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23.恐ろしき新時代

オリビア妃とリアム王の出会いはおとぎ話の様に令嬢の間で語り継がれている。


細かな設定は語り手によって異なるため、オリビア妃は城下の食堂で働く給仕であったり、王宮で雇われた召使であったり、下世話な物では娼家の売春婦であったりと様々だ。


ある日、城下の様子を見たいと視察に出掛けたリアム王は、粗暴な男に乱暴されそうになっている娘と出会う。


正義感の強いリアム王はその男を打ちのめし、襲われていた娘へと優しく手を差し伸べた。もちろんその娘はオリビア妃だ。


王はその娘の美しさに、そして娘は王の勇敢さに心奪われ恋仲となる。


順調に愛を育んでいた二人だったが、平民と王族の恋など許されるはずもなく、周囲は様々な手を使って二人を引き裂こうとした。


特に前国王の反対は凄まじいもので、オリビア妃の命が危険だと察したリアム王は一時的に彼女と距離を置いてしまう。


しかし、たとえ離れていてもその愛は衰える事はなく、リアム王の前国王討伐の後、二人は再び出会い結ばれるのだ。


血生臭い戦に蓋をするかの様な夢物語は、美しい物を好む貴族におあつらえ向きといえるだろう。




「・・・オリビアにも同じことを聞いていたな」


やはり、リアム王とオリビア妃の間で情報が共有されている様で、以前の茶会でのやり取りは王も把握している様だった。


側室ではない。という答えは聞けたが、本来の理由は語られる事はなく、その疑問は宙に浮いたまま消化不良が続いていた。


「はい。『側室としてではない』と伺っております。それに、国王様から夜伽に誘われた者の噂を全く聞きません」


歯に衣着せぬ物言いに苦笑しながらも、王の視線は鋭い。触れられたくない話であるのだろうが、自身の身に関わる情報を手に入れたいエマは真っすぐとその目を見つめ返す。


「其方は、どう思う?」


「・・・私は、理由まではわかりませんが、王もしくは王妃が令嬢を一定の基準で審査している様に思えます」


国に多数ある領地のご息女は、100人には収まらない。


領地の認知度かと考えたが、エミリアの『貴族御用達の菓子を作る領地の令嬢』が、招かれていない事と、アイラの貧乏領『ノヴァック』が対象となっている事から関係ない事が窺える。


また、東の棟しか把握はしていないが、令嬢が減少しているのは事実だ。


何かしらの意図がこの二つの出来事に絡んでいるとエマは踏んでいる。


「なるほど。・・・それが報酬で。それでいいのだな?」


鋭い視線で射抜かれ思わず否定しそうになるが、ここで引いてはならないとぐっと歯を食いしばりゆっくりと頷く。


「そうか。ならば。他言無用で頼もう。其方たち令嬢に領地の運命が託されているなど知れ渡れば大変な騒ぎとなる」


王と領地を結ぶ役割を担った令嬢達。


しかし表面上の理由とは異なり、集められた令嬢は認知度や利益、王族への貢献は関係なく、むしろ王にとって関心のない領地から集められたと言う。


「私が国王になる前から関係を持っている領主の令嬢達は呼んでいない。ここに集められたのは私との繋がりを持たない領主の令嬢達だ」


「なぜそのような者達を?」


「私のためではない。全ては王妃のためだ」


エマの踏んだ通り、リアム王の無礼な顔合わせは、令嬢を王妃に会わせる前の王なりの面接だった。


平民であるオリビア妃は王宮での立場が弱く、支えとなるのは王一人。


しかし、実の父である前国王の粗暴な振る舞いに辟易していたリアム王は、王族や貴族という権力の持つ者達を嫌い、自身の認める者以外はオリビア妃に近付けずその必要も感じていなかった。


「頼まれたのだ。王妃に。王の支えがなくとも価値のある人間になりたいと。王が捨てた領地と繋がるチャンスが欲しいとな」


背筋の凍る話だ。


偏った正義を持ち続ける王に『不必要』だと判断された領地は、王妃の手により再び救い上げられたのだ。


「オリビアが気に入った令嬢であれば、私は彼女の眼力を信じ、今後も領主として付き合いを続けるつもりだ。だがな。カールソン嬢。俺はいつかそんな階級制度を廃止するつもりだ」


