20.交渉材料
「国王様が治める地で民達が安全に暮らせている事には大変感謝しております。ですが、私は国と領地との争いの火種を看過する事はできません」
「争いの火種だと?」
リアム王とノアから睨まれ続け、さすがに声が震えてしまったが、どんな形であれ王の興味を引くことには成功している。
王の覇気により先ほどまで騒ぎ立てていた令嬢は物を言えぬ状態だが、反対に涙が止まらなかったエミリアと、エマを訝し気に見ていたアイラが興味深そうに話を聞いていた。
「はい、新たなる王となられた国王様と領地との繋がりがまだ希薄であるため、国王様の意思が領主達に届いておりません。その証拠に王都に領民が流れることを『貴族を衰退させるために国王様が考えた策略だ』と捉えている貴族も少なくないのです」
「そんな遠回しな事を・・・貴族を排除するのであればその権力ごと領地を奪っている」
前国王が可愛がっていた貴族達を皆殺しにした残虐王にとって、領主を排除することなど容易いのだろう。民からは『英雄』と慕われる目の前の王は、貴族となると同じ人とは思えないほど冷酷になる。
「もちろん国王様が我々を陥れる様な事をなさる方だとは思っておりません。ただ、今は新たな王の君臨により各地に混乱が生じているのです。領地間を結ぶ交換契約の仲介をして頂くことで、国王様が領主の敵ではないという証明となります。」
「国王に謀反を起こす者など根こそぎ排除するのみ、何よりも領民を縛り付けているにも関わらず交換などと多少の緩和政策を打ち出す事が気に食わない。自由を望む領民が多いからこそ王都へ流れるのは必然。民から見捨てられる領地に救いの手など必要ない。」
民の意思は尊重するが、民を束ね、領地を守り、国へ税を納める領主の立場を軽視する様なリアム王の発言は、令嬢達の表情を曇らせる。
自分達を蔑ろにする態度に不快感は感じたが、エマは従順な様子を崩さずに語り掛けた。
「国王様の仰ることはごもっともです。私も可能な限り民には幸せでいて欲しいと願っております。ですが今、民は怯えているのです。住み慣れた領地が衰えてしまう事を、国が領地を見捨てる可能性を・・・新たなる国王様の君臨により国が変化し始めている事は領民にも伝わっております。自身の新たな可能性を信じて王都へと足を運ぶ者もいれば、今までの安定した生活を望む者もおります。多様性が求められる今だからこそ、国と領主が互いに手を取り、理解し合う必要があるのです。いつまでも領民に苦しく不安な思いはさえられません。民を思いやる気持ちを誰よりもお持ちの国王様だからこそ提案させて頂きます。今こそ領民達に選択の自由を与え、国が一丸となり民が安心して豊かに生きられる国造りを共にしていきたいのです!」
恐らく、リアム王の側近たちも領民の流出によって起こる問題について把握はしているのだろう。だが、新たに国造りをする中で、それ以上に優先される案件が多く、王の元まで情報が届いてない様子だ。
エマが取り上げた領民の流出問題は、領主にとっては深刻だが、国の単位で考えれば急を要するほどの案件ではないのだ。恐らくこれ以上貴族が騒ぎ出したり、王都の人口増加が顕著になれば、王の側近達がエマ以上の解決案を王へ提案しただろう。
だからこそ調度いい。
問題提起は何でもよかった。前国王軍残党の盗賊化、隣国との抗争、近年の水不足など国が解決しなくてはいけない問題は山積みだ。
その中から後回しにされそうな、そして解決策を提案出来そうな案件を取り出し、あたかも差し迫った大問題の様に弁ずる。
そして自身の目的は隠し、あくまでも国のため(カールソン領では領地のためと言っていた)名目をつける。
カールソン領の男社会で生きていくために母から教わった話術の一つだ。
「そのお力添えを聡明な王に頂きたいのです。どうか小娘のいう事と無碍になさらないでください。私の発言が不敬と捉えられるのであれば罰を受ける覚悟はあります。ですがその前に一度、一度でよいのです!どうか民のため、そして国のためにご検討して下さいませ。」
懇願する様に地面へ膝をつき、神に祈るように胸の前で手を組みそっと瞼を閉じる。
リアム王からの反応はない。誰かが唾を飲み込む音が聞こえるほどの沈黙が支配する室内で、エマだけが確信を持ちながら返答を待っていた。
(容易く貴族を手に掛ける残虐性を持ちながらも、平民に対しては手厚い救済措置を講じる『英雄』・・・この人は・・・)
どのくらい時間が経ったのだろう。衣擦れの音が聞こえ、膝をつき俯いたエマの肩に、そっと優しく温かい手が置かれる。ふと視線を上げると、そこには決意と正義に満ちた王の顔。
「共に、国を造ろう」
(目に見える正義が好きなのだ)




