第6話 恐ろしいほどの増殖スピード
「……4人、ですの?」
私は、目の前にいるカイたちを見つめていました。昨日まで2人だったカイが、4人になっていたのです。4人とも、背中から何本もの腕が生え、足が曲がり、お腹には大きな肉の塊があります。人間だった頃の姿とは、ずいぶん変わってしまいました。
それでも、4人ともカイでした。
「おう、フェルマ。おはよう」
「おはよう、フェルマ」
「いやあ、朝起きたら増えててさ」
「俺たちも驚いてるんだよ」
4人のカイが、それぞれ違うことを話しています。私は、4人の顔を順番に見ました。
「……痛みは、ありませんの?」
「ないぞ」
「俺もない」
「元気だぞ」
「腹は減ったけどな」
4人とも笑っていました。私は胸に手を当てました。
よかった。
昨日、カイが生き返ったとき、私は本当にうれしかったのです。もう2度と、あの声を聞けないと思っていました。私が命令して、100人の魔術師に爆発魔法を撃たせました。カイの身体は消えてしまいました。研究員から死亡を告げられたとき、私は立っていられませんでした。
それなのに、カイは戻ってきてくれました。しかも、もう苦しくないと言ってくれたのです。今も、目の前で笑っています。
私はそれだけで、涙が出そうになりました。
「……フェルマ?」
カイの1人が私の顔をのぞき込みました。
「どうした? また泣いてるのか?」
「……泣いてなど、おりませんわ」
私は目元をぬぐいました。カイは背中から生えた腕を伸ばし、私の頭をなでてくれました。
「心配しなくても大丈夫だって。俺たち、元気だからさ」
「……はい」
私はその手を握りました。以前は、触れることさえ怖かった手です。カイの身体に触れると、ひどい痛みを与えてしまうのではないかと思っていました。今は、こうして握っていても、カイは笑ってくれます。
「……カイ」
「ん?」
「……生きていてくれて、ありがとうございます」
カイは少し困った顔をしました。
「何だよ、急に」
「……どうしても、言いたかったのですわ」
「そっか。じゃあ、どういたしまして。こっちこそ、あんがとな」
カイは笑いました。その笑顔を見て、私はまた泣きそうになりました。
「……非常に危険な状態です」
王立魔法研究所の老人が、机の上に紙を広げました。私たちは研究所の一室に集まっていました。カイたちは隣の部屋で休んでいます。
リスティとジルドレも、私と一緒に説明を聞いていました。老人は紙に数字を書き始めました。
「昨日は2人でした。本日は4人です」
「……それは、見れば分かりますわ」
「問題は、増え方です」
老人は紙に数字を書き足しました。
4。
16。
256。
65,536。
私は首を傾げました。
「……これは?」
「もし、毎日人数が2乗になるのであれば、明日は16人、その次の日は256人になります」
「そんなに?」
リスティが小さな声を出しました。老人は頷きました。
「さらに翌日には、65,536人です」
「……待て」
ジルドレが老人を見ました。
「……それだけ増えたら、どうなる?」
「……王都の建物だけでは、収容できなくなるでしょう」
老人は次の数字を書きました。
4,294,967,296。
「……さらに翌日には、約43億人です」
リスティが口を開けたまま固まりました。私も、紙に書かれた数字を見つめました。
43億人。
カイが、43億人。そんなことになったら、どうなるのでしょう。
「……止める方法は、ありますの?」
私は老人に尋ねました。老人は首を横に振りました。
「まだ、分かりません」
「……では、調べてくださいませ」
「調査は続けております。しかし、カイ殿の身体は、これまで確認されたどの魔物とも異なります」
「それでも、お願いしますわ」
私は頭を下げました。老人は困った顔をしました。
「勇者様。お気持ちは分かりますが」
「……お願いします」
リスティも隣で頭を下げました。
「あたしからも、お願いします……」
ジルドレも老人を見つめていました。
「何でもする。必要なものがあれば言ってくれ」
老人は長い息を吐きました。
「……できる限りのことは、いたします」
そのとき、扉が開きました。王国軍の兵士が入ってきました。
「フェルマ王女殿下」
「……何ですの?」
「国王陛下がお呼びです。至急、王宮へお戻りください」
私は立ち上がりました。
「……分かりましたわ」
リスティが私の服をつかみました。私はリスティの手を握りました。
