第9話 俺を救ってくれた3人の仲間
「……何だ、これ?」
フェルマのお母さんが胸を押さえて倒れた。リスティの両親も、ジルドレの家族も、地面に倒れて苦しんでいる。全員の胸には、赤い魔法陣が浮かんでいた。
「お母様、しっかりしてくださいませ!」
フェルマが母親を抱き起こした。
「フェルマ……、逃げなさい……」
「嫌ですわ。お母様を置いて逃げるなんてできません……!」
リスティは両親のそばにひざをつき、回復魔法を使っていた。
「あたしが治すから……。お父さんもお母さんも、死なないで……!」
だが、赤い魔法陣は消えなかった。ジルドレも家族の胸に手を当てていた。
「……カイ。これは普通の魔法ではないな」
「ああ。たぶん禁術だ」
俺はフェルマのお母さんの胸に浮かんだ魔法陣を調べた。細かい文字が、赤い光の中を動いている。魔法使いの俺でも、見たことがない術だった。
でも、何となく仕組みは分かる。
「……ああ、なるほど」
「カイ、何か分かりましたの?」
フェルマが俺を見た。
「王城から逃げたら発動する禁術だな。このままだと、みんな死んじゃう」
フェルマの顔が青くなった。
「お父様が、こんなことを……?」
「たぶんな」
俺は魔法陣に手を当てた。
「でも、何とかできそうだぞ」
「本当ですの?」
「おう。禁術を別の身体に移せばいいんだ」
俺は自分の胸を指さした。
「俺が引き受けるよ」
「駄目ですわ!」
フェルマが俺の腕をつかんだ。
「あなたは、また自分を犠牲にするおつもりですの?」
「俺はもう普通の人間じゃない。強度が上がってる。俺なら耐えられるかもしれない。それに、なん体か死んだところでどうってことないさ」
「そんな言葉、もう聞きたくありませんわ……!」
フェルマの目から涙がこぼれた。
リスティも俺にしがみついた。
「カイ、お願い……。あたし、もうカイが死ぬところを見たくないよ……」
「でも、このままだと家族が死んじゃうんだぞ?」
リスティは何も言えなくなった。
俺は2人の頭をなでた。
「大丈夫だって。今度は256人もいるんだからさ」
ジルドレが俺を見つめた。
「……カイ。私たちに何かできることはないか」
「家族のみんなを頼むよ」
俺は笑って、フェルマのお母さんの胸に手を当てた。
赤い魔法陣が俺の手を通り、胸へ移ってくる。
「……よし」
母親の胸から赤い光が消えた。
「お母様……?」
フェルマが母親の顔をのぞき込んだ。
「フェルマ?」
「よかった……!」
フェルマは母親を抱きしめた。
他の俺は続けて、リスティの両親とジルドレの家族からも禁術を引き受けた。全員の呼吸が落ち着いた。
「よし。これで全員助かったな」
俺が笑ったときだった。胸に痛みが走った。
「……あれ?」
口から血がこぼれた。
「カイ?」
フェルマが振り向いた。俺は自分の胸を見た。赤い魔法陣が、黒く変わっている。
「……おかしいな」
次のとき、隣にいた俺が倒れた。さらにもう1人、また1人と倒れていく。
「……おい?」
俺たち256人全員の胸に、黒い魔法陣が浮かんでいた。どうやら、増えた俺たちは魔力の根元までつながっているらしい。
「……これは、まずいかもな」
俺がそう言うと、フェルマが叫んだ。
「カイ!」
俺の身体が地面に倒れた。そのとき、森の奥から拍手が聞こえた。
「見事だ、カイ・アルベルト」
俺は顔を上げた。木々の間から、国王が姿を現した。後ろには、大勢の騎士と魔法使いが並んでいる。
「……国王?」
「やはり、貴様は人質を助けたか」
国王は俺たちを見下ろした。
「予想どおりだ」
「……予想どおり?」
国王が笑った。
「その禁術は、貴様を殺すために作らせたものだ」
フェルマが立ち上がった。
「お父様……。お母様まで利用したのですか……?」
「世界を救うためだ」
「もしかしたら、お母様が死んでいたかもしれないのですよ」
「必要な犠牲だ」
「必要な犠牲……?」
フェルマの声が震えた。国王は答えなかった。
「カイ・アルベルト。貴様の増殖は、魔王討伐時に飲んだ大量のポーションが原因だ」
「……まあ、そうだろうな」
「研究所で採取した貴様の血を調べた結果、増殖した身体はすべて同じ魔力でつながっていると判明した」
俺は自分の胸を見た。黒い魔法陣が、ゆっくり動いている。
「その禁術は、同じ魔力を持つ身体を1つにまとめるものだ」
「……1つに?」
「そうだ。256体を1体に戻し、増殖する力を封じる。その後、残った1体を処刑する」
