19.交換契約
不躾ながらエミリアと2人の令嬢を指さしながらドヤ顔で交渉を始めたエマを、理解が出来ない様子で令嬢達が見返していた。
「交換契約だと?」
耳慣れない言葉に訝し気に反応したリアム王だったが、興味は持ってくれた様で、エマの提案を品定めしながらも聞いてくれる様だ。
「はい。交換といっても物を送り合うわけではありません。交換対象は互いの領民でございます。」
「人身売買をするつもりですか!?」
先ほどから異様な物体を見る目でエマを捉えていたアイラが思わず声を荒げる。アイラの領地ノヴァックのような貧困地では、金に困った親が子を秘密裏に売買することも珍しくない。もちろんそれは犯罪であり、領地間で人身売買を公式に認める事などあってはならない。
「いいえ、人身売買は人と金とを交換するもの。交換契約は人と人です。さらに交換される人物は領地の中でも優秀な人材を採用するつもりです。」
「・・・どういうことだ?」
遠回りな解説にリアム王が苛立ち始めたが、この話は王の関心が必須。負の感情であろうと興味を持ってもらい、王の監督下で契約を交わすことに最大の意味があるのだ。
「国王様は、各領地から民が王都フェランデリアへ流れている事はご存じでしょうか?」
「王都の人口が増加している事は知っているが、それがどうした?」
(やはり、まだ把握していない)
苛立つ王を刺激しない様、丁寧に言葉を選びながらエマは解説を始めていく。
「はい。領地では税を納めるはずの領民達の流出を防ぐ事が出来ず、領主達が問題視しているのです」
王都に人が集まる大きな要因は、出身や能力を問わずに生活が出来る環境にあると言える。
前国王の悪政により奴隷の様な扱いを強いられてきた民達の中には、住む家もなく、お金を稼ぐための技術や知識を持たない者が多かった。そんな憐れな民達を救済したいと考えた若き王は、王都に住まう全ての民に土地、家、仕事、そして生きていくための権利を与えたのだ。
そして、その恵まれた環境に強く惹かれたのが仕事も家もある各地の領民達だ。
決して生きていく事が難しくない領民だが、その生涯を領地内で終える人が殆どで、自身の人生を選択できない不自由さに不満を持つ者も少なくない。
その理由の一つとして、教育の多様性がないことが上げられる。農地ではその土地にあった農耕技術を、都市ではその都市で通じる商いの方法を教育されるため他の領地でその能力を生かす事が出来ない。
また、領地を出る場合には、納税する事で与えられていた土地や家、医療を受ける権利などが没収されされてしまい、殆ど身一つで領地から追い出される事となるのだ。
例え他の領地に入れたとしても、その領地で生き抜く知恵や技術、人脈を持たない領民は生きていく事が出来ない。
だからこそ身分も知識も関係なく仕事にあり付ける王都に皆惹かれてしまうのだ。.
正直、若き王が君臨してからというもの、自由を求めたカールソンの領民が徐々に王都に興味を持ち始めており、人材が流れてしまうのも時間の問題だろうと思われる。
だからこそ、領民を移住させるのではなく派遣する形で領地から出したいのだ。
「領地から派遣された民が稼いだ利益は、元の領主へと納税する形を取れば、領地から離れながらも領民としての義務を果たすことが出来ます。また、派遣された領地で新たなる技術や知識を得ることで、互いの領地の発展へとつながります。」
「た、確かに領民の流出はクラウディン領でも問題になっていますが・・・だからといってカールソン領とクラウディン領では収益の差がありすぎますわ」
エミリアがそう不安がるのも頷ける。そう、いくらエマの領地が豊かであろうとも、王都には及ばないながらも大都市と称されるクラウディン領では得られる収益が異なる。だからこそ国王の存在が必須となるのだ。
「はい、それは重々承知しております。そこで、国王様のお力を頂きたく存じます」
「ほお」
短く返事はするが冷たい視線でエマを見るだけでそれ以上は何も返答がない。どんな提案があるのか様子見しているのだろう。ここからが正念場!と丹念に力を込め、真っすぐにリアム王へと向き合う。
「クラウディン領とカールソン領では利益を平等に出すことは不可能です。もちろん、この契約を他の領地で結ぶとしても同様の問題が生じるでしょう。そのため、国王様には不利益が出た領地の不足分をサポートして頂きたいのです」
エマの提案に部屋の温度が1℃下がったのではと感じるほど場が凍り付く。
不祥事を起こした不始末に裁きを与えず、さらには国王に金を出資しろとまで提案するなど無礼極まりない。いつもは優しい笑みを讃えているオリビア妃さえ厳しい表情ででエマを見つめている。
「なぜそれを私が金を出す必要がある?領地は税を国に治めることで庇護下へ置かれ管理されていることを、領主の娘である其方が知らないはずはないだろう。それにも関わらず、其方は私に領地へ金を渡せと、そう言っているのだな」
厳しいオリビア妃の表情をさらに上回る迫力を放つリアム王の覇気に令嬢達のみならず、護衛をする騎士でさえ圧倒されてしまう。さらに後ろに控えるノアでさえ無礼者と言わんばかりの鋭い視線でエマを射るため、猛獣に挟まれた様で生きた心地がしない。
しかしエマはか弱い令嬢の様に俯くわけにはいかない。なぜならこんなチャンスは二度と訪れないからだ。
大都市クラウディンとの優位な売買契約など喉から手が出るほど欲しいに決まってる。エマを陥れた人物の詳細を侍女に聞いたとき、まさか王都に続く大都市の令嬢だとは思ってもいなかった。そして、それを知ってからというもの、どうやったらカールソン領にとって有益な償いをしてもらおうか寝込みながらも策略を練っていたのだ。
(王の寵愛は頂けなくとも、吉報を引っ提げて領地へ帰る!)




