第8話 世界の敵になった
「……うわあ」
朝、目を覚ました俺は、思わず声を出した。昨日まで16人だった俺が、256人になっていた。隠れ家の床には、俺がぎっしり並んでいる。ベッドの上にも俺がいるし、廊下にも俺がいる。
「おはよう」
「おう、おはよう」
「よく寝られたか?」
「いや、狭くてあんまり寝られなかった」
「俺もだ」
俺たちは顔を見合わせた。全員、同じ顔だ。
「……本当に256人になったな」
「明日は65,536人か」
「さすがに、この家には入らないな」
「いや、そういう次元じゃないだろ」
俺たちは笑った。でも、笑っている場合じゃない。このまま増え続けたら、明後日には約43億人になる。世界中が俺でいっぱいになってしまう。キモすぎだろ。
「……何とかしないとなあ」
昼になった。俺たちは隠れ家の外で、増殖を止める方法を話し合っていた。256人もいるので、庭がいっぱいになっている。俺たちが話していると、突然、空が青く光った。
「……ん?」
俺は顔を上げた。空に大きな魔法陣が浮かんでいる。その中心に、男の顔が映った。
「……国王?」
フェルマの父親だ。
『世界各国の王、ならびに国民に告げる』
国王の声が、空から響いた。フェルマが立ち上がった。
「お父様……?」
『魔王を討伐した勇者一行の魔法使い、カイ・アルベルトについて、重大な事実が判明した』
俺は首をかしげた。
「……俺のこと?」
「静かにしてくださいませ」
フェルマが俺の腕をつかんだ。
『カイ・アルベルトは、魔王討伐後に身体が変異し、増殖を続けている』
国王の横に、俺の姿が映った。腕が何本も生え、身体がふくらんだ俺だ。研究所で調べられていたときの姿だった。
『昨日の時点で16体だったものが、本日、256体に増殖した』
「……ですねえ」
俺は思わず頷いた。
『明日には65,536体。さらに翌日には、約43億体になると予測される』
国王は声を強めた。
『このまま増殖を続ければ、世界中の人間が住む場所を失うだろう』
「……まあ、そうだよな」
俺は頭をかいた。
「俺たちも困ってるんだけどなあ」
フェルマは唇をかんでいた。
『よって、カイ・アルベルトを世界共通の討伐対象とする』
「……討伐対象?」
『各国は軍を派遣し、発見次第、討伐せよ』
俺は空を見上げた。
「……世界中から狙われるのか」
隣の俺が頷いた。
「大変だな」
「いや、お前もだぞ」
「そうだった」
俺たちが話していると、国王の声が続いた。
『なお、勇者フェルマ・レイヴェル、治癒師リスティ・ポルカ、戦士ジルドレ・ガルムの3名は、カイ・アルベルトの逃亡を助けている』
リスティが俺の服をつかんだ。
『3名についても、国家反逆罪で指名手配とする』
「……え?」
俺は空を見上げた。
「3人まで?」
『さらに、3名の家族については、すでに王国軍が身柄を確保した』
フェルマの顔が青くなった。
『カイ・アルベルトが本日中に王城へ出頭しない場合、拘束した者たちを処刑する』
庭が静かになった。
「……おいおい」
俺は国王の顔を見つめた。俺たちを捕まえたいのは分かる。でも、3人の家族は関係ないだろ。
『世界各国に協力を求める。カイ・アルベルトは、人類すべての敵である。魔王以上の脅威だ』
青い魔法陣が消えた。空が元に戻る。俺は頭をかいて3人を見た。
「王都に戻ろう」
「……カイ。まさか、投降するおつもりですの?」
フェルマが俺の前に立った。
「うん。それが一番早いかなって」
「……お父様は、あなたを殺すおつもりですわ!」
「でも、俺たちが捕まれば、家族は助かるんだろ?」
リスティが俺の腕にしがみついた。
「やだ……!」
「リスティ?」
「カイがまた殺されるの、やだよ……!」
リスティの目から涙がこぼれた。
「あたしのせいで……また……!」
「いや、リスティのせいじゃないだろ」
俺は頭をなでた。
「俺が勝手に増えてるのが原因なんだからさ」
リスティは首を横に振った。
フェルマも俺の腕をつかんだ。
「……カイ。お願いですから、自分を差し出すなどと言わないでくださいませ」
「でも、人質が……」
「助けますわ」
フェルマは聖剣を手に取った。
「……夜に、こっそり王城へ入りましょう」
「……夜に?」
「ええ。正面から向かえば、向こうの思うつぼ」
ジルドレが頷いた。
「……私も賛成だ。見つからずに助け出す」
「なるほどな」
俺は腕を組んだ。
「じゃあ、256人で手分けするか」
「……それは目立ちすぎますわ」
「確かに」
俺たち256人は顔を見合わせた。移動するだけで大移動だ。すぐに見つかるだろう。そのとき、隣の俺が手を上げた。
