第5話 増殖する俺
「……あれ?」
目を開けると、青い空が見えた。俺は地面に寝転がっていた。起き上がろうとすると、背中から生えた腕が地面を押した。
「おお、動くぞ」
首を伸ばして自分の身体を見下ろした。腕は以前よりむしろ増えていた。というか、増やしたり減らしたりできるんだが。足も変な方向に曲がっているし、腹からは大きな肉の塊が出ている。魔力回復薬を飲みすぎて、化け物になったときの姿が限界突破していた。
でも、何だか調子がいい。
「ていうか……あれ? 痛くない?」
腕を動かしてみた。足も動かしてみた。どこも痛くなかった。あんなに苦しかったのに、今は何ともない。
「おお、治ったのか?」
いや、見た目は全然治ってないけどな。
俺は周りを見た。地面には大きな穴が開いていた。黒く焦げた土が広がり、割れた石が転がっている。
そうだ。ここは王国軍の実験場だ。
俺はここで、100人の魔術師に爆発魔法を撃たれたんだった。身体が全部吹き飛んで、意識も消えた。あれで死ねたと思ったんだけどな。
「……俺、生き返ったのか?」
自分の胸を触ってみた。ちゃんと心臓が動いている。それに、声も出る。
「おーい!」
試しに大きな声を出してみた。ちゃんとしゃべれるぞ。
「……マジか」
これなら、みんなとも普通に話せそうだ。そう思っていると、穴の上から声が聞こえた。
「……カイ?」
見上げると、フェルマが立っていた。銀色の長い髪を風になびかせ、紫色の目を大きく開いている。その後ろには、リスティとジルドレもいた。
フェルマの目は赤く腫れていたし、リスティは泣きながら口を押さえている。ジルドレも、いつもの落ち着いた顔ではなかった。
「おお、みんな。久しぶりだな」
俺は手を振った。すると、フェルマが穴の中へ飛び降りてきた。
「カイ……!」
「うおっ!」
フェルマは俺に抱きついた。
「……生きて、……生きていたのですね……!」
「ああ。何だか生き返っちまったみたいだ」
「ごめんなさい……!」
フェルマは俺の胸に顔を押しつけた。
「……私が……私が、あなたを殺してしまったのに……!」
「いや、俺が頼んだんだろ?」
「それでも……!」
フェルマの身体が震えていた。俺は背中から生えた腕で、彼女の頭をなでた。
「ほら、もう平気だって。痛みもなくなったし、普通にしゃべれるぞ」
フェルマが顔を上げた。
「痛みが……?」
「ああ。全然痛くない」
「……本当ですの?」
「本当だって」
俺は腕を動かしてみせた。背中から生えた余分な腕も、ちゃんと俺の言うことを聞いた。
「前は勝手に動いてたけど、今は自由に動かせるんだ」
フェルマは俺の腕を両手でつかんだ。
「よかった……」
涙がこぼれた。
「本当に、よかったですわ……!」
フェルマはまた俺に抱きついた。
その後ろから、リスティも飛びついてきた。
「カイぃぃぃ!」
「おっと!」
小さな身体が俺の腹にぶつかった。
「痛くないの……? 本当に、もう痛くないの……?」
「ああ。元気だぞ」
「うそじゃない……?」
「嘘じゃないって」
リスティは俺の身体を何度も触った。背中の腕も、曲がった足も、膨らんだ腹も。
「よかったよぉ……!」
リスティは泣きながら俺にしがみついた。
「もう、あんな声を聞かなくていいんだね……!」
「そうだな。俺も助かったよ」
「カイぃ……!」
俺はリスティの頭をなでた。
ジルドレも近づいてきた。大きな身体をかがめ、俺の顔を見つめている。
「……カイ」
「おう、ジルドレ。心配かけたな」
「……本当に苦しくないのか?」
「ああ」
「……どこも痛まないのか?」
「全然」
ジルドレは俺の肩に手を置いた。大きな手が震えていた。
「……そうか」
それから、俺を抱き締めた。
「よかった……」
ジルドレの声が小さくなった。
「もう、苦しまなくていいんだな……」
「ああ。もう大丈夫だ」
俺はジルドレの背中を叩いた。
3人とも、本当に心配してくれていたんだな。何だか申し訳ない気持ちになった。でも、これでまた一緒に冒険できそうだ、とは言えないか。身体がこんな姿になってしまったし。でも、動けるなら問題ないのか。なんなら力がみなぎってくる。人間の頃より強くなってる気がする。
そう思っていると、背中がむずむずしてきた。
「……ん?」
何だ?
