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6.潜入

店主の話を聞いたところ、『カールソン領の食材は品質が良く、値段も手頃なため皆取り扱っていたのだが、最近になって平民が手が出せない程の値上がりを見せたため購入しなくなった』との事だった。


もちろん領主の仕事に携わっているエマはそれが事実とは異なる事を知っているのだ。



「それで、あの業者を付けるという事ですか」


今、エマ達は市場から少し離れた人気のない路地に身を潜めていた。


王都へと出入りできる業者は、王家から許可を得ている者に限られるため特定するのは簡単だ。


市場で会った店主をさらに問い詰めたところ、各領地の物流担当者は市場の人々に認知されており、カールソン領の担当はこの路地裏にある家屋を拠点としていると聞きだした。


エマが店主を問い詰めている最中、気迫に押されしつこい質問に対応する店主の姿をノアは哀れんだ視線で黙って見詰めていた。


(きっと王都に吹っ掛けた利益を自分の懐へ入れているに決まっている!絶対に許さん!お前らこそミンチにしてやる!!)


まだ確定はしていない犯罪を決定づけ、残虐王さながらの冷酷な感情を煮えたぎらせたエマは、どう調理してやろうかと頭をフル回転させていた。


ガラガラガラ・・・


暫く身をひそめ待機していると、一台の荷馬車が到着する。


馬に引かれたその荷台は汚らしい布で覆われているため中を確認する事はできないが、恐らく王都への出荷物であろうと思われた。


(あれだ)


とにかく横領の証拠が欲しいエマは、瞬時に荷台へと向かおうとするが、強い力でノアに引っ張られ止められてしまう。


「何を考えているのです?」


勢いよく腕を引かれたため体の軽いエマはすっぽりとノアの腕の中に納まってしまう。小声ではあるが、明らかに怒気を含ませたノアの声が頭上から聞こえた。


「あれは必ず犯罪の証拠が入っています。それを確かめたいのです」


「でしたら後日、兵を連れて参りますので、今は大人しくしていて下さい」


ノアの発言は正論で、正しい道順なのだろうが、結果主義のエマにとっては生ぬるい判断に感じた。


騎士の存在を感じ取れば人間は警戒する。商売人は勘も鋭く、さらに弁が立つ。誠実で真っすぐな騎士を騙す事など容易いのだ。


(そう、容易い事だ)


「・・・そうですね。すみません・・・行き過ぎた真似を」


ノアによる力尽くの制止に抵抗できない察したエマは、降参とばかりに体の力を抜き項垂れる。


「あ・・・いえ、わかって頂ければ・・・私もご令嬢に対し失礼でした・・・」


先程までの抵抗が嘘の様に消えたエマを見て我に返ったノアがその体をあっさりと解放した。いくら危機迫る状況だとはいえ、令嬢の体を力尽くで抑え込むなど騎士として、何よりも紳士として相応しくない振る舞いだと反省の色を見せた時。


「って、おい!!」


ノアの腕から解放されたエマが勢いよく目的の荷台へと駆け出して行く。


そう、エマにとってしおらしく納得をする振りをして純朴な騎士を騙す事など容易な作業なのだ。


ノアの制止は聞こえたが足を止める事はなく、周囲を警戒しながら荷台の入り口へとそっと近づく。業者は休憩中なのか荷馬車の近くには人の気配がなく、無防備に放置された荷台の中へと簡単に侵入することが出来た。


"中は薄暗く、また埃っぽいその空間は、食物を輸送するのに適した環境とは言えなかった。商品自体は出荷された後の様で、『カールソン→フェランデリア』と書かれた空き箱が積まれているだけたった。

"


(出荷済みか・・・金を手に入れたのならば、それを収めに行くはず)


恐らくこの荷馬車の持ち主を叩いても根本的な解決にはならない。この荷の出荷を依頼した主を突き止めない限り不正は正せないだろう。


変に騒げば主は業者を変え、出荷先さえも変更する可能性がある。そうすれば、折角掴んだ尻尾はトカゲの如く切れてしまいカールソン領の不利益は延々と続いてしまう。


(ここで捕えなくては)


もちろん逞しいエマでも悪者達を一網打尽に出来るなど考えてはいない。ただ、彼らのアジトとなる場所、出来ればその主犯格が分かればいいのだ。


この荷馬車がエマの目的とする場所へと運んでくれる事を願い、そっと息を殺して馬が走りだすのを待つ事とした。その時。



ガタン!!