「なあ。身体を小さくすればいいんじゃないか?」
「……小さく?」
「ほら、余分な腕を引っ込められるだろ。身体全体も縮められるんじゃないか?」
「……おお」
俺は自分の腕を見た。増えた腕を身体に戻すことはできる。だったら、身体も小さくできるかもしれない。
「ちょっと試してみるか」
俺は目を閉じた。身体を小さくするところを考える。あとは気合。最終的に、俺の身体は手のひらに乗るくらい小さくなっていた。
「……おお、成功したぞ」
「すげえな、これ!」
リスティが俺を持ち上げた。
「……カイ?」
「おう」
「ちっちゃい……」
「だろ?」
リスティは俺を両手で包んだ。
「かわいい……」
リスティは俺を胸に抱き寄せた。
「……お、おい。苦しいって」
「あ、ごめん……!」
ジルドレが俺を見下ろした。
「……城壁のすき間も通れるんじゃないか」
俺は頷いた。
「これなら夜にこっそり入れそうだ」
フェルマが俺を見つめた。
「……元の大きさには、戻れますの?」
「ああ」
俺は地面に降りた。身体を大きくするところを考える。肉がふくらみ、手足が伸びた。
「……よし」
元の大きさに戻った。
「問題なしだな」
ほかの俺たちも試してみた。256人全員が、小さくなったり大きくなったりできた。
「これは便利だな」
「攻撃を避けるときにも使えるぞ」
俺たちは庭で練習を始めた。小さくなって走り、大きくなって魔法を撃つ。また小さくなって、地面を走る。
「よし。夜までに完璧に使用ぜ」
夜になった。
俺たちは王都の近くまで戻ってきた。遠くに王城が見える。高い城壁の上には兵士たちが並び、魔法の明かりがいくつも光っていた。
「……警備が多いな」
俺は小さな声で言った。ジルドレが頷いた。
「人質を取った以上、こちらが来ると考えているだろう」
「まあ、そうだよな」
フェルマは城を見つめていた。
「お母様は、恐らくですが王城の奥にいらっしゃるはずです」
「リスティたちの家族は?」
「……地下牢にいる可能性が高いですわ」
「じゃあ、手分けするか」
俺はほかの俺たちを見た。
「4人は地下牢。王城の奥も4人でいいだろ。残りは外で待機しよう。あんまり大勢いてもバレやすいだけだ」
「了解」
俺たちは頷き合った。
フェルマが俺の手を握った。
「……カイ。どうか、無理をしないでくださいませ」
「大丈夫だって」
俺は笑った。
「小さくなれば見つかりにくいしな」
「……それでも、危険ですわ」
「危なくなったら逃げるよ。情報は常に共有する」
フェルマはしばらく俺を見つめていた。
「……約束してくださいませ」
「分かった。約束する」
俺は身体を小さくして、夜の草むらを走り出した。
城壁の下には、小さな排水口があった。
「……おお、入れるぞ」
俺は棒の間をすり抜けた。ほかの俺たちも続く。暗い水路を進むと、王城の地下に出た。
「……よし」
俺たちは壁のすき間に隠れた。廊下では兵士たちが見張りをしていた。
「人質を助けにくると思うか?」
「無理だろ。そもそもここまで来ることが不可能だ」
「だな」
兵士たちを横目を通り抜け、地下牢へ向かった。今の俺に行けない場所はないと思えるくらい、順調に進んだ。しかし途中、鉄の扉があった。鍵がかかっている。
「……どうする?」
隣の俺が小声で尋ねた。
「ちょっと待ってろ」
俺は鍵穴をのぞいた。小さくなっても、さすがに身体は入らない。
「……壊すか」
「音が出るぞ」
「じゃあ、向こうから開けてもらおう」
俺たちは扉を軽くノックして隠れた。しばらくすると、兵士がやってきた。鍵を差し込み、扉を開ける。その足元を、俺たちは一気に走り抜けた。
「……あれ?」
兵士は首をかしげる。俺たちは地下牢へ進んだ。
地下牢の奥からわずかに人の声が聞こえる。俺たちは声のする方へ走った。牢の中には、何人かの男女がいた。
「……あの」
俺は鉄格子の間から声をかけた。
「リスティとジルドレの家族であってるか?」
1人の女性が顔を上げた。
「……リスティ?」
「俺はカイっていうんだけど」
女性が目を見開いた。
「……カイ・アルベルト?」
「そうそう。助けに来たぞ」
女性は俺を見つめた。化け物の姿に怯えている。そりゃそうだよな。
「あなたが……」
「ちょっと待っててくれ。今、出すから」
俺は鉄格子の外へ戻った。ほかの俺たちと顔を見合わせる。
「……また鍵がいるな」
「見張りが持ってる」
「じゃあ、取ってこよう」
俺たちは廊下へ戻った。見張りの兵士が2人立っている。腰には鍵の束を下げていた。
「俺が右をやる」
「じゃあ、俺は左だな」
俺たちは小さな身体のまま、兵士たちの足元へ走った。
「……ん?」
