12.苦手な子
上目遣いの視線。
弱弱しく口元に当てられた手。
桃色の髪は侍女の手で丁寧に巻かれ、それに合わせてフリルをあしらった淡い色のドレスを着たデイジー・マリアーノは正に『女の子』だ。
「ノア。ディはね、貴方に会いたくて会いたくて仕方がなかったの。だから、ね?怒らないで」
先程から部屋に入ってきては無言を貫くノアに対し、デイジーが腕にそっと触れながら瞳を潤ませ懇願していた。
「デイジー様。王城にいらっしゃる時はイザベラ様と国王様の許可を得て頂けなければ困りますと何度もお伝え致しましたよね?」
猫の様に体を擦り付けてくるデイジーの体を引き離し、真っすぐ目をのぞき込んで問いかける。
「もう!ディって呼んでって言っているのにー!」
しかし、ノアの話は耳に入らない様子で、頬を膨らませながらノアの胸を叩く。
度々見せる仕草は女性と言うよりも女の子らしく、年頃の男性であればその可愛らしさに庇護欲をそそられたのだろうが、ノアはデイジーの様な幼い女性が苦手だった。
人のいう事を聞かず、他人に迷惑を掛けても気にもしない。
自身に不幸が降りかかった際にはこの世の終わりの様に騒ぎ立て、機嫌を取ってもらう事を周りに強要する。
(この人がリアム王の妻になったと考えるとゾっとする)
前国王が健在な頃。
デイジーはリアム王の第一婚約者候補として名を上げていた。
周りを都合の良い人間で固めたい前国王が姉であるイザベラの娘を自身の息子の嫁にしたいと考えるのは自然な流れだ。
しかし、前国王が討伐された今、イザベラの娘との婚姻は不要だとリアム王が一方的に破棄したのだ。
さすがに兄を殺され、娘の婚約を相談もなく破棄したリアム王に対し怒りを露わにしたイザベラは、若き王を排除せんと自身の持つ人脈を利用して反逆を起こす姿勢を見せた。
それに慌てた従者や王妃が王族内で強い権力を持つマリアーノ家との仲を保てないかと策を練った結果、ノアがデイジーと婚約する事となったのだ。
元々厳しい態度を取るリアム王よりも、偽りであろうとも笑顔を張り付けているノアの方が好みだったデイジーはそれを快く受け入れ、大惨事は逃れたものの、その弊害はノアへと大きく圧し掛かっている。
「ねぇ、ノア?ディね、しばらくここに滞在しようと思うの」
「はい?」
突然の訪問からの長期滞在という耳を疑う提案に思わず聞き返してしまう。
「やぁん。びっくりした顔も可愛い~」
「デイジー様。長期滞在とはどういう事でしょうか?イザベラ様の許可は取られましたか?」
集中力のないデイジーが話を逸らしてしまう前に、早急に状況確認を行う。
「え~。お母さまには、な・い・しょ。お仕事が忙しくて殆ど帰ってこないし大丈夫よ」
桃色の髪をもじもじしながら指に絡ませるデイジーの姿は、いたずらっ子を彷彿とさせたが愛おしさなど一ミリもわかなかった。
「いけません。今すぐお帰り下さい」
元々疲労が重なっていたノアには余り心の余裕がなく、思わず乱雑に手を引っ張って追い出そうとしてしまう。
「いや!なんでそんな酷い事するの!?お母さまに王城で酷い事されたって言っちゃうから!」
イザベラの名を出されノアの体がぴたりと止まる。
この迷惑娘を叩き出せないのはイザベラの存在があるからだ。
彼女の機嫌を損なう様なことはリアム王の専属騎士として絶対に避けたい。
髪と同じ色をした大きな瞳を潤ませながら小刻みに肩を震わすデイジーにため息を吐くのを堪えながら笑みを向ける。
「いつまで滞在するご予定でしょうか?」
「いいの!?嬉しい!!」
感極まったデイジーはウサギの様に飛び跳ね、その勢いでノアへと抱き着く。
騎士の性か、突進してくる敵に対し身を翻しそうになるがぐっと堪えて抱擁を受け入れた。
「ノア。だ~い好き!」
ははっと乾いた笑いを浮かべながら、無遠慮に押し付けられた胸を離すため二の腕を掴む。
(あの人はもう少し細かったな)
その瞬間、決して涙を浮かべる事もなく、弱弱しく男に寄り掛かる事もない逞しい令嬢の顔がふっと浮かんだ。




