9.野良犬
「連れて来たか?」
「はい。これがこいつの姉です」
後頭部を殴られ頭から血を流したエマが、男達に羽交い絞めにされている姿を見て、一瞬ノアが殺気立つ。
だが現状は屈強な男達数人に囲まれ、いくら第一騎士団団長とは言え勝算があるとは思えなかったエマは、鋭い目つきのノアを真っすぐに見つめ、ゆっくりと首を振り、制止を呼び掛ける。
「・・・っ!」
エマの制止に気付いたノアが、悔しそうに唇を噛み、後ろの男に羽交い絞めにされる。
緊迫した空気だが、ノアを後ろから抱きしめている男は幸せそうで、女にしてはガタイのいい体をしている事に気が付いていない様だ。
「二人か?随分おまぬけな密偵だな。てめぇらの親玉は誰だ?吐かねえともっと痛い目見るぞ?」
恐らくこのアジトのリーダーである男は鉄の棒を肩に掛け、エマを見下ろしながら脅しをかける。
女を目の前にして武器を持ち優位な姿勢を見せるリーダーに鼻を鳴らしそうな衝動を抑え、怯えたふりをして応答する。
「・・・私達は親に見捨てられ」
ッバキ!!
「もう一度聞く。慎重に答えろよ?親玉は誰だ?」
エマの隣に置いてあった本棚をリーダーが鉄の棒で破壊する。次はお前だぞと言わんばかりの顔だが、その中に入っている書類は傷つけていいのか?とさらに呆れてしまう。
(こんな脳筋が王族を騙す事など出来るはずがない。クラウディン嬢同様、単純な人間を裏で操る人物がいるはずだ)
エマの本来の目的は、重要書類を王宮に持ち帰る事であったが、カールソン領を陥れる行動。そして羽交い絞めにされるという自身への屈辱を受け、『全員ぶっ潰す』という目的は変わっていた。
農家の男達は気前のいい働き者ではあるが、切れやすく頭よりも拳が先に出るタイプが多い。
そんな環境で育ったエマは多少の暴力には屈しない強い精神と、力では適わないので使えるもの全てを使って報復するという執念を身に着けていた。
「よろしいのですか?ここに在るのは貴方の主人が大切に保管している重要な書類。乱雑に扱えばお叱りを受けますよ?」
「!!てめぇ、なぜあの方の存在を!?」
(自分でばらしてる)
主人の存在をちらつかせれば、肉を目の前にした野良犬の如く喰らいついてくる。
リアム王相手に壮大な劇を繰り広げたエマにとって目の前の男を操る事など容易だ。餌に食らいついたのならば目的地まで誘導するだけ。
「私はあの方に頼まれたのですよ。ここの帳簿を確認してほしいと。どうやら最近、あの方も把握してない程の差額を付けた品が市場に出回っているようで、貴方達の裏切りを懸念されているようですね」
「そ、そんなはずない!!俺達はあの方に忠誠を誓ってる!若き王に敗れた俺達をあの方は救ってくれた!」
(こいつら!前国王軍か!?)
予想以上に簡単に情報を漏らすリーダーは自身の出身まで明かしてしまう。
前国王の息が掛かった者達を次々に処分したリアム王だが、さすがに全ての人間を把握する事は不可能。
殺されることもなく、だからといって現国王が管理する王都で生活をすることが出来ない者達は、生きていくために裏の世界へと手を染めるのだ。
以前対峙したであろう敵を目の前に、ノアの表情が消える。
真っ暗な瞳のノアは人間味がなく、常軌を逸する美しさが相まって冷酷な悪魔にさえ見えてくる。
いつ賊に手を出すか分からない騎士を懸念しながらも、エマはリーダーへと揺さぶりをかけ続けた。
「忠誠?騎士でもない貴方達の忠誠など、あの方には何の意味もありません。彼が地位も権力もない弱者を嫌うことを貴方も知っているのでしょう?」
「っ!!」
はったりではあるが予想は出来た。
前国王の息が掛かった者達に関りを持とうとする人物であるならば、リアム王の政策に反旗を翻す考えを持っているはず。
民を思いやるリアム王と反す思惑は、差別主義者である前国王の考えそのものだ。
「ち、違う!マリーノ様はそんな事!!っ!!?」
大きな体を揺さぶりながら動揺を見せるその男には、先程の攻撃的な姿勢は見えなかった。
元騎士であるその男に多少の同情は抱いても決して見逃す事はないと決めているエマが畳み掛けようとしたところ、
ッドッォン!!
熊の様な体系をした男が、一瞬にして壁へ叩きつけられていた。
太い首には女性の様な細い指が食い込み、100kg以上ありそうな体は足が地面につかない程浮いていた。
「っう、ぐあ」
苦しそうにうめき声を上げる男を容赦なく締め上げるノアが、巨体を持ち上げている事を物ともせず平然とした表情でエマへと顔を向ける。
「アーチ・マリーノですよ」
「へ?」
突然の話し掛けられたエマは、残虐王の専属騎士が歯抜けの男を絞殺さないか気が気でない。
しかし、エマの懸念を知らぬ美しい騎士は語り続ける。
「この事件の首謀者はアーチ・マリーノ。リアム王と同じ王族です。」
エマが聞きたくもない事件の真相を。




