14.ねちっこい美人
どのくらい時間が経ったのか、目を覚ますと自室のベッドの中にいた。
頭痛に悪寒、食欲不振、明らかに風邪の症状を体が訴えている。
(み、水・・・)
喉の渇きを感じ、熱で痛む体をゆっくりと起こしたとき、
「か、カールソン嬢!!お目覚めですか!?」
人がいることに気が付いた。王宮から派遣された侍女だ。
「ええ、あのお水を頂けるかしら?」
「は、はい。すぐに!」
何を勘違いしたのか、それともエマの言葉を田舎のスラングと思ったのか、室内にある水差しには目もくれず、一目散に室内を出て行ってしまった。
(・・・・・仕方ない)
体があちこち痛みはするが、どうにか歩くことはできる様だ。フラフラと壁伝いに水を取りに行く。
「カールソン嬢!まだ歩いてはいけません!」
先ほどの侍女と共にノアが室内に入ってきた。まだ体調が万全でないのに出歩こうとするエマを見て、怒りを含んだ表情で近づいてきた。
「あ、いえ、水を飲もうと」
水差しを指さして説明をしていると、ノアに腕をつかまれた。
「それは侍女がやります。カールソン嬢はベッドから起き上がらないで下さい」
ひょいっと横抱きにされベッドへと連れていかれた。急に抱き抱えられてエマ自身も驚きはしたが、それよりも水を用意しようとした侍女が顔を赤らめ見とれてしまい棒立ちになっている。
「・・・あ、ありがとうございます。あの、水を・・・」
「・・・っは!はい。すぐに」
取り合えずノアには礼を伝え、動かない侍女の意識を引き戻した。原因のノアは当たり前の事とばかりに凛とした表情を崩さない。
ノアが部屋にいる事に慣れないのか、ちらちらとノアへ視線を送りながらエマへ水を用意し始める。侍女が作業している間、ノアは美しい姿勢で椅子へ腰を掛け、無言を貫きながら張り付けた笑顔をエマに向けてくる。
(あ、圧が・・・・)
ノアの無言の圧を感じながら侍女から用意された水を受け取り、喉へと流し込む。常温ではあったが、熱で火照った体に染み渡り思わずほぉっと息を吐いた。
パタン
事前に打ち合わせをしていたのだろう、無言で笑顔を張り付けるノアと、体の渇きを潤す事に夢中になっているエマを残し、侍女は断りもなく退室した。
「・・・男女が同じ部屋で2人になるのはまずいのでは?」
「私は王専属騎士ですから、信用があります。それよりも、目が覚めて本当に良かった」
王からの絶対的な信用を持つ美しい騎士は、品のある落ち着いた声色で話し掛けてくるのだが、その表情は険しい。相変わらず眩いほどの美しさではあるのだが、眉間に皺を寄せ、口はへの字に曲がった顔には違和感を覚える。
「あの・・・何か怒ってます?」
無視する事もできたが、執拗に迫る令嬢の前でさえ満面の笑みを張り付けていたノアが、あからさまに不機嫌な態度を示しているのは気掛かりだった。
「はい、怒っています。とてもね」
「・・・なぜでしょうか?」
静かに怒りを抱えるノアの眉がぴくりと動く。
「・・・・・・なぜ?・・・・約束したでしょう?・・・・・日暮れには帰ると!建物が見える範囲までしか行かないと!!」
怒りの勢いでっぐっと近付けられた顔はやはり美しく、立場を忘れて無遠慮に観察してしまう。他の令嬢ならば歓喜の声を上げるか興奮のあまり失神していただろうが、エマは人よりも感情の揺れが少ない気質のため「すごい」という感情以外は抱かなかった。
「聞いておられますか?貴方を川で発見した時、戦慄が走りました。あんなに恐怖を覚えたのは王が反乱を起こすと宣言して以来でしたよ」
「ああ、やはり騎士様が助けてくれたのですね。ありがとうございます。貴方がいなければ今頃は・・・あ、でもちょっと寝たら体力が回復して、徒歩で帰って来たかもしれませんね」
ップフっとずぶ濡れの令嬢が城門の前で棒立ちになるというシュールな絵を想像し思わず吹き出す。
「・・・・・・・・・・そんなわけあるか!!3日間も寝込んだのですよ!もしも俺が発見してなかったら確実に死んでいた!」
ぶち切れスイッチを押してしまったエマは、あまりの迫力に震えた。不穏な雰囲気を少しでも和ませようと、あまり得意ではないユーモラスな話を披露したのだが、火に油を注いでしまった。
「あ、あの、本当に申し訳ありません、、、二度と、二度とくだらない話はしませんから・・・・・えっと、あ、これ、お返ししますね」
怒りをどうにか鎮めたいと平謝りをしながら、そっとノアへと差し出す。それは、侍女の配慮からか、恐らく私物だと思われたのだろう、目が覚めた時からエマの首に掛けられていた金の呼び笛だ。
「・・・・・・・・・いえ、そちらはあなたが持っていて下さい」
「へ?ですが、これは騎士様の・・・」
「貴方は危なっかしいので、またそれが必要となる可能性があります。もちろん、そんな日が来ない事を祈りますが」
いまだに眉に皺を作ってはいるものの、一度爆発させた怒りは少しずつ収まりつつある様だ。嫌味は言われたが、こんな高価な物を頂けるというのならば有難く貰っておこうとエマは差し出している手を下げた。
(このまま領地に持って帰って行商に売ってもらおうかな・・・)
ノアの懸念も知らず、小賢しいことを考えていると、
「それから私の事は『ノア』とお呼びください。騎士様では他の者と判別が出来ませんので」
「え、ロックウェル様ではなくですか?」
「はい、同僚もそう呼ぶので反応しやすいです」
(確かに王妃様もノアと呼んでいたな)
通常ファーストネームを呼べるのは立場が自分よりも低いか、もしくは親しい間柄である者であり、それ以外の者が呼ぶことは無礼に値する。騎士ではあるが王専属騎士のノアと王の側室であるエマの立場は同等、もしくは王族に近いノアの方が上だと考えていいだろう。
(しかし本人が許可するのであれば)
「では、ノア様と呼ばせて頂きます、ノア様も呼びやすいようでしたら『エマ』とお呼びください」
「いえ、カールソン嬢はお転婆であっても王の側室です。王の許可なくファーストネームでは呼べません」
(お転婆って、、、今回の事件、全部私の落ち度にされていないか?)
先程からノアの「危なっかしい」とか「お転婆」という表現が引っ掛かる。確かに農地では皆働き者で、日が昇り沈むまで忙しなく動き回っている環境で育っては来たが、うっかり川で瀕死になる程の阿呆ではない。
「あの、今回の件は仕組まれたものです、王にも弁明をさせて頂きたいのですが・・・」
「もちろん、そちらも把握しております。カールソン嬢のご体調が回復次第、王の元へとご足労願います」
「そうでしたか・・・」
(ん?把握してるのに私の事をお転婆と呼んだのか?まさか私が自分の忠告も聞かずに湖を出たことを根に持って・・・)
訝し気な顔でノアに視線を送ると、何かを察したのか常日頃令嬢に向けている満面の笑みが返ってきた。川で気絶した経緯は知らないが、とにかく自分のいう事を聞かなかったエマを責めているらしい。
(美人のくせに・・・ねちっこい)
「では、長々と申し訳ありません。くれぐれもご無理はされないよう、ゆっくりとご静養なさって下さい」
完璧な笑顔を貼り付けた騎士は、嫌味をたっぷりと混ぜた挨拶を残し部屋を後にした。