「……カイから、離れないでくださいませ」
「うん」
ジルドレが頷きました。
「任せろ」
私は2人に頭を下げ、研究所を出ました。
王宮に戻ると、私はすぐに会議室へ案内されました。大きな扉を開けると、お父様が奥の席に座っていました。国王であるお父様の左右には、宰相や王国軍の責任者たちが並んでいます。
「……フェルマ」
お父様が私を呼びました。
「……こちらへ来なさい」
「はい、お父様」
私は部屋の中央まで歩きました。お父様は私の顔を見つめました。
「カイは、本当に生き返ったのか?」
「はい」
私は頷きました。
「昨日、実験場で身体が再生しましたわ」
「……そうか」
お父様は目を閉じました。
「あの者には、つらい思いをさせた」
私は唇をかみました。お父様も、カイのことを心配してくださっていたのです。
「今は、どうしている?」
「痛みは消えましたわ。普通に会話もできます。自分で身体を動かすこともできますわ」
お父様は大きく息を吐きました。
「それは、よかった」
その言葉を聞いて、私は少し安心しました。
「……ただし」
お父様は私を見ました。
「増殖していると聞いた」
「はい」
「昨日は2人、今日は4人になったそうだな」
「……そのとおりですわ」
お父様はやってきたばかりの研究所の老人に目を向けました。
「……説明せよ」
「カイ殿の身体には、異常な再生能力が残っています。その能力が変化し、身体を増やすようになったと考えられます」
宰相が尋ねました。
「増えた個体は、本人と同じ能力を持っているのか?」
「はい。魔力反応も、再生能力も同じです」
「では、増えた個体も、さらに増えるのか?」
「その可能性が高いと考えています」
会議室が騒がしくなりました。
「それは危険ではないか」
「王都に何万人もの化け物が現れるというのか」
化け物……、ひどいですわ。この国を救った英雄だというのに。
「しかも、魔王を倒した魔術師と同じ力を持っているのだろう?」
私は大臣たちを見ました。
「カイは、化け物ではありませんわ」
大臣たちが私を見ました。
「姿は変わってしまいましたが、カイはカイです」
「……王女殿下。しかし、危険性は」
「カイは、誰も傷つけておりません」
私ははっきりと答えました。
「むしろ、世界を救ったのですわ」
会議室が静かになりました。お父様が私を見つめました。
「フェルマ」
「……はい」
「お前の言うことは、よく分かる」
私はお父様を見ました。
「カイは、我が国の英雄だ」
「……はい」
「魔王を倒し、世界を救ってくれた」
「……そうです」
お父様は机の上で両手を組みました。
「だからこそ、残念だ」
私は首を傾げました。
「残念?」
お父様は私を見つめました。
「カイ・アルベルトは処分せざるを得ない」
私は、何を言われたのか分かりませんでした。
「……え?」
「増殖が続けば、世界が滅びる」
お父様は続けました。
「これ以上増える前に、すべての個体を消滅させる」
私は、お父様の顔を見つめました。私の声が震えました。
「……カイを、殺すということですの?」
「そうだ」
私は首を横に振りました。
「そんな……」
お父様は目を伏せました。
「すまない」
「謝罪など必要ありません……!」
私は机に手をつきました。
「カイは、世界を救った英雄ですわ!」
「分かっている」
「あの人が、どれほど苦しんだか、ご存じですの!?」
「報告は受けている」
「身体が変わり、動けなくなり、喋ることもできなくなって……!」
私は声を詰まらせました。カイの姿が頭に浮かびました。魔王の玉座の前で、身体を変形させながら叫んでいたカイ。研究所の寝台で、苦しみ続けていたカイ。私が剣で胸を刺したときも、死ぬことができなかったカイ。
そして、100人の魔術師に爆発魔法を撃たれ、身体を失ったカイ。
「ようやく……」
涙がこぼれました。
「ようやく、痛みが消えたのですわ……!」
お父様は何も言いませんでした。
「やっと、笑ってくれたのです……!」
私は胸を押さえました。
「もう、苦しまなくていいようになったのですわ……!」
お父様は立ち上がりました。
「お願いです……」
私は頭を下げました。私は二度も、いえ何度もカイを殺そうとした……。それでも。
「どうか、カイを殺さないでくださいませ……」
お父様は答えませんでした。
「増殖を止める方法を探します。私も全力を尽くしますわ」
「……フェルマ」
「時間をくださいませ。必ず、方法を見つけますから……!」
