16.ッグオ!!
一度打たれただけでも、鮮血が飛び散る程の力を人間に振るう姿は、人外の怪物にしか見えない。
「「エミリア!!」」
突然の出来事に反応できない面々の中で、唯一反応したのはエマと、馬の存在に怯えていたアイラだけだった。
ゆっくりと倒れるエミリアの体を支え、意識を失う友人へと必死に声を掛ける。
「医師を呼べ!!」
エマ達の行動に反応したリアム王が控える騎士に指示を出す。
オリビア妃も侍女達に指示を出し、この場で行える応急措置を促した。
「なぜこんな事を!!?」
青筋を浮かべたノアは、鞭を打った張本人であるデイジーに対し、糾弾ともとれる怒号を上げていた。
誰もが困惑し、怒りや不安を抱える中で、桃色髪の少女だけが愉快そうに愛らしい笑みを浮かべ、不相応な明るい声を発する。
「怒った顔も好き。ノアの色んな顔が見れて、ディはとっても幸せなの」
淡々とした反応しか示さないノアが感情を顕わにする姿が好ましかった様で、嬉しそうに頬を紅潮させ腕の中に飛び込む。
避けることも出来たノアだったが、得体のしれない思考を持つ人物に気が遠くなる感覚を覚え、思考が停止してしまっていた。
怒号が飛び交い、緊迫した空気で張り詰める中、デイジーの発する幸福な空気が異様さを放っている。
「なぜですか?」
「え?」
自身の愛おしい婚約者からではない重々しい疑問の声にデイジーは目線を向ける。
そこには、紫色の髪を持つ地味そうな女が真っすぐこちらを見つめていた。
「なに?貴方もやられたいの?」
デイジーの物騒な発言にノアの体が一層強張る。体を寄り掛からせた彼の目が殺気を放ち始めた事に気が付けないデイジーは薄ら笑いを浮かべながらエマを挑発する。
令嬢ごとぎが自身に歯向かえると思えないデイジーは、一歩一歩近づくエマに対し何の警戒心も抱かない。むしろ先ほどの令嬢同様に鞭で打てば大人しくなるだろうとさえ思っていた。
「なぜ、彼女に鞭を振ったのです?」
友人を傷つけられ悲痛な表情を期待していたのだが、冷静沈着な姿勢を崩さない地味な令嬢は、デイジーにとって不快の対象となる。
しかも、珍しく愛する婚約者が抱擁を許しているタイミングで邪魔をされたため、その苛立ちは装うことのないむき出しの感情となりエマへの敵意を露わにする。
「あら。調教には必要な事ですのよ?ご存じないのは仕方ありませんわね。私達王族にとって、貴方など家畜同様。私の家では家畜は力で躾ける事が常識ですの。あ、申し訳ございません。貧富の差かしら?平民に対する態度を知らない私をどうか怒らないで下さいまし・・・」
ノアが抵抗しない事をいい事にか弱い素振りでしな垂れる。
不快な令嬢よりも、従順な婚約者の存在が気掛かりな様で、瞳を潤ませ上目遣いで顔を覗き込む。
婚約者の顔は表情のない人形の様だったが、デイジーにとっては些細な事だ。それよりもこの無抵抗の婚約者がどれ程の行動を許容してくれるのかと、デイジーはそっと目をつむりノアへと唇を近づけ始めた。
「っぐぇ!!?」
が、その途端、何者かに襟首を強い力で引っ張られた。
突然の出来事に瞠目し、無礼な振る舞いを取る背後の人物に目を移す。
そこには先ほどの無表情な令嬢が静かな表情の中に怒りの炎を灯した瞳を持ち、真っすぐこちらを見据えていた。
エマにとってそれは怒りなどと言う可愛らしいものではない。憎悪と呼べる感情を自分の中で押し殺しながら、目の前の獲物を一歩一歩追い込んでいく。
(この娘は知らないのだ。今の自身の立場を・・・そして、領主の娘がどれ程の力を持っているのかを)
そんなエマの憎悪に気付かないデイジーは、王族の襟首を掴むという暴挙に出た令嬢を幻覚であるかの様に見ていた。
しかし、はっと我に返った彼女に屈辱と怒りの感情が沸き起こる。目の前の女を許してはいけないっと、デイジーのプライドがそれを強く訴えかけていた。
「ここの令嬢は不躾なものが多いのですね。まぁ、それを調教するのが王族のやくわ・・・ッグオ!!!」
先程の令嬢と同じように鞭を振るってやろうと躍り出た瞬間、デイジーの顔面に生まれて初めての衝撃が走る。
知略も戦術もない人間は女の園へ足を踏み入ってはいけない。でなければ、
横暴で無知な王家の娘の様に、不躾な令嬢の拳を顔面で受け止める事となるのだ。