つまり、俺が増えなくなるってことか。俺は思わず笑った。
「それ、すごいじゃん。助けてくれよ」
国王が眉をひそめた。
「……何? 助ける? 化け物を助けるわけないだろ」
「まあ、そう言うだろうと思ったけど」
俺は頭をかいた。
「でも、その禁呪は本当に効果があるのか? 失敗したら、世界中が俺でいっぱいになるぞ。ヘヘっ、どうするよ」
「要らぬ心配だ、化け物」
国王が右手を上げた。騎士たちが剣を抜く。
「化け物をすべて、処刑せよ」
フェルマが聖剣を構えた。
「……お父様。もう、あなたへの尊敬は完全になくなりましたわ」
リスティも立ち上がった。
「あたしの家族も、カイも、もう誰にも傷つけさせない……!」
ジルドレが盾を構える。
「……私たちの仲間に、手を出すな」
3人が俺の前に並んだ。国王の顔が険しくなった。
「反逆者どもめ。まとめて始末しろ」
騎士たちが走り出した。フェルマが聖剣を振る。ジルドレが盾で攻撃を受け止める。リスティは2人の傷を治しながら、俺たちを守っていた。
でも、敵の数が多すぎた。森の奥から、次々と騎士が現れる。魔法使いたちも、一斉に杖を向けた。
「全員、撃て」
巨大な火の玉が、3人に向かって飛んできた。
「……あ」
俺は地面に手をついた。立ち上がろうとしたが、身体が動かない。禁術が魔力を奪っている。
「……くそ」
このままだと、3人が危ない。俺は胸の魔法陣を見た。
黒い線が、俺たち256人をつないでいる。
……あれ? 待てよ。禁術は、256人の俺を1人に戻すんだよな。だったら、戻る前に魔力を集めることもできるんじゃないか?
「……おい、俺たち」
俺は近くに倒れている俺に声をかけた。
「……何だ?」
「最後に、ちょっと頑張ろうぜ」
ほかの俺たちも顔を上げた。全員でアイデアを共有できるってのは都合がいいな。俺たちは残った魔力を、1人の俺に集め始めた。黒い魔法陣が光った。
「……何だ?」
国王が俺たちを見た。倒れていた俺たちの身体が、次々と光に包まれる。1人、また1人と姿が消えていく。その光が、俺の身体へ集まってきた。
「……おお」
身体の中に、力が戻ってくる。256人分の魔力だ。
「……すげえな、これ」
俺は3人の前へ出た。火の玉が迫っている。俺は片手を上げた。
「消えろ」
火の玉が消えた。魔法使いたちが驚いている。
「……何だと?」
俺はもう1度、手を振った。騎士たちの剣が、全部砕けた。盾も、鎧も、杖も、次々と壊れていく。
「……え?」
国王が後ずさった。
「なぜだ……? 禁術が発動しているはずだぞ……!」
「うん。ちゃんと効いてるぞ。お前のおかげで、みんなを統合した最強の俺が誕生した。大抵のことは魔力量でどうとでもなる。禁術もな」
俺は笑った。国王が叫んだ。
「殺せ! 今すぐ殺せ!」
騎士たちは動かなかった。武器がないからな。俺は国王の前まで歩いた。
「なあ、国王。国を守りたいのは分かるけどさ」
俺はフェルマたちを振り返った。
「家族を人質に取るのは、よくないと思うぞ」
国王は何も言わなかった。俺は地面に手を当てた。魔法陣が広がり、国王と騎士たちの身体を光の縄で縛った。
「……よし」
これで、もう誰も傷つけられない。だがそのとき、身体から力が抜けた。
「……あれ?」
足が動かない。俺はその場に倒れた。
「カイ!」
フェルマが駆け寄ってきた。
リスティも俺の身体を抱き起こした。
「カイ、しっかりして……!」
俺は笑おうとした。でも、顔が動かなかった。声も出ない。魔力も感じない。
……ああ。使い切っちゃったか。
最後に見えたのは、泣きながら俺を抱きしめる3人の顔だった。
目を覚ますと、知らない天井が見えた。
「……ん?」
身体を起こそうとした。動かない。手も足も動かなかった。声を出そうとしたが、うまく出ない。
「あ……」
その声に、誰かが反応した。
「カイ……?」
フェルマだった。俺の顔を見た彼女は、目を大きく開いた。
「カイ……目が覚めたのですね……!」
フェルマが俺を抱きしめた。
「よかった……。本当によかった……!」
リスティも駆け寄ってきた。
「カイ……! カイ、あたしが分かる……?」
俺は頷こうとした。でも、首が動かなかった。
「あ……」
リスティの顔がくしゃくしゃになった。
「ごめんね……。あたし、治せなかった……」
ジルドレが俺のそばに座った。
「……カイ。お前は、3日間眠っていた」
3日? そんなに寝てたのか。
「禁術は消えた。家族も全員無事だ」
