第4話 死
●女戦士・ジルドレ視点
「……カイ殿の死亡を確認しました」
白衣の老人がそう告げた。私は、何も言えなかった。目の前には、爆発でできた大きな穴があった。100人の魔術師が放った爆発魔法によって、カイの身体は完全に吹き飛んだ。
骨も、肉も、血も残っていない。魔力を調べても、反応はなかった。あいつは、もういない。
「……もう1度、調べてくださいませ」
フェルマが言った。
「……勇者様?」
「お願いします。もう1度だけ、確認してくださいませ」
老人は魔術師たちに命じ、再び調査を行った。結果は同じだった。
「……間違いありません。カイ殿は亡くなられました」
「そう、ですか……」
フェルマは小さく頷いた。そして、笑おうとした。
「よかった、ですわ……」
その顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
「これで……カイは……」
フェルマは最後まで言えなかった。口を押さえ、膝から崩れ落ちた。
「……ああ、……あああああ……!」
私は慌てて駆け寄った。
「フェルマ!」
「……私が……私が命令したのですわ……!」
フェルマは私の鎧をつかんだ。
「カイを殺せと……100人の魔術師に……!」
「お前は、カイの願いを……」
「分かっていますわ!」
フェルマが泣き叫んだ。
「分かっています……! でも……でも、私は……!」
彼女は爆発でできた穴を見た。
「幼い頃から、ずっと一緒だったのですわ……」
「あの人がいない世界で、私はどうすればいいのですか……?」
フェルマは地面に額をつけた。
「……カイ、ごめんなさい……!」
リスティは、穴の近くに立っていた。小さな身体が震えている。
「……カイ?」
返事はない。
「ねえ、カイ……?」
リスティは穴の中を覗いた。
「まだ、いっぱい話したいことがあるのに……」
リスティは穴に向かって叫んだ。
「カイぃぃぃ!」
私は小さな身体を抱き締めた。リスティは私の胸を何度も叩いた。
「返してよぉ……! カイを返してよぉ……!」
私は何も言えなかった。私だって、もう1度あいつに会いたかった。だが、カイは死んだ。私たちが殺した。
「すまない、カイ……」
涙が止まらなかった。私は、カイが死んだことに安心してしまっていた。もう苦しまなくて済むと、喜んでしまっていた。
そのことが、何よりも許せなかった。
王宮に戻ると、フェルマはカイの国葬を命じた。
魔王を倒した英雄を、国を挙げて見送るためだ。だが、棺に入れる遺体はなかった。私はカイの荷物を整理することになった。
部屋には、灰色の外套が残っていた。私はそれを手に取った。
「……カイ」
外套を胸に抱くと、涙が出た。あいつが着ていた服だ。あいつの声も、笑った顔も、はっきり覚えている。なのに、もう会えない。
私は外套に顔を埋めた。
「どうして、私を置いていった……」
私は、カイを愛していた。
ただの仲間としてではない。1人の男として、心から愛していた。だが、あいつには伝えられなかった。魔王を倒したら告白するつもりだった。平和になったら、戦士ではなく、1人の女として隣に立ちたかった。
きっとフラれたに違いないのだが。どちらにせよ、その夢は、もう叶わない。
私は昔から、身体が大きかった。身長は190センチを超え、腕も太い。顔には大きな傷がある。男たちからは、何度も笑われた。
「お前みたいな女、誰が嫁にするんだよ」
「男よりでかいじゃねえか」
「そんな顔じゃ、誰も好きにならねえよ」
私は笑って聞き流していた。だが、本当は傷ついていた。私だって、誰かに綺麗だと言われたかった。誰かに抱き締めてほしかった。でもそんな願いを持つことさえ、恥ずかしかった。だから、強くなることにした。
誰にも守ってもらわなくていい。誰にも愛されなくていい。私は1人で生きていく。そう決めた。
だが、そんな私にも、守れなかったものがあった。まだ若かった頃、私は仲間たちと魔物の討伐に向かった。私は盾役だった。
誰よりも前に立ち、仲間を守る役目だった。だが、魔物の攻撃を防ぎきれなかった。私の盾が砕けた。背後にいた仲間が、魔物に襲われた。
「ジルドレ……、助けて……」
仲間が手を伸ばしていた。私は動けなかった。
怖かった。
そのせいで、仲間は死んだ。私は、何もできなかった。パーティーを追い出された。当然だ。