兵士が下を向いたときには、もう遅い。俺たちは電気の魔法を流す。
「ぐあっ……!」
兵士たちは声を上げる間もなく、その場に崩れ落ちた。俺たちは元の大きさに戻り、倒れた2人を静かに床へ寝かせた。
「よし。鍵もあったぞ」
「じゃあ、戻ろうぜ」
俺は兵士の腰から鍵を取り、牢へ戻った。鍵を差し込むと、小さな音を立てて扉が開いた。女性は俺を見つめた。
「……ありがとうございます」
「おう。リスティから話を聞いてるぞ」
俺は笑った。
「リスティ、心配してたからさ。早く会わせてやりたいんだ」
女性の目から涙がこぼれた。
「あの子は、無事なのですね……」
「元気だぞ」
そのとき、廊下から声がした。
「……誰だ!」
兵士たちが走ってきた。
「……あちゃあ」
俺は人質たちを振り向いた。
「みんな、後ろに下がっててくれ」
兵士たちが剣を抜いた。
「カイ・アルベルト!」
「おう。こんばんは」
「貴様、どうやって入った!」
「ちょっと小さくなってな」
「ふざけるな!」
兵士が剣を振り下ろした。俺は身体を小さくした。剣が頭の上を通り過ぎる。
「……消えた!?」
兵士が驚いている間に、俺は足元を走り抜けた。背後で元の大きさに戻る。
「悪いな」
俺は兵士の首の後ろを打つ。兵士は床に倒れた。もう1人が剣を向けた。
「化け物め!」
「まあ、否定はしない」
俺は手を伸ばした。剣をつかみ、折る。
「……なっ!?」
兵士が固まった。
「寝ててくれ」
俺は兵士を気絶させた。ほかの俺たちも、廊下の兵士を倒していた。小さくなって攻撃を避け、背後で大きくなる。こういう戦い方ができるのもいいな。
「……よし」
俺は人質たちを振り向いた。
「もう大丈夫だぞ」
みんな、俺を見て震えていた。
「……あれ?」
俺は頭をかいた。
「やっぱり怖いか」
リスティの母親が首を横に振った。
「いいえ……。助けてくださって、感謝します」
王城の奥でも、ほかの俺たちが動いていた。フェルマの母親がいる部屋は、王城の上の階にあった。扉の前には騎士が4人。窓にも魔法の結界が張られている。
「……どうする?」
「扉から入ると騒ぎになるな。窓も解除に時間がかかる」
「じゃあ、天井から行くか」
俺たちは身体を小さくし、壁を登った。余分な腕を伸ばせば、石のすき間をつかめる。屋根の小さな隙間から部屋へ入った。そして例の部屋の天井へ出る。部屋の中をのぞくと、銀色の髪をした女性が座っていた。フェルマに似ている。
「……あの」
俺は上から声をかけた。女性が顔を上げた。
「誰ですか?」
「カイ・アルベルトです」
女性は目を見開いた。天井の一部を静かにくり抜いて床に降りる。
「……カイ様?」
「おう。助けに来たんだけど。フェルマ、すごく心配してるぞ」
女性は口元を押さえた。
「……フェルマは、無事なのですね」
「元気だぞ。今、城の外で待ってる」
「まあ……」
女性は目を丸くして、俺たちを見回した。
「それじゃ、外へ出ましょうか」
「ですが、廊下には騎士たちが……」
「大丈夫。見つからずに出る方法がある」
俺は窓へ近づいて手を当てた。
「これなら、すぐに外へ出られるな」
窓を守っている魔法の結界に、自分の魔力を流す。内側からならすぐに突破できる。青い光が消えた。
「よし。これで開くぞ」
窓を開けると、冷たい夜風が入ってきた。
「でも、ここは高い場所ですわ」
女性が不安そうに下を見た。
「俺が運ぶから、心配しないでくれ」
俺は女性を両腕で抱き上げた。
「少しだけ空を飛ぶぞ」
「えっ、空を?」
「おう。すぐ着くから」
俺は窓から飛び出した。女性が俺の首にしがみついた。
「きゃっ!」
「大丈夫だって。ちゃんと支えてるから」
俺たちは王城の屋根よりも高く浮かんだ。下では騎士たちが見回りを続けている。誰もこちらに気づいていなかった。
「じゃあ、城壁も越えちゃおうか」
俺は風の魔法を使い、空中を走るように身体を浮かせる。夜空を飛び、城壁の向こうへ向かった。ほかの俺たちも後ろからついてくる。
降り立つと、フェルマが駆け寄ってきた。
「お母様!」
「フェルマ……!」
2人は泣きながら抱き合った。
そこへ、地下牢から助け出したリスティの両親と、ジルドレの家族も合流した。
「お父さん、お母さん……!」
リスティは両親に飛びつき、泣きじゃくった。ジルドレも家族を抱きしめ、無事を喜んでいた。
「よかったな。全員助かって」
俺が笑った、そのときだった。
「……うっ!」
フェルマのお母さんが胸を押さえて倒れた。
「お母様!?」
続いて、リスティの両親とジルドレの家族も苦しみ始めた。全員の胸に、赤い魔法陣が浮かんでいた。
「……何だ、これ?」




