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12.惚れ薬

(遅い・・・)


沈みかける夕日に眉を寄せ、あの飄々とした令嬢が歩いて行った林道に視線を移す。


エマが散策に出ると言ってから4時間は経っている。


(疲れて休憩を取っているのか、それにしても遅い、道に迷った?いや、もしものために呼び笛を渡している。やはり一度見に行った方が・・・)


「ノア様~」


思考を巡らせるノアに対し、甘ったるい女の声が掛けられる。


侍女からでも聞き出したのだろう、許可もなく名を呼びながらしな垂れ掛かる様に体を寄せてくる。


「ロックウェルとお呼びください」


「まぁ、そんなお堅いことを・・・うふふ」


そんな女の体を躱し、視線もやらずに冷たく言い放ったのだが、やっと口を聞いてもらった事が嬉しいのか、令嬢は頬を赤らめながら上目遣いでこちらを見てくる。


(一体何をしに領地から来たのか)


領主達は国王の存在に怯え、娘たちに一縷の望をかけて送り出したのだろうが、肝心の娘たちが王に見向きもされず、事もあろうが王専属騎士に色目を使うなど話にならない。


(王が気に入る娘など現れるのだろうか・・いや、あの娘なら・・・もしかして)


中々戻らない娘を思い、思わず眉間に皺が寄る。その表情を見た令嬢、そして侍女達さえからも「凛々しい」と言う感嘆の声が漏れた。




「やられた」


ノアの心配の原因であるエマは、さらに深い皺を眉間に寄せ、湖から遠く離れた岩場の陰に隠れていた。


岩場の影からちらりと周囲を見ると、そこには狼やら熊やらイノシシやら猛獣達が岩場に集まっているのが窺える。猛獣たちの目当てはエマだ。


(あの赤毛、、、まさかここまでするとは!)


赤毛の令嬢、エミリアの顔を思い出し悪態をつく。彼女達に囲まれた際、背後に立った令嬢が匂いを付けたのだ。対動物用惚れ薬と呼ばれる液体状の調教薬を。


エマの領地でも多用される薬で、暴れ馬から愛馬へと変貌を遂げたレタスンにも使用していた。どんな強情な動物でもひと嗅ぎすれば一瞬で懐く効力を持ち、いずれは薬がなくとも従うように訓練していくのだ。


しかし、効果が強力な分扱いが難しく、量を調整するにはそれなりの知識と経験が必要な代物である。


通常は希釈した液体を布に湿らせ、一瞬だけ動物の鼻に近付けるくらいで十分効果を発揮する薬なのだが、十分な知識を持たない令嬢達は原液で使用した様だった。


(あの湖からこんな岩場まで届いてしまうほど強い香りって・・・)


林道を出たエマは林が開き草原となっている場所を見つけ、湖から遠くない範囲で時間を潰していた。


そこに恐らく王の領土外であろう遠く離れたこの岩場から猛獣たちがエマ目掛けて突進してきたのだ。


もちろん調教薬は惚れ薬なので攻撃をされることはないが、『大好きなエマを自分たちの巣へ連れ帰ろう』と溢れんばかりの愛で岩場へ運ばれてしまった。


現在は目をハートにした動物達がいつの間にか見失ってしまったエマを探し回っている最中だ。


(もうすぐ日が沈む。帰らない私を探しに来てくれるだろうか・・・いや、こんな岩場まで来るなどと誰も予想も出来ないか)


エマは恐れていた。


どれ程離れてしまったか正確には把握できないが、緑地が一切見えないこの岩場が捜査範囲から外されてしまう事を。


そして、調教薬の効果が切れた動物達が自分を『餌』として認識し始める事を。


強力な効果を発揮する調教薬だが、外気に触れると徐々に蒸発する性質を持つため持続性が低いのだ。


(恐らく持っても数時間・・・くっそ、やっぱりこうするしかないのか!あの赤毛ぶっ殺す!!)


助けを待っていてもいずれは動物達に喰い殺されると判断したエマは、エミリアへの殺意を胸に自力の脱出作戦を決行した。


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