19.化け物
「酷い目に遭いましたわ」
「でも鞭で打たれた価値はありましたね」
東の棟にあるエミリアの自室は、ピンクや白を貴重としたデザインとなっており、所々にぬいぐるみや可愛らしい花などが飾られた、正に女の子が好む部屋だった。
お騒がせ娘のデイジーに鞭で打たれたエミリアは精神的なショックからか中々目を覚まさなかった。
目が覚めたと報告を受けた時には事件から1週間程経っており、久しぶりに会ったエミリアは少し痩せていた。
「価値って貴方。打たれたのは私だけですのよ?」
エマとアイラの『躾』により、一時的に従順な態度を見せたデイジーは、国王の前で『被害を被った令嬢達に償いをする事』を約束させられた。
例え同じ王族であろうとも、国王の前で取り交わされた約束を反故すれば罪となる。
口約束でさえ書面で交わされる契約と同等の価値を持たせる国王の存在をエマは利用させて貰ったのだ。
「いやぁ、持つべき者は友ですね」
一度は拒否したくせに、今更ながら友達宣言をするアイラをエミリアは嬉しい様な腹ただしい様な複雑な感情で見ていた。
今回償いの対象となったのは『被害を被った令嬢』だ。
過去にデイジーに侮辱的な発言をされ、手を上げられた令嬢達は数多く、それら全員に対しデイジーの持つ資金や権力で償いをする事となった。
直接的に金を求める者も入れば、王家しか入れないサロンへの入場権利を欲する者など多用な形で対応されている様だった。
『マリアーノ嬢の発言に心を傷つけられた』
と主張するエマやアイラもちゃっかり償いを頂き、ご満悦な表情でエミリアの見舞いに来たのだった。
「それで、エミリアさんは何を要求するのですか?」
今回の報酬の功労者である友人の呼び名をクラウディン嬢からエミリアに変更した現金なエマが尋ねる。
「ッエ、エミ!!こほん。私は、何も要求しませんわ」
嬉しそうに頬を高揚させたエミリアだったが、咳払いをして真剣な表情へと顔を正す。
「え!?勿体ない!!」
こんなチャンスを!とアイラが不思議な生き物を目の前にした様に見つめている。
「なぜです?貴方は一番の被害者です。多少の無理難題も通ると思いますよ?」
決して無欲とは思えないエミリアの謙虚な姿勢にエマも疑問を持つ。
「だからですわ。デイジー様は王族の方。その権利は誰よりも高く、そして比例するかの如くプライドもお高い方でしょう」
躾の影響を受け、元々の天真爛漫さは影を潜めたデイジーがノアのサポートを受けながら家へと帰る馬車に乗せられる姿が思い出される。
償いの約束を交わされたデイジーは、自身の侍女に指示を出し、湖まで送迎の馬車を来させたのだ。
その消沈した背中からは犯行の意欲など感じ取れなかったが、彼女の周りには彼女を甘やかし、称賛し、そして虐げられる者達が大勢いる。その環境の中ではいずれ、元の我儘姫に戻る事は予想が出来た。
「彼女が大人しく引き下がるとは思えません。非常識な方ですが王族ですわ。それに彼女のご両親は・・・・いえ、今は止めておきましょう。私は王族という高い権限を持つ者に対抗出来る武器を持ち続けていたいのです」
不安そうに声色を震わせ何かを言い淀んだ彼女の顔色はよろしくない。今まで起こり得なかった恐怖体験と、これから起こりうる厄難に怯えているのだ。
優しい言葉を掛けて相手を油断させ、愉快そうに鞭を振るう姿は、エミリアにとって化け物に見えたのだろう。
肩を震わせながら語る彼女にエマとアイラはそっと優しく手を掛け、無言で抱き締めた。
「大丈です。エミリアさん。もう怖くはありません」
「はい。私達が付いています。」
「み、皆さま・・・」
手を挙げられた事すらないエミリアにとって、今回の件は想像を絶する程の恐怖だったのだろうと改めて認識し、同情と慈しみを持った心情で彼女を思いやりの言葉をかける。
と同時に思うのだ。
((躾を見せなくて良かった))
愉快そうに鞭を振るったアイラと善人の皮を被りデイジーを貶めるエマの姿は、きっと化け物に見えたのだろうから。