若き王はどこまでも予想外の行動を取られる。


血の気が引く王の発言に自分の頭はこんなに重かったかとその重みに体がぐらつく。


王の理想とする階級のない世界。


今まで積み上げた地位も実績も歴史さえも手放せとこの若き王は権力者たちに要求するのだろうか。


前の戦は王族同士の戦いであり、被害は王都の人間と王家の騎士達に止まったが、今回はどうだろう。


国中を巻き込みかねないこの争いの火種は、王の考えた通り階級を超えた被害をもたらし、国中が血の海に染まる程の威力を持つのではないだろうか。


「もちろん、私も優秀な人材は必要だと思う。其方なら王妃の傍に置きたいと考えているのだが・・・」


「ご、ご冗談を!!」


次から次へと許容範囲を超える発言を繰り広げる王に思わず無礼な発言が飛び出す。


だがエマの思考も限界だ。もう頭は使いたくない。だがこの王の要求をこれ以上飲んではいけないと体が訴えていた。


「遠慮するな!そなたの領地に王家御用達として勲章を与えよう!」


嬉々とした表情でソファから腰を上げ、手を広げる王はエマの好みそうな条件を突きつける。


「先ほど階級を廃止すると言ったばかりではありませんか!王の称号などそれに同等の証です!発言が矛盾しております!」


冷静な思考を失ったエマもソファから腰を上げ、王を糾弾し始める。


「いや!これは実績の伴った権利、いわゆる商談だ!これから築かれる実力社会に相応しい公平な商談と言えるだろう!さぁ!遠慮することなく受け入れろ!」


「どこが公平ですか!?代わりに私が捧げるものは何ですか?命ですか?命を懸けた商談なんて賊のする事です!!」


甘い餌で獲物を引き寄せ、骨の髄までしゃぶった上に出汁まで取りそうな目の前の男からは、『何も受け取ってはいけない』とエマの本能が叫んでいた。


疲労で頭が回らないエマを畳み掛けるリアム王と必死で抵抗を見せるエマとの議論は次第に白熱し、互いに前のめりになりながら睨みあう。


口論から始まった戦いも徐々に体術へと移行し、傍から見れば掴み合いとも取れる体勢へと変化していった。


「お二人とも冷静に。どうかお体をお引き下さい」


息が掛かりそうな程の距離で争いを繰り広げる二人の間に力強い力でノアが割り込む。


「「っ!!」」


ノアの介入により冷静さを取り戻した二人は自身の状況を改めて自覚し、さっと体を離す。


さすがに王や令嬢の取る行為ではなかったと反省した様子で、乱れた服装を正し、大人しくソファへと腰を下ろした。


「・・・なんだ?」


落ち着きを取り戻したにも関わらず一向に立ち去らないノアが半眼でリアム王を見下している。


不可思議な状況に疑問を呈するとその騎士は身を屈め、後ろの令嬢には聞こえない様に王の耳元でそっと耳打った。


「国王よ・・・距離が近いと、私に仰いましたよね?」


「・・・・・っ!!」


なんの事かと思考を巡らせた王が、先日ノアへ下した理不尽な命令を思い出す。


王の側室であれば距離など関係ないのだが、エマには先程『側室ではない』と公言したばかりであるためその言い訳は通じない。


「・・・・・・・・・・・・・・て、撤回する」


エマとの論争でさすがの王も疲労を感じていたらしく、都合の良い言い訳が思い浮かばなかったリアム王はあっさりと命令を引き下げる。


しかし、目の前の騎士は一向に後退の姿勢を見せず、従順なはずの部下から軽蔑の色が見え始めた。


「・・・・・報酬は以上だ!!」


腑に落ちない表情のノアから逃れる様に、エマへ茶会の終了を伝え、返事を待たぬまま王は部屋を後にした。

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