21.どげざ☆
梅雨に入り、連日雨が降り続ける王城は、その影響か、どことなく雰囲気が重々しい。そしてその暗い空気は、エマの気分をさらに鬱々とさせた。
リアム王から声が掛かったのは3日程前。
謁見に合わせて準備を整えたエマをいつも通りノアが迎えに来た。
恐らくデイジー嬢の件に関して多少の説明が求められる事を予想していたので謁見自体は問題ではなかったのだが、その思考を目の前を歩く騎士が不安へと変えさせる。
いつもなら爽やかな笑みを貼り付け、軽い会話を交わす麗しの騎士が冷たい表情で迎えに来た時は肝が冷えた。
(お叱りか?お叱りを受けるのか?)
ノアの表情から察するに決してよい内容でない事は伺える。
むしろ常時笑顔の王専属騎士から冷たい態度を取られる令嬢は、王から『愛想をふる価値もない』と判断されたのでは?と勘繰ってしまう。
「あ、あの。国王様は私にどんなお話をされるのでしょうか?」
答えを貰えるとは思えないが、ノアの態度から王の状態を探ろうと珍しく声を掛けた。
エマから質問を受けた騎士は、ピタリと足を止め、その美しい姿勢を一切崩す事なく前を向き続ける。
「私は王の命で貴方を案内しているだけです。内容は王から直接お聞き下さい」
(すっごく怒ってらっしゃる)
こちらを振り向きもせず、冷えた声色で話すノアの態度から、王がご立腹であると判断したエマは喉まで込み上げる吐き気を抑えるために唾を飲み込んだ。
「失礼致します」
「おう。入れ」
通されたのは前回の執務室とは異なった部屋で、しっかりと腰を落ち着けるソファが置かれていた。
エマはリアム王の目の前にあるソファへと腰を掛け、二人の他に専属騎士のノアしか居ない空間に緊張しながらも、悟られない様に笑みを貼り付けた。
案内したノアの態度とは相反して歓迎ムードの王に違和感を覚えたが、気を緩める訳にはいかない。
「お招き頂き光栄でございます」
「そう硬くなるな」
笑顔ではいるものの隠しきれない緊張を感じ取った王から気遣いの言葉を掛けられる。
目の前には事前に侍女に用意されていたのだろう湯気が立った紅茶が置かれていて、それ以外は茶菓子一つでない質素な茶会だった。
目の前に出された紅茶をゆっくりと口へ持っていき、落ち着くために一口飲みこむ。
(取り敢えずいつもお父様が使っている謝罪で行くか)
常に冷静で腹の底が読めない母と違い、父は喜怒哀楽をわかりやすく使い、相手の感情を巻き込んで有利な商談を進めるタイプの人間だった。
父の技が目の前の王に通じるかは確信できないが、『怒らせたくない相手』に対する謝罪方法で一番効果的だと思われる態度を示す事にした。
「この度は、私の失態により国王様にご迷惑をお掛けしました事・・・」
「「??」」
謝罪の言葉を述べながらゆっくりと立ちあがる令嬢を男二人が不思議そうに観察している。
「誠に・・・・申し訳ありません!!!」
ゆったりとした動作から急に機敏さを出したエマは、王の足元へスライディングする様に頭を打ち付けた。
両手を前へ着き、背を丸め蹲るその姿は美しく、高い経験値が予測される無駄のない動作に周りが引いてしまう程だ。
「カ、カールソン嬢。どうか頭を上げてくれ。其方を呼んだのは叱責をするためではない」
呆気に取られ若干引いているリアム王の声が頭の上から掛けられる。
大概の人間がこの謝罪方法を前にしては気遣いの声を掛けその怒りを徐々に沈めてくれるのだが、今回は必要のない動作だった様だ。
「そうでしたか」
何事も無く立ち上がり、スカートに着いた埃を払った。自身の席へ戻ろうと後ろを振り返ると、気配を消していたはずのノアが半眼で軽く口を開け、こちらを見ている事に気が付く。
(見慣れた顔だ)
令嬢や婚約者には張り付けた笑みを常時向けているのに、自身に向けられるのは基本的にあきれ顔である事に釈然としない気持ちが生じる。
「っこほん!其方の今回取った行動は、恐らく我がローゼンタールとマリアーノとの冷戦を終わらせる引き金となっただろう。この又とない機会を私は決して逃がしはしない。其方には少々迷惑を掛ける事となるが、その前に感謝の意を伝えたいと思い・・・?どうした?」
今後の流れを説明するため『感謝を伝える』という序章に触れている最中、目の間の令嬢が腹を押さえ、うずくまり始めたため話を中断させる。
懸念の声を掛けてもぴくりとも反応を示さない令嬢を心配し、ソファから腰を離した時。
「マリアーノ家とは、どーゆう事でしょう?」
「ん?其方が手を上げたのはマリアーノ家の息女であるデ・・」
「違います。そうではなく!今回の件はデイジー様個人の問題では?ご家族は関係ないのでは?」
「まさか。マリアーノ家の女主人であるイザベラ・マリアーノは『家族に仇名す不届き者』を決して許さない。社交界でも有名な話だから知っているだろう?」
そう語るリアム王の顔には、悪だくみを隠す事が出来ていない不自然な笑みが張り付けられていた。




