1.傷心のエミリア
「では、これにてカールソン領とクラウディン領との交換契約を締結とする」
謁見の間での裁判から1週間程経った頃。
エマが提案した交換契約を正式に締結させるため、本棟にある応接間へと招集が掛けられた。
王宮には様々な役割を持った部屋が存在し、契約の場として設けられたこの部屋も、その目的のみに使用される何とも贅沢な空間だった。実家であるカールソン領では、商談や会議を厨房や食堂、空きがなければ倉庫に椅子を持ち込んで場所を作っていたため、格式張った部屋での商談はエマの居心地を悪くした。
招集が掛けられたのはエマとエミリアの二人だけで、アイラは人身売買に敏感なノヴァック領が『交換契約』について誤解しない様に自ら領地へと交渉に向かったため不在である。アイラの帰りを待つことも出来たが、早急にクラウディン領との契約を済ませたいエマの申し出から今回の場が設けられたのだ。
(ぐずぐずしてクラウディン領から反発でもされたら困る)
王の許可を得たと言っても、領主の令嬢が勝手に交わした約束だ。『王からの命』を反故する事は出来ないため領主達は首を縦に振ったようだが、不平を漏らして契約の締結を延期させられる可能性もある。
だからこそエマは強引に契約の場を設けてもらったのだ。
王は不在であったため、エミリアが口を閉ざす事はなく、王から信頼を置かれた大臣の手によってスムーズに契約は取りまとめられた。
「では、私は国王様に報告しますので」
年老いた大臣は、先程まとめた書類を重そうに抱えながらゆったりとし動作で応接間を後にする。
残されたのは赤髪のエミリアと優位な契約を結べて少々気分が高揚しているエマだけだ。
(初めは試し期間も兼ねて数名程程かと予想していたが、王はこの契約が大分お気に召した様だ)
今回結ばれた契約では、エマの予想を遥かに上回り、100人の領民が交換される事となった。派遣人数が多いほど領地に入る利益が増すカールソン領にとっては喜ばしい結果と言える。
もちろん派遣されてすぐに稼げるとは思えないため、実際に利益が上がるのを気長に待つ必要があるが、その事を差し引いても十分領地へ貢献出来たと思えた。
今後の展開に思いを馳せ、脳内で金勘定をしていたのだが、目の前に座るエミリアの表情が暗い事に気が付き思考が止まる。
「・・・・」
応接間に入った時から浮かない表情で、契約交渉の最中も心ここに在らずといった面持ちでただ座っていた。
エミリアは領主の仕事に関与していないのだろうか、契約内容に関して一切口を挟まなかった。それどころか頷きもせずただ俯く姿は大臣からも快く思われなかっただろう。
「あの、私はこれで」
エミリアの表情は気になったが何かと問題を起こす令嬢とは距離を置きたいため、早々に退室する姿勢を見せる。
声を掛けられ、っはっと我に返ったエミリアが、弱弱しい笑顔を向け静かに頷く。
「どうぞ、今後ともよろしくお願い致しますわ」
ゆったりと頭を下げる姿が痛々しく、叱られて落ち込んでいる子猫の様でさすがのエマも見ていられなくなり声を掛ける。
「・・・あの、大丈夫ですか?」
男社会で生きて来たので、女の子らしい女の子への気遣いの仕方がわからず、直球な言葉しか掛けることが出来なかった。
「・・・」
不器用な気遣いが通じなかったのか、エミリアは返答してくれない。ただ先ほどから暗い表情がさらに色濃くなった事だけは確かだ。
(わからない。もう退室していいかな。正直苦手なタイプだ。どうせいつも連れてる令嬢がご機嫌取りするだろう)
エミリアと共にエマを陥れた令嬢2人を思い出し、ふと疑問を抱く。
いつも後ろに控えている令嬢達がいないのだ。王からの処分を回避するために設けられた契約の場なのに、エマを陥れた令嬢達がいないのはおかしい。
目当てのクラウディン領との契約にばかり意識を向けていたため、他の令嬢達の事をすっかり忘れていた。
「あの、いつも一緒にいたご令嬢達はどうしたのですか?」
あれだけの事をして逃げられたと怒りで声を震わせながら俯くエミリアに尋ねる。
