11.許嫁
馬車が城へと到着する頃には、太陽は完全に闇へと姿を消していた。
お互い疲労感を隠せないエマ達は、始終無言のまま馬車を降り、エマの部屋がある東の棟へと向かおうとしていた。
「ノア様!お待ちしておりました!」
そこへ宮殿の管理をしていると思われる初老の執事から声が掛けられる。
どうやらノアの帰りを外で待ち構えていた様で、ランプを手にした侍女を引き連れ困り顔で足早に近づいてくる。
「どうされました?」
執事の困惑を感じ取ったノアは、先程の疲労を全く感じさせない優しい微笑で対応した。
「は、はい。それが・・・デイジー・マリアーノ様が急にお越しになりまして・・・」
「!!?」
(マリアーノ!?まさかもう私達の存在がばれたのか!?)
アジトを制圧してから半日も経たずして王城まで乗り込んでくるその王族は、屈強な体を持つ賊や薬に翻弄された猛獣以上に恐ろしい存在に感じた。
(しかし『デイジー』とは?確か前国王の姉は『イザベラ』だったはず)
疲労で上手く頭が回らないエマの肩にそっと細い指が掛けられた。
「この方は違います。」
顔を上げるとそこには馬車に乗っていた時よりも疲労感が強く見えるノアの顔があった。薄く微笑んではいるが、その目は決して笑ってはいない。
「カールソン嬢を部屋へお送りしてください。私はデイジー様の元へ向かいます」
「は、はい。どうか宜しくお願い致します。」
初老の執事は安心したようにほっと息を吐き、ノアの案内を後ろに控えている侍女たちへと促した。
颯爽とした姿で本棟へ向かうノアの後姿を見送り、自身も執事に案内されて部屋へと戻っていく。
「カールソン嬢にもご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません」
気のよさそうな雰囲気の執事は、突然の出来事に戸惑うエマへと謝罪の言葉を述べた。
「いえ。私の事はお気になさらず。それよりも、マリアーノ家の方がなぜここに?」
先程のノアの言葉から察するに、『デイジー・マリアーノ』は賊の件とは関係のない訪問の様だった。
ローゼンタール家の主であるリアム王が前国王の姉が属するマリアーノ家をよく思っていない事は簡単に予想が付く。
残虐王と名高い王が構える宮殿へわざわざ足を運び入れる理由が気になった。
厄介事には関わらないと決めたエマだったが、きっと令嬢に聞かせられない内容であれば目の前の執事が口を噤むだろう考え尋ねてみた。
「はい。デイジー様は確かにマリアーノ家ではございますが、あまり家柄に頓着されていない様で・・・イライザ様の許可も取らずにご婚約者様がいるこの王城を訪れるのです」
言葉は選んでいる様だが、つまり王族間の軋轢には関心がなく、母であるイライザの立場を考えずに急な訪問を繰り返している様だ。
しかし王族の娘であろうとも度重なる無礼な行為をリアム王が許すとは思えない。
リアム王の耳には入らない様、従者たちが気を配っているか、もしくはデイジーの『婚約者』とやらがこの王城内で強い権力を持っているかどちらかだ。
王以外の男子の存在は把握できていないが、側室が容易には入れない本棟には、王の兄弟や従兄弟たちも暮らしていると聞く。
経緯は不明だが、その中の誰かがマリアーノ家のデイジーと懇意な中であるのならば、この不届きな行動が許容されている事も頷ける。
「失礼ですが、デイジー様のご婚約者とはどのような方なのですか?」
「はい?」
エマの質問に執事が怪訝な表情を浮かべる。
どうやら介入しすぎた様だと慌てて発言を取り消そうとするが、執事の不思議そうな声に止められる。
「ノア様ですが・・・?」
「は?」
今度はエマが怪訝な表情を浮かべる番の様だ。
「ですから、デイジー・マリアーノ様のご婚約者様はノア・ロックウェル様でございます」