それはよかった。俺は笑おうとした。でも、顔も動かなかった。ジルドレは唇をかんだ。
「……ただ、お前の身体は動かない」
「……?」
フェルマが俺の手を握った。
「禁術は、あなたの魔力をすべて奪いましたの」
リスティが泣きながら続けた。
「身体も……、元に戻せなくなっちゃった……」
俺は自分の身体を見ようとした。首が動かないので、何も見えない。でも、何となく分かった。手足の感覚がない。魔力も感じない。
そういうことか。俺、また戦えなくなったんだな。
それから、しばらくたった。俺は車椅子に座っていた。フェルマが後ろから押してくれている。リスティは俺の隣を歩き、ジルドレは荷物を持っていた。
どうやら、俺たちの増殖は完全に止まったらしい。禁術が俺たち256人を1人に戻し、増える力まで封じてしまったそうだ。国王は、俺がもう増えないと知って討伐命令を取り消した。
でも、そのあと大変なことになった。フェルマのお母さんや、リスティたちの家族が、国王に何をされたのかを全部話したんだ。人質に死の禁術をかけたこと。俺たちを殺すために、家族まで利用したこと。国王は王位を失い、罪を償うことになった。
フェルマは王女として王宮に戻るよう頼まれたらしい。でも、断ったそうだ。
「私は、カイと一緒に暮らしますわ」
そう言ってくれた。リスティも、ジルドレも、同じだった。
俺はもう戦えない。でも、3人が毎日そばにいてくれる。だから、けっこう楽しく暮らしている。
「カイ、今日は何を食べたいですの?」
フェルマが尋ねた。
「あ……」
うまく答えられない。
すると、リスティが俺の顔をのぞき込んだ。
「カイ、あたしが作ったスープ、また飲んでくれる……?」
俺は目を1回閉じた。それが、今の俺にできる返事だった。
「うん。ありがとう、カイ……」
リスティは笑った。でも、目には涙が浮かんでいた。
ジルドレが俺の肩に手を置いた。
「……安心しろ。もう戦う必要はない」
フェルマも頷いた。
「ええ。これからは、私たちがあなたを守りますわ」
3人は、俺が少し動こうとするだけで心配する。
俺が咳をすれば、リスティが泣きそうになる。俺が眠れば、フェルマが何度も呼吸を確かめる。ジルドレは、夜になると俺の部屋の前で見張りをしている。
そこまでしなくても大丈夫なんだけどな。
ある日の朝。
「……ん?」
目を覚ますと、右手が動いた。試しに足を動かしてみる。
「……おお?」
俺はベッドから起き上がった。手足を見て、さらに驚いた。化け物みたいに変形していた身体が、元の人間の姿に戻っている。
「おお、治ったぞ」
俺が立ち上がったとき、扉が開いた。
「カイ、おはようございま……」
フェルマが固まった。
「……カイ?」
「おう。見てくれよ。人間に戻ったぞ」
フェルマが駆け寄ってきた。騒ぎを聞いたリスティとジルドレも部屋に入ってくる。
「カイ……その身体……!」
「……元に戻ったのか」
「おう。手足も動くし、魔力も戻ってるぞ」
3人は俺の身体を何度も確かめた。やがて、フェルマの目から涙がこぼれた。
「よかった……。本当に、よかったですわ……」
リスティも泣きながら俺に抱きついた。
「あたし……もう元に戻れないかと思ってた……」
「いやあ、何で治ったんだろうな?」
俺が首をかしげると、リスティが顔を上げた。
「……たぶん、あたしたちの魔力だよ」
「3人の?」
「うん。国王の禁術で増殖は止まったけど、カイの身体には異常な再生能力が残ってたんだと思う」
リスティはフェルマとジルドレを見た。
「フェルマの聖なる魔力が、その異常な力を消してくれたの。ジルドレの魔力が弱った身体を支えて、あたしの回復魔法が変形した身体を少しずつ治してたんだよ……」
「じゃあ、3人が俺を人間に戻してくれたのか」
「……うん」
俺は笑った。
「そっか。ありがとな、3人とも」
その言葉を聞いたフェルマが、俺を強く抱きしめた。
「カイ……今度こそ、あなたを救えたのですね……」
「もう二度と、あんな苦しい思いさせないからね……」
リスティも泣きながらしがみついてくる。ジルドレは俺の肩に手を置いた。
「……もう無理をするな。次は私たちを頼れ」
「分かったって。もう元気だし、心配しなくていいぞ」
すると、3人が同時に首を横に振った。
「いいえ。一生、あなたのおそばにおりますわ」
「あたしも、絶対に離れないから……」
「……私もだ」
どうやら、俺の身体は元の人間に戻ったらしい。でも3人の心配性は、まだ治っていないようだった。




