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13.訓練

「デイジー様の評判はあまり良くありませんわね」


良く晴れた夏の日。


エミリアはアイラを後ろに乗せ、馬を軽快に走らせていた。


「そうですか」


その横を愛馬であるレタスンに乗りながら興味なさそうに話を聞くエマがいた。


「ひ、ひぃぃぃ」


「うるさいですのよ!安全な速度ですから怯えないで下さいまし!」


以前リアム王から招待された湖へは馬を使用して移動する必要がある。


そのため、馬に乗れないアイラをどちらかが同乗させる事になったのだが、エマの扱うレタスンは『暴れ馬』の経歴を持つため、アイラに拒否されてしまった。


必然的にエミリアの後ろに乗る事になったアイラだが、恐らく誰と同乗しようと同じように悲痛の叫びをあげたのだろう。


エミリアの乗馬技術は傍から見ても素晴らしく、後ろのアイラが怖がらない様に配慮している事が見て取れた。


なぜこの3人で乗馬をしているのかと言うと、理由は以前エマが提案した『交換契約』が関係していた。


エマ、エミリア、アイラの3つの領地で交わされたこの契約だが、馬を使用できないアイラの領地であるノヴァック領は明らかに不便だという結論に至った。


その問題を解決したいエマが馬を所有出来ない理由が収入の低さにある事、ノヴァック領という土地に生まれただけで不利益を被り領民が苦しんでいる事を王に伝えたところ、快くノヴァック領へ馬を提供してくれるたのだ。


牛をこよなく愛するアイラではあるが、王からの恩情を無駄には出来ないと乗馬を得意とするエマ達に助けを求め今に至る。


「いくら王族の娘とは言え、令嬢に対し侮辱的な発言を繰り返す姿は目に余るものがありますわ。それに、ひどい時には手を上げる事もあるそうで、騎士団長様も大変な方と婚約されますのね」


謁見の間での裁判が相当怖かったのか、エミリアは呼び名を『ノア様』から『騎士団長様』に変えていた。


賊のアジトを制圧した日以来、ノアとは会っていない。


噂によれば気まぐれな婚約者が王城へ長期滞在するとの事でその対応に追われている様だ。


「はぁ、大変そうですね」


実際、デイジーは事あるごとに令嬢達の集まりに顔を出し、自身がノアの婚約者であり、リアム王の元婚約者であることを吹聴しているという。


正直もっと早くにデイジーの存在が明かされていれば、ノアの防波堤など不要に思えるのだが、ノア自身が厄介な彼女の存在を公表したくなかったのだろう。


噂の中心である我儘娘デイジーは、自身の立場を強調し、上へ立とうと立ち居振る舞っている様だが、その思いとは反して令嬢達には『王族という立場を利用した浅はかな娘』と考える者が多く、彼女を小ばかにしたような噂しか立たないのだ。


いつもなら噂話を嬉々として語っていたエミリアだが、全く噂に興味がなさそうなエマと悲痛な叫びを上げるだけのアイラを見て、今回ばかりはそっと口を閉ざした。



湖の付近は常に庭師に整えられている様で、馬が歩きやすい背丈の草が青々と茂っていた。


本当は林を抜けた草原で訓練したかったのだが、取り敢えず湖を一周する程度にしてほしいとアイラから懇願されたため湖のほとりで訓練を開始する事となった。


「よろしいですか?まず怯えてはいけません。馬は人の感情を読み取りますので、気丈な心持で臨むのが好ましいです」


「ひぃぃぃ」


エミリアのアドバイスはアイラの耳に届かない様で、大人しそうな馬を前に顔面蒼白に立ち尽くしている。


(レタスンじゃなくてよかったな)


調教薬を使用しているとはいえ所詮は暴れ馬。


怯えるアイラを目の前に牙を剥かないと保証が出来なかった。


「怯えてはならないと言っているでしょう!?」


「む、無理ですよー!だってこんなに大きくて。わぁ今鼻息荒くしました!」


目の前の馬の一挙一動が気になる様で、馬が動くたびに大声を上げる。


「牛も大きくて鼻息を荒くしますよ?」


日が暮れても終わりそうにないと感じたエマが落ち着かせるようにアイラの肩に手を置き、語り掛ける。


「そ、そうです。牛と思ってくださいまし。貴方が愛してやまない牛ですのよ。きっと仲良くなれますわ」


エマに歩調を合わせ、アイラの空いた方の肩に手を優しく添えてエミリアが語り掛ける。


二人の優しい対応に、パニックに陥っていたアイラが徐々に落ち着きを取り戻し、目の前にいる馬をじっと見つめた。


毎日ブラシを掛けられ、上質な餌を与えられたその馬は輝く毛並みを持ち、調教師によりしっかりと教育を受けたその姿は凛々しい騎士を彷彿とさせる程美しい。


「この馬は馬という種類ではありますが、貴方が愛する牛と変わりありません」


「そう、貴方が心を開けば、必ず彼もそれに応えて下さいますわ・・・・さぁ、どうか優しく声をお掛けくださいまし」


そう言うと二人はアイラの手を取り、そっと馬の顔へと近づける。


馬も空気を察したのか、触れやすいように顔の位置を下げていく。


そっとその手触りのいい顔に触れ、ほっとエマ達が胸を撫で下ろしたとき。


「・・・がう」


「はい?」


アイラの小さなつぶやきが聞こえた。


「違う」


「「え?」」


今度はエマとエミリアの声が重なる。


「これは馬ですもの!!牛ではないです!!」


「当り前でしょう!これは馬ですのよ!!一体何が不服ですの!?」


「まず牛という概念を捨てましょう。概念捨ててからにしましょ」


再びパニックを起こすアイラ。


ずっと現状がおかしいと思っていた常人のエミリア。


概念さえ変わればどうにかなると思っているエマの声が湖に響き渡った。


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