第2話 殺してあげることさえ
●第1王女・勇者・フェルマ視点
「……苦しまずに命を終わらせる薬を、用意してくださいませ」
私の頼みに、白衣の老人は顔を伏せました。
「……本当に、よろしいのですか」
「よいわけがありませんわ!」
私は思わず叫びました。
「生きていてほしいに決まっています! ですが、カイはもう限界なのです!」
「ぐぁあああああッ!」
治療台の上で、カイが悲鳴を上げました。背中から伸びた骨が動き、身体が大きく跳ねています。口からは血が流れていました。
老人が持ってきたのは