11.騎士の懸念
本当はエマもアイラの話をもっと聞きたかったが、オリビア妃から指名も頂いていないのに強引に付いていける程豪胆ではない。
(暇をつぶすかぁ)
アイラ以外の令嬢とその世話をする侍女、そして見張り役のノアだけが湖に取り残されていた。先ほどまで不機嫌そうだった令嬢達も、ノアが残った事で機嫌を取り戻し、薄い反応しか返さないノアに必死で話し掛けている。
一人取り残され暇を持て余したエマは、あたりを散策してみる事にした。
取り合えず目の前に広がる湖を一周してみたが、変わらぬ景色と予想以上に掛かる時間に失礼ながら疲労感を覚えた。
(王の領地は広いな・・・やはり私の愛馬の出番だな)
広い王族の領地を足で見て回るのは困難だと感じ、いつの間にか自分の愛馬にした暴れ馬に乗ろうと手綱に手を掛けた。
「お待ちください、一体何をされているのです?」
そんなエマの様子に気づいたノアが後を追い声を掛けてきた。しかも、先程まで一方的な会話を楽しんでいた令嬢達まで連れて。
自分達を無視するノアが他の令嬢に話し掛けるなど許せない令嬢達は、エマへ鋭い視線を送り続ける。
「あちらの林道を散策しようかと」
「いけません」
「なぜですか?」
有無を言わさず止められた事を不愉快に感じ、強い口調で返してしまう。どことなくエマの愛馬も不満そうな顔つきでノアを睨んだ。
「道に迷いでもしたら困ります。何よりも、その馬は暴れ馬です。どんなタイミングで貴方に危害を及ぼすかわかりません」
害を及ぼすと言われた暴れ馬は前脚で激しく地面を踏み、荒くなった鼻息をノアの顔面に吹きかける。馬の鼻息で一瞬おでこが露わになったノアの顔を令嬢達が恍惚とした表情で見つめる。
(馬の鼻息なのに、)
「レタスは危険ではありません」
「は?なんです?」
「レタスです。この馬の名前はレタスに決めました」
「・・・・・・なぜですか?」
いつの間にか命名していた事よりも、名の由来が気になるノアは、訝しげに尋ねる。
「私の領地にいる愛馬の名前です。人参よりもレタスを好むので命名しました。ああ、でも二頭目のレタスですので、レタス2、いえ、レタスンに致します、?なんですか?失礼ですよ」
表情を変えず淡々と語るエマの顔の前にノアの右手が制するように広げられている。もう片方の手で眉間をつまみながら思考をまとめているようだ。
「その馬は、「レタスンです」」
「そのう「レタスンです」」
「・・・・・・レタスンは、気性が荒いのです。いくら馬を馴らすのが得意だとしても慣れない道に一人で連れていくことは反対致します。どうしても行くと仰るのでしたら私も同行させて頂きます」
不快を顕わにしながらもレタスンの名を口にしたノアは、エマが林道へ出る条件を不承不承提示した。レタスンの危険性は感じ取っても、エマへ殺気を送り続ける令嬢達の不穏な空気を察する事は出来ない様だ。
「いいえ、いくら領地内だとしても、王と王妃がいらっしゃるこの湖から騎士様が離れる事には賛成しかねます。騎士は貴方一人なのでしょう?でしたら主の傍に使えることが王専属騎士の勤めではございませんか?」
王だけでなくノアまでもがこの場を離れるとなれば、令嬢達の怒りが増長する事くらい予想が付く。そしてその怒りは理不尽にも先ほどのノヴァック嬢やエマへと注がれるのだ。
どうにかノアだけでもこの場に残すため、それらしい理由を並べて同行を拒否する。
「主の側室をお守りする事も騎士の務めです。何より王自身がお強いので少しの間離れても問題はありません」
側室はエマ以外にもいるのだが、ノアは優先してエマを守るという。そんな誰もが羨む状況をエマは享受出来ない。
王との関りを一切持てなかった令嬢にとって、唯一の救いとなる存在がノアなのだ。どうにかこの場に置き去りにして令嬢達の機嫌を取らせたい。
そんな考えとは裏腹に頑なに引き下がろうとしないノアを前にしては、エマも譲歩するしかなかった。
「わかりました・・・では、レタスンには乗りませんので、散策のみ許可して頂けませんか?日暮れに必ず戻りますし、あの建物が見えなくなる程遠方へ行かないと約束致します」
王のいる建物を指さしながら、とにかくノアと殺気立った令嬢達から離れようと必死に許しを請う。
「・・・・わかりました。その約束を信じましょう。ですが、万一の時にこれを」
頑なに自分を連れて行かないエマにムッとした表情を浮かべながらも、胸ポケットから取り出したのは王家の紋章が入った金の呼び笛だった。
「何かありましたらこれを吹いてください。あの建物が見える範囲でしたら聞こえますから」
「・・・・・・ありがとうございます」
王専属騎士を馬や犬の様に呼び笛で呼ぶのはどうかと思ったが、ここで遠慮していては埒が明かないと、素直に受け取ることにした。
先程からのやり取りに疲れたのか短く息を吐き、「では」と短い挨拶を残しノアは去っていった。
純金で出来ているのか少し重みのある呼び笛には首に掛けられる紐が付いていた。それを首に掛け、レタスンにお別れをするとさっそく領地の散策へ出掛けることにした。
「ちょっとお持ちになって」
(ですよね・・・)
先ほど痛いほどの殺気をエマへ送り続けていた令嬢達からお声が掛かり足を止めた。王に叱責を受けて意気消沈していたと思ったのだが、いつの間にか回復したエミリアを中心に令嬢達がエマを囲う。
「はい、なにか」
取り合えず何を言われても謝ろうと決めたいたのだが、予想に反し対峙したエミリアは満面の笑みを浮かべていた。
ッシュ
「どうぞ、お気を付けて下さいませ、それだけ伝えに来ました」
「は、はぁ」
(何か後ろで音がしたような・・・?)
状況は理解できないが取り合えず逃がしてくれるようなので、令嬢達に軽く礼を取りそそくさと林道へ向かう。
逃げることに夢中なエマは、不敵な笑みを浮かべる令嬢達の悪意に気が付く事はできなかった。