背中の肉が動いている。俺は余分な腕を使って背中を触った。すると、大きな肉の塊ができていた。
「……おいおい、また何か生えてきたぞ」
リスティが顔を上げた。
「……え?」
肉の塊は、どんどん大きくなっていった。
「カイ、背中……!」
「分かってるって。何だこれ?」
フェルマとジルドレが俺から離れた。背中の肉が大きく膨らみ、俺の身体から離れた。地面に落ちた肉の塊が動き始める。
そこから腕が伸びた。足も伸びた。頭ができ、顔ができた。
「……は?」
目の前に、俺と同じ化け物が立っていた。背中から余分な腕が生え、足は曲がり、腹には大きな肉の塊がある。顔も、俺と同じだった。そいつは自分の身体を見下ろした。
それから、俺を見た。
「……おい」
「……何だ?」
「……俺がいるぞ」
「……本当だ。俺がいるな」
俺たちは顔を見合わせた。
「……お前、誰だ?」
「カイ・アルベルトだけど」
「俺もカイ・アルベルトなんだが」
「……じゃあ、俺たち同じ人間なのか?」
「いや、知らねえよ」
フェルマたちは固まっていた。リスティが俺たちを交互に見た。
「カイが……、2人……?」
「そうみたいだな」
もう1人の俺も頷いた。
「俺も驚いてるぞ」
「どっちが本物なの……?」
「俺だろ」
「いや、俺だろ」
俺たちは同時に答えた。
「……えええええ!?」
リスティが叫んだ。
俺も叫びたい気分だった。
「……信じられません」
白衣の老人が俺たちを調べながら言った。王立魔法研究所の研究員。実験場の近くにある建物へ移動し、俺たちは並んで座っていた。老人は俺たちの身体に手をかざし、魔力を調べていた。
「……まったく同じ魔力反応です」
「そりゃ、俺だからな」
「俺も俺だしな」
老人は困った顔をした。
「……記憶も同じなのですか?」
「そうみたいだな」
俺は答えた。もう1人の俺も頷いた。
「魔王を倒したことも覚えてるぞ」
「フェルマと小さい頃に遊んだこともな」
「リスティが料理を焦がしたことも」
「ジルドレが酒を飲みすぎて吐いたことも」
「ちょっとぉ! そんなことまで言わなくていいでしょ!」
リスティが顔を赤くした。ジルドレは咳払いをした。
「……私の話もするな」
俺たちは笑った。だが、老人は笑わなかった。
「……では、こちらのカイ殿。今から私が何をするか、覚えておいてください」
老人はもう1人の俺に小さな紙を見せた。そこには数字が書かれていた。俺はその紙を見ていない。なのに、数字が分かった。
「……37か?」
老人が驚いた。
「……正解です」
「おお、すげえ」
もう1人の俺が笑った。
「俺が見たもの、お前にも分かるんだな」
「便利だな、これ」
「……便利で済む問題ではありません」
老人は顔を青くした。
「……お2人は、別々の意思を持っています。しかし、記憶だけは共有されているようです」
「へえ」
「……しかも、身体には異常な再生能力が残っています」
老人は俺たちの背中を調べた。
「……この能力が、増殖を起こしているのでしょう」
「増殖?」
「……はい。カイ殿の身体が、新しいカイ殿を作り出しているのです」
俺はもう1人の俺を見た。
「……お前、俺から生まれたのか?」
「知らねえよ。俺だって気づいたらここにいたんだ」
「まあ、俺もそうなんだけど」
老人は大きく息を吐いた。
「問題は、これからも増える可能性があることです」
「……え?」
フェルマが老人に近づいた。
「どういうことですの?」
「このまま増殖が続けば、カイ殿の人数が増えていくかもしれません」
「何人くらいだ?」
ジルドレが尋ねた。老人は首を振った。
「……まだ分かりません。調べる必要があります」
俺は自分の身体を見た。背中から生えた腕が、ちゃんと動いている。痛みもない。死ぬほど苦しかったのが嘘みたいだ。
「まあ、増えるくらいならいいんじゃないか?」
もう1人の俺も頷いた。
「そうだな。人手が増えるし」
「……カイ」
フェルマが怖い顔で俺たちを見た。
「少しは心配してくださいませ」
「いや、だって痛くないし」
「俺も元気だぞ」
「そういう問題ではありませんわ……!」
フェルマは頭を抱えた。
その日の夕方。
俺たちは研究所の部屋で休んでいた。フェルマは俺たちの前に座り、ずっと顔を見つめていた。リスティは俺の腕をつかみ、もう1人の俺の腕もつかんでいた。
ジルドレは扉の前に立っていた。
「……なあ、フェルマ」
「……何ですの?」
「そんなに見つめられると、照れるんだけど」
「……見ていたいのですわ」
「え?」
フェルマは俺の顔に手を伸ばした。
「また、いなくなってしまうのではないかと思うと……」
その手が震えていた。俺はフェルマの手を握った。
「大丈夫だって。もう痛くないし、元気なんだから」
「……はい」
フェルマは小さく頷いた。
リスティも俺の腕に顔を押しつけた。
「カイ、もう死なないでね……」
「たぶん、死にたくても死ねねえよ」
「ごめん……」
しまった。余計なことを言ってしまったか。
「いや、謝んなよ」
「約束だよ……?」
「ああ、約束する」
もう1人の俺も頷いた。
「俺も約束するぞ」
リスティは2人の俺を見つめた。
「2人とも、2人とも? 絶対だからね……」
ジルドレが近づいてきた。
「……カイ」
「ん?」
「お前がどんな姿でも、私は気にしない」
「おう」
「生きていてくれれば、それでいい」
ジルドレは俺の肩に手を置いた。
「……もう、失いたくない。それだけだ」
俺は笑った。
「大げさだな。俺はここにいるだろ」
「……ああ」
ジルドレは頷いた。だが、手は離さなかった。
問題は、次の日に起きた。