それから、私は盾を持つたびに思い出すようになった。あのとき、仲間を守れていれば。私は、もっと強くならなければならなかった。
誰も死なせないために。
そうして戦い続けていたある日、私はカイと出会った。
それは、私が魔物の群れに囲まれたときだった。
私は1人で、村を守っていた。村人たちは逃げた。だが、逃げ遅れた子供が1人いた。私はその子を背後にかばい、盾を構えた。魔物が何度も襲いかかってきた。盾は傷だらけになった。腕も、足も、血だらけだった。
「逃げろ……!」
だが、子供は泣きながら首を振った。
「お姉ちゃんも、一緒に……!」
私は答えられなかった。もう立っているのがやっとだった。魔物が大きな爪を振り上げた。私は盾を構えた。だが、腕に力が入らなかった。盾が弾かれた。
爪が私の胸に突き刺さった。
「ぐっ……!」
私は倒れた。子供が叫んだ。
「お姉ちゃん!」
魔物が子供に近づいた。私は立ち上がろうとした。だが、身体が動かなかった。まただ。また、守れない。私は泣きながら手を伸ばした。
「逃げろ……!」
そのときだった。攻撃魔法が魔物に向かって放たれた。
「おいおい。子供を襲うなよ」
男の声がした。
魔物の身体が吹き飛んだ。私は驚いて顔を上げた。そこには、灰色の外套を着た若い魔術師が立っていた。
「大丈夫か?」
カイだった。あいつは私のそばに膝をついた。
「ひどい怪我だな」
「子供を……」
「その子は大丈夫だ。お前のおかげでな」
カイは私の胸の傷を見た。血が止まらなかった。カイは私を抱き起こした。カイは笑った。
「よく頑張ったな」
私は泣いてしまった。誰かに、そんなことを言われたかった。ずっと、自分を責めていた。守れなかった仲間のことを、忘れられなかった。
だが、カイは私を責めなかった。カイは自分の魔力を使い、私の傷を塞いでくれた。そのあとも、私が歩けるようになるまで、ずっとそばにいてくれた。
「……カイ。なぜ、そこまでしてくれる?」
「何でって、仲間だから。強い戦士を求めてる」
「私はこんな状態だぞ……。それに、いざというときお前を助けられるかどうか」
「強い奴だって、助けてもらっていいだろ」
カイは笑った。
私は、その言葉を忘れなかった。必ずカイを守ろうと決めた。
カイと一緒に旅をするようになってから、私は少しずつ変わった。あいつは、私を怖がらなかった。身体が大きくても、顔に傷があっても、気にしなかった。
ある日、私は宿の部屋で鏡を見ていた。
「……ひどい顔だ」
顔の傷が目立っていた。そのとき、カイが部屋に入ってきた。
「何してんだ?」
「……何でもない」
私は鏡を伏せた。だが、カイは私の顔を見た。
「傷、気にしてるのか?」
「……ああ。醜い顔が、ますます醜くなる」
カイは首を傾げた。
「そうか? 俺は綺麗だと思うけど」
私は耳を疑った。
「ジルドレって、美人だろ」
「……からかうな」
「からかってないって」
カイは笑った。
「俺、お前の顔好きだけどな」
私は顔が熱くなった。ずっと、誰かに言ってほしかった言葉だった。
「……お前は、変わった男だ」
「そうか?」
「……ああ」
私は顔を背けた。泣きそうだった。
その夜、私は勇気を出して尋ねた。
「……カイ」
「ん?」
「……お前は、私のような女でも、恋人にできるのか?」
カイは少し驚いた顔をした。
「好きになったら、関係ないだろ」
「……私より背が低くても?」
「関係ないな」
「……顔に傷があっても?」
「関係ない」
「……私の身体が、大きくても?」
「何回聞くんだよ」
カイは笑った。
「ジルドレは優しいし、強いし、綺麗だしな。好きになる男なんて、普通にいるだろ」
私は何も言えなかった。胸が苦しかった。嬉しくて、でもきっとカイは私のことが好きではなくて泣きそうだった。
それでも私は、この男の隣にいたい。ずっと、一緒に生きていきたい。そう思った。
だからいつか、必ず伝えよう。魔王を倒して、平和になったら。そのときは、カイに好きだと言おう。
そう決めていた。
「カイ……」
私は外套を抱き締めた。
「私は、お前を愛していた……」
涙が止まらなかった。
カイを守りたかった。誰よりも大切な男だった。
「……ジルドレ!」
扉が開いた。フェルマだった。顔が真っ青になっていた。
「……どうした?」
「実験場で、異常が起きていますわ……! カイが爆発した場所に、肉のようなものが生まれているそうです……!」
私は外套を握り締めた。