勢いよく荷台が揺れ、薄暗い室内に一瞬光が差した。


「何しに来たのですか!?」


「貴方こそ何のつもりですか!?」


そう、鬼の形相をしたノアが大きな乗車音と共に荷台へと乗り込んできたのだ。こっそりと忍び込んだエマにとって予想外の事態で、実直な騎士は潜入などの隠密行動は出来ないのかと思わず呆れてしまう。


隙を突かれ、無謀な行動を取られた事へ怒りを顕わするノアと、自身の行動を制限しようとするノアに対し不快感を表すエマの声が狭い空間でぶつかり合う。


感情に身を任せたその叫びは1枚の布で隠す事は出来ず。


「おい!誰かいるのか」


荷馬車の持ち主であろう男の元へと異常を知らせる事となった。


荒々しい怒号が聞こえ、二人はぴたりと黙り込んだがすでに遅く、下品な男の声と横柄そうに歩く足音が段々と近づいてくる。


男は荷台の入り口で足を止めると乱暴に掛かっていた布をはぎ取り、エマとノアの存在を太陽の元へと曝した。


エマはその強い光に目を細め、身分を隠したいノアは自身のローブを深々と被る。


布を乱暴に取り払った男は二人を無言で見詰めていたが、瞬時にエマを女だと認識したようで浅黒い歯抜けた顔に下卑た笑みを浮かべて見せた。怠惰に太らせたその姿は私腹を肥やす貴族とはまた異なり、不快以上に身の危険を感じさせられる。


無言なまま無骨な手がエマへと伸びるのを察したノアが戦闘態勢を取ろうと前へ出るが、エマはその腕を引きそれを制する。


ローブの中から見える口元が一瞬強張ったのが見えたが、エマは落ち着きを払いながらゆっくりと首を振ってみせ、そして男の前へと躍り出た。


「ご、ごめんなさい・・・私たち、親に売られそうになって・・・どうか匿ってください!!」


そう言うとエマは、先ほど怒鳴り声を上げていた人物とは思えない程、弱弱しく肩を震わせ目に涙を浮かべながら男に懇願した。


王族を相手に詐欺を働く相手がこんな子芝居で騙せるとは思わないが、時間稼ぎにはなる。目の前の男に怯えた風を装いながら頭をフル回転させ必死に食らいついた。


「ああ?そんなの俺達には関係ねぇよ、つーかガキじゃねぇか!!さっさと出ていけ!!」


男はエマの幼児体系を認識してしまった様で、早々に追い出しにかかる。まさか自身の貧弱な体がこんなところで障害になるとは思わなかったエマが焦りだし、男の太い腕にしがみ付こうとするが、それを察したノアに腕を掴まれ止められてしまう。


(こんな時に!!)


早々にこの場を去りたいノアの妨害に苛立ちを覚えたが、自身の腕に手を掛けるノアの指の細さを認識した途端に怒りが瞬時に消えた。


目の前にいる深くローブを被った人物は、調教薬に似た性質を持つ事に気が付いたのだ。


「そ、そんな、私たちはどーすれば、ねえお姉ちゃん」

突然姉呼ばわりされたノアが訳も分からずに首を横に傾ける。


「姉?そのローブ被ったやつか?・・・・ってか、なんでそんな大きいローブ被ってる・・・まさか騎士じゃねえだろうな!?」


女除けとはいえ自身の存在を隠すように深くローブを被ったノアに、男は警戒心を高める。その声が耳に届いたのか、目の前の男同様に汚らしい装いの男達がそれぞれ武器を手に持ち集まり始めた。


男達の存在に気付いたノアが身を乗り出そうとするのを全身で押さえ、悲痛な声を上げる。


「ち、違います!姉は病気で言葉を話すことが出来ないので、人から話し掛けられない様に深くローブを被っているだけです!!どうかお許しくださいまし!!」


急な設定を課せられ、動揺するノアをよそにエマは弱弱しく潤んだ瞳で周囲を見渡した。真否がわからない男達は武器を持ちながらも襲い掛かる事を戸惑っている様子だ。


「ローブを外せ」


周りの空気を察してか、目の前の男がノアへと命じる。


エマはノアの両肩を掴み、『頼む!』という懇願の視線をローブ越しへ送った。


っふぅという呆れた吐息は漏れたが、ゆっくりと顔に掛かったローブが外される。


その途端、周りを囲む男達が『ごくりと』つばを飲み込む音が聞こえた。


そう、『並外れた美しさ』は『並外れた効力』を持つ薬同様。


使い主次第で利とも害ともなるのだ。


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