「・・・・・あの二人は領地へと帰しました」
「はい?」
話を聞くと、エミリアの後ろに控えていた令嬢二人は、クラウディン領内の一部を管理する領主の娘であるとの事だった。
王都に続く大都市クラウディンでは、その領地を一つの家で管理する事が困難であるため、領地をいくつかに分けその領地に対して領主を配置したのだ。
つまり彼女達はエミリアの家の配下にあり、エミリアが倒れれば己にも危害が及ぶ立場。
(だから責任を押し付けられなかったのか)
真正面の喧嘩しか出来ない不器用なエミリアを影で操っていたのはその令嬢達であろう。傍に置くどころか敬遠するべき存在だが、エミリアにとっては心の支えだった様だ。
「なので、私と契約すれば貴方が望む契約は成立致しますのよ」
「そ、そうでしたか」
暗い表情のエミリアがエマの獲物を逃がした怒りを察知したのか、『損』はない事を伝えてくる。
再び沈黙が流れ、居心地の悪さに身動きが取れなくなる。
「あの、彼女達は貴方にとって良い存在とは思えませんが」
「・・・・・・っう、う、うーーーー」
取り繕うことが出来ず思わず発した素直な言葉が、何とか堪えていたエミリアの涙腺を崩壊させた。
「す、すみません、すみません、、、ほんと、、、すみません」
領地にも女性はいたが、皆、男に負けない程逞しく、涙を見せる事があっても、それは悔しい時や嬉しい時に流していたので決して弱弱しい姿ではなかった。
そのため今の女の子らしいエミリアの涙に対応する事が出来ないエマはひたすら謝り続けた。
「わ、わっかていますの、あの子達が私を良く思っていない事は・・・・でも、でも私はクラウディン領主の娘ですのよ?誰も私と友達になってくれませんのよー!・・・っう、う」
余りにも高過ぎるその立場は、エミリアにとっては利点だけではないらしく、傍に寄って来る者はその権力にあやかりたい媚び売りばかりだ。
一度溢れてしまった涙は止まる事がなく、それに動揺したエマが珍しく焦り始める。
(一体どうすれば、いや私にも泣いた経験はある。その時の事を思い出せ!・・・そう確かあれは)
エマの涙を流した経験、それは幼少期。
初めて自分の力でレタスを作ろうと奮起したのだが、種から芽が出る事もなく、自身の無知さや実力不足に涙を溢したのだ。
その時に、厳しい母親から珍しく、慰めの言葉を頂いた。それは、
「失敗しても、また作ればいいのです。」
そう失敗は大切な経験、一度ダメにしてしまった種も、経験という形で私の生きる糧となる。そう教えられたのだ。
それからエマはレタスを完璧に育て上げ、果樹に水田と幅を広げていき、今では『カールソン領の賢者』と称されるまでに高い技術と知識を身に着けたのだ。
「クラウディン嬢は失敗されました、でしたらきっと次は素晴らしい物が作れるでしょう」
母親からされた様にっそっとエミリアの肩に優しく手を置き、希望を込めた視線で瞳を見つめた。
「素晴らしい・・・・者。そ、そうよね!」
その熱い思いはエミリアへも通じたらしく、エマが肩に乗せた手に爪をピンクに染めた可愛らしい手が重ねられる。カールソン領でも女性の日焼け対策は徹底されているため肌色は同じなのだが、過酷な農作業を行っている令嬢と毎日手入れされている令嬢の手は違うものだった。
「・・・・わかりましたわ!カールソン嬢!貴方は罪を犯した私を罰せず、救い上げて下さいましたわ。それだけでなく、誤った友情を指摘し、新たなる希望を与えて下さるなんてっ!!貴方こそ私の『素晴らしい者』よ!」
「は?」
同じ女性とは思えないエミリアの美しい手を無遠慮に見ていたところ、予想外の言葉が掛けられる。反射的にエミリアの肩から手を離そうとするが、強い力で握られ退くことが出来ない。
慌てるエマに構うことなく、エミリアはキラキラした瞳で真っ直ぐ見つめ続け、そして断言する。
「これからはお友達として仲良くしていきたくてよ!」
こうしてエマに初めて令嬢の友達が出来たのだった。




