号を飛ばされようとも平謝りで通そうと決めていた。
「そのような事を望んでいません。私はただ理由が聞きたいのです」
ノアの予想外の返答に下げた頭からちらりと顔色を窺った。
その表情は怒りでも軽蔑でもなく、ただただ憂いを含んだ瞳でこちらを見ていた。
まるで自身の心が傷つけられたような、寂しそうな表情が窺えたため、あの我儘姫を殴ってしまった事を少しだけ申し訳なく思った。
(さすがに愛しい女性が傷つけば、そんな表情になるか)
今回の事件で初めて自責の念が浮かんだものの、間違った事はしていないと自負していた。
「彼女は、元々持つ傲慢さを王城内で増長させていました。そしてそれは、私の目にはとても危険なものに見えました」
デイジーを躾した理由。
もちろん王族という立場を利用したい気持ちもあったが、それ以上に彼女の『我儘』が友人を殺すのではないかと焦ったのだ。
そう、エマは焦っていたのだ。
下の立場だからと言う理由で、平然と無防備なエミリアへ鞭を打つ姿を見て。
エミリアの意識がなくなり、周りが騒然とする中、婚約者であるノアへ媚びを売る姿を見て。
前国王さながらの残虐性を持ったデイジーは、令嬢1人死んだとしても笑顔を振りまき、『自分は悪くない』と涙を流し、そして王族と言う立場がそれを許してしまう。
それだけは阻止したかった。
「彼女の残虐な行為は看過できないものでした。それを罰した事を私は後悔しておりません」
「貴方が直接手を下さなくとも、王や王妃を頼ることは出来たはずです。王族に手を出せば処刑されても可笑しくないのです。それをあなたもご存じのはずだ。なのになぜ自ら危険に身をさらすのですっ!?」
最後の声は悲痛な叫びのように掠れていた。
怒っている様な、泣きそうな様な複雑な表情をしたノアは、強く握った拳で感情を抑えている様に見える。
心優しい騎士は殴られた婚約者ではなく、無謀な行動を取った令嬢を心配し、心を痛めているのだ。
それに気付いたエマは、先程とは異なる意味で申し訳なく思ったが、それでもデイジーに直接手を下せた事は今でも後悔していない。
「悔しいではありませんか。『王族』という権利だけで傍若無人に振る舞われるのは」
にこりと口元に笑みを浮かべながら、真っ直ぐな目で答える。
そうずっと悔しかった。
王族の命令というだけで領地から引き離され、自身の運命を決定付けられたことが。
領主の苦労も知らずにその存在を軽視し、身分が低いからと見下され身の危険にさらされる。
領主がどれだけの苦労をして血税を国へ払っているのかも知らず、横柄に振る舞い、それが許される王族が、王城に来るずっと前から好かなかった。
広大な領地の経営を管理するために、何日も不眠不休で目の下に深い隈をつくる父。
弱さを見透かされない様に感情を表に出さず、誰よりも逞しくあり続ける事で領地を治めようと努める母。
そして雨が降ろうと吐き気を催すほどの暑さに見舞われようとも休むことなく働き続ける領民達と比べ一体なにが特別なのか。
王城内では目立つ事なく、大人しくしていれば領地に帰れると耐え忍んでいたが、大切な人々を侮辱する王族の態度に堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。
「王族が国の最高権力者である事は承知しております。ですが、私は好きなのです。実直で不器用であっても一生懸命日々を生きる人々が。そして嫌なのです。その人々が権力を与えられただけの阿保に良いようにされるのが」
鞭で打たれたエミリアは『償い』を自らを守る武器に使うつもりだ。
我儘に育てられた令嬢かと思っていたが、金、権力、人脈、その全てを利用して自身の目的を果たそうとする姿勢は、商売人の考えそのものだ。
幼い頃から領地のためにと教育を受け、周りの子供達が遊ぶ中、知識を増やし経験を積み、皆苦しみながらも努力して来たのだ。そんな令嬢達が、王族の嵩に甘えた娘などに負けるはずがない。
「阿保・・・ですか」
王族を『阿保』呼ばわりする令嬢が信じられない様子で、ノアが大きな目をさらに開き固まっている。
梅雨の雨と相まって美しくも儚いビスクドールの様な姿に目が留まるが、先程加えたブラックリストの存在を思い出しわざとらしく視線を逸らせる。
(これ以上巻き込まれてたまるか)
凛とした姿勢を崩さず固まっている騎士を残し、無意味な関わりを避けるためにも一人で自室へ向かう事とした。
引き留められては困ると足早に扉へと向かいドアノブに手を掛けた時、抑えられない感情が胸の内にある事をエマは感じ取った。
それは、これから巻き込まれるだろう王族間の争いに対する不安や頭がぶち抜かれる程の衝撃を受けた王の造り出す『新時代』への恐れではない。
そう、未だに我儘姫デイジーへの怒りが胸につかえ、その感覚が不愉快で堪らないのだ。
初めて感じる抑えきれない程の感情をどうしても吐き出したかった。
「婚約者様にお伝えください。か弱く見える令嬢達は片手にナイフを持っていると。彼女の様な阿呆を私よりも上手に処罰出来る方は数限りなくいらっしゃるでしょうから。・・・ああ、それと」
きっと賢いノアがエマの言葉を伝える事はないのだろう。それはエマも十分に承知していた。
それでも誰かに伝えずにはいられなかったのだ。
「私、あの方嫌いです」
嘘偽りなく敵意を露わにしたエマは、胸のつかえが取れたすっきりした顔へと変わり、くるりと踵を返して軽やかな足取りで部屋を後にした。
・・・パタン
「・・・ふぅ」
扉が閉まり、姿勢を正していたノアが気の抜けたように深々とソファへ身を預ける。
疲れたように手の甲を目元へ当て、天を仰ぎながら一息つくと彼の中からクツクツと感情が沸き上がった。
「・・・っく、っくく・・・・」
笑ったのは、いつ以来だろうか。
偽りの笑みを張り付け、王のため公務のためと自身の感情をいつの間に殺していた。
だからこそ初めて聞いた彼女の偽りのない気持ちがこんなにも自分の心を揺さぶるのだろう。
この先も自分は感情をなおざりに騎士としての使命を全うしていくのだろう。
その事を苦痛だとは思った事はない。むしろ、王の専属騎士として私情を排除するのは当たり前の事だ。
だけど、今だけは、
「私も、嫌いです」
あの逞しい令嬢に賛同させてほしい。
第2章はここまでとなります^^
また執筆が終わり次第、続きを載せさせていただきます!
また、ここまで読んで下さった皆様へ・・・
作者の気分が上向きになるので、よろしければ高評価をお願いします( *´艸`)