お父様は首を横に振りました。
「……その時間がないのだ。カイ1人を救うために、世界中の人間を犠牲にはできぬ」
私は顔を上げました。お父様の言葉が、胸に刺さりました。
分かっています。
増殖が止まらなければ、世界が危険になることくらい。国王として、お父様が国民を守らなければならないことも。それでも。
「……カイは、1人ではありませんわ。今は4人です」
「だからこそ、危険なのだ」
「4人とも、カイなのですわ」
私の声が震えました。
「4人とも、同じ思い出を持っていて、同じように笑って……!」
私は涙をぬぐいました。
「誰か1人を殺すことさえ、私にはできません……!」
お父様は黙っていました。私は机から手を離しました。
「命令を、取り消してくださいませ」
「……できぬ」
「お父様」
「国王として、決めたことだ。化け物は全て処分する」
私はお父様を見つめました。
「……では、私が止めますわ」
会議室が静かになりました。お父様が眉を寄せました。
「……何を言っている?」
私は腰の聖剣に手をかけました。
「カイを、もう2度と殺させません」
「……フェルマ」
「私は、あの人を守ります」
お父様は私を見つめました。
「お前は勇者だ。……世界を守る立場にある」
私は頷きました。
「分かっていますわ」
「ならば、剣から手を離しなさい」
私は首を横に振りました。聖剣を抜きました。金色の光が、会議室の壁を照らしました。大臣たちが椅子から立ち上がりました。兵士たちが剣を抜き、お父様の前に並びました。私は聖剣を握り締めました。
「……私は、カイの仲間ですわ」
お父様が私を見つめました。
「父に剣を向けるのか?」
私は答えられませんでした。お父様は、私を育ててくださった人です。幼い頃から、国民を守ることの大切さを教えてくださいました。勇者として戦うことも、応援してくださいました。そのお父様に、私は剣を向けています。手が震えました。涙も止まりませんでした。それでも、剣を下ろすことはできませんでした。
「ごめんなさい、お父様……。ですが、カイを殺すのであれば、私は王国を敵に回します」
お父様は長い間、黙っていました。それから、静かに言いました。
「……もう遅い」
私は顔を上げました。
「……え?」
「処分部隊は、すでに研究所へ向かった」
頭の中が真っ白になりました。
「いつ……?」
「お前が王宮へ来る前だ」
私は聖剣を握り締めました。
「そんな……」
研究所には、カイがいます。4人のカイが。リスティとジルドレもいます。あの2人は、必ずカイを守ろうとするでしょう。
ですが、王国軍が本気で処分するつもりなら……。
魔術師たちが、また爆発魔法を使ったら……。
「いや……」
私は後ずさりました。
「いやですわ……!」
お父様が何か言いました。ですが、もう聞いていられませんでした。私は扉へ向かって走りました。兵士たちが道をふさぎました。
「王女殿下、お待ちください!」
「どいてくださいませ!」
兵士たちは動きませんでした。私は聖剣を振りました。剣から放たれた光が、兵士たちの武器を弾き飛ばしました。扉が大きな音を立てて壊れました。
私は廊下へ飛び出しました。
「カイ……!」
走りました。王宮の階段を駆け下り、庭を抜けました。門を守る兵士たちが何か叫んでいましたが、足を止めませんでした。研究所までは、まだ距離があります。私は魔力を足に集め、地面を蹴りました。
建物の屋根を飛び越え、王都の道を走りました。
「お願い……!」
私は何度も口にしました。
「間に合って……!」
カイは、ようやく笑えるようになったのです。私が殺してしまったカイが、生き返ってくれたのです。今朝も、私の頭をなでてくれました。心配しなくても大丈夫だと、笑ってくれました。
あの手を、もう失いたくありません。
あの声を、もう失いたくありません。
「カイ……!」
研究所の屋根が見えてきました。私はさらに足を速めました。
そのときでした。
研究所の建物から、大きな爆発音が響きました。窓が割れ、黒い煙が空へ上がりました。私は足を止めました。
「……え?」
建物の上に、炎が見えました。黒い煙が、どんどん大きくなっていきます。私は、その光景を知っていました。
王国軍の実験場。100人の魔術師。カイの身体を消し飛ばした、あの爆発魔法。
「いや……」
私は首を横に振りました。
「……カイぃぃぃ!」
黒い煙が上がる建物へ、私は必死に走りました。




