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10.防御力が下がりました

エマの懸念は杞憂だった。


ノアが歯抜けのリーダーを絞殺す事ではない。


『ノアが賊に負ける』という懸念だ。


第一騎士団団長の戦闘力は凄まじく、明らかに自身よりも体の大きい男達を素手で殴り吹き飛ばしていく。


皆、ノアの容姿を見て気を緩め、薄ら笑いを浮かべながら戦いに挑むのだが、予想外の瞬発力と腕力、なによりも残虐王さながらの迫力に圧倒された賊共は対峙する前から戦意を失っていた。



「団長!お勤めご苦労様です!!」


『人の叫び声がする』と管理所の人間から通報を受けた騎士達がアジトへと駆け付けた。


柄の悪い連中が集まっていると聞いていた騎士達は、万全の態勢で侵入したのだが、アジト内にいたのはノアに殴られ地面へと倒れ込んだ男達だけだった。


当の本人は息一つ乱さず凛然とした態度で到着した騎士達へと指示を出している。


「奴らの身柄は王城で管理する。リアム王への報告は私が行うと伝えろ」


「っは!!」


優秀な騎士達の働きにより、アジトに集まっていた賊達は一人残らず身柄を拘束する事ができた。


今後どの様な裁きが下るかはわからないが、裏で王族が関わる大事件に首を突っ込んでしまったエマは大変後悔していた。


(商人もしくは貴族程度だろうと考えていたが、まさか王族とは・・・)


アーチ・マリーノ。


その名を聞いたことはないが、今の王族にはリアム王を主体とするローゼンタール家の他にも、先代の兄弟や嫁いできた嫁の両親など『王族』と名乗れる家名は複数存在する。


中でも前国王の姉であり、リアム王が手に掛ける事が出来なかった人物『イザベラ・マリアーノ』は社交界に関わらないエマですら知る有名人だ。


頭の切れる人物で、男であれば国王の座に就いていただろうと噂されている。


貴族・王族内からの支持も厚く、前国王に関わる人間をすべて排除したいと考えていたリアム王さえ、彼女の首を跳ねる事は出来なかった。


(彼女自身の評判は高いが夫である『アーチ』の存在はあまり噂を聞かない・・・まさか陰で王族を相手に詐欺を働いているとは・・・とにかく、カールソン領の物流は正常に戻りそうだしこれ以上関りを持つのは危険だ。ああ、でも、もう関りは持ってしまったし、でもカールソン領への騙しを許す事など私には・・・)


思わぬトラブルに巻き込まれたエマ達は、市場調査を中断し王城へと戻る事になった。


気を利かせた騎士が王城への馬車を手配してくれたため、エマはノアと共に馬車に乗車している最中だ。


「・・・また悪巧みですか?」


乗車してから一言も話さず熟考するエマを見て、ノアがため息交じりに尋ねる。


少々疲れているのか、目の前に座る騎士は長い脚を組み、頬杖をついて窓の外を眺めている。


いつもの凛とした佇まいと異なり、怠惰に見えるその姿でさえ色気を感じてしまうのはなぜなのだろう。


「・・・いえ、自身の身の振り方を改めようと内省しているところです」


ノアの呆れた姿は見慣れているため、特に気にすることもなく返答する。


「!!?やっと改心してくださいますか!?」


一方ノアはエマの謙虚に反省する姿勢を見て感動と驚きを隠せない。


(改心って)


まるで自分が悪に染まっていたような言い方をされ、さすがに引っ掛かったが、それでも今回の王族の事件に関わった失態はエマの態度を大人しくさせた。


「・・・はい。貴方の言う通り、騎士様達に任せるべきでした」


「その通りです。良いですか?今後何か事件に巻き込まれそうになったとしても、決して自身の力を妄信せず、私達に声を掛けて下さい」


「・・・はい。」


「それから、決して興味が湧いたとしても、暴れ馬や賊などといった危険な生物には近づかない事」


「・・・はい。」


「それから・・・・」


ここぞとばかりにノアからのねちっこいお説教が開始される。


レタスンの事は関係ないだろうに昔の事をわざわざ引き合いに出してまでエマに分からせようとする姿は、故郷にいる母親を彷彿とさせた。


「聞いていますか?」


「・・・っ!は、はい!」


長い話が頭に入らず、母の事を思い出していたエマに、ノアの怒気を含んだ声が掛けられる。


はぁっとため息を吐き、興奮して前のめりになっていた体を背もたれへと預け、また怠惰な体勢へと戻る。


「貴方が羽交い絞めにされている時、貴方が止めなければ私はすぐにでも奴らを殴り倒していました・・・なぜ止めたのです?」


正直ノアの強さを知らなかった事と、単純なリーダーが主の名前を出すのを待ちたかったという理由からだ。


主の名を聞いたら言葉巧みに『こちらが敵でない事』、『これ以上の狼藉は主に対する反逆』である事などを言い聞かせ逃がしてもらうつもりだった。


「騎士様の強さは把握しておりませんでしたし、彼らとて騎士達が巡回する管理所近くで人殺しまでは出来ないと踏んでいました」


「っ!!当たり前です!それに殺されなければいい訳ではありません!元国王軍とは言え野蛮な連中です。相手が女性であったとしても暴力は振るってきますよ!?」


先程のお説教モードとは比較にならない剣幕でエマを糾弾する。


呆れた態度には慣れたものの、王さながらの迫力ある怒号には慣れないエマが怒りを鎮めようと焦り始める。


「わ、私の領地は男だらけですので手が出る事もありますから慣れています!それに他の令嬢よりは丈夫な体ですから、多少殴られたとしても・・・って、あの!?」


あたふたと言い訳を並べていると、急にノアの強張った手がエマの両腕を掴んだ。


強い力で引き寄せられ、半分腰を浮かした状態のエマの目の前に悲しそうな表情のノアのがいた。


「嫌なのです」


「はい?」


女性の様な美しい顔立ちの人物から想像出来ない程強い力で支えられ、驚愕しながらも不明瞭な言葉の続きを促す。


「貴方が乱暴にされるのは、私が嫌なのです」


正義感溢れる若き王の従者である騎士は、主同様真っすぐな正義をお持ちだ。


『貴方が』というよりも『女性が』と伝えたいのだろうが、勘違いされやすい言葉を使うところが憎らしい。


「き、気を付けます・・・」


「・・・そうして頂けると助かります」


そう言い切ると、ゆっくりとエマを席へと戻し、自身も深く腰を下ろし口を閉ざした。


夕暮れが車内をオレンジ色に染める。


夜の闇へと消える前に最後の力で強い輝きを放つその光でさえ、虚ろな目で外を見つめるノアの姿を霞ませる事は出来ない。


(あ、危ない危ない。美人の魔法に掛かるところだったっ)


静寂が包む車内の中で、うっかり胸をときめかせてしまったエマは、先日アイラから教わった牛糞の活用方法を脳内で復唱するのだった。


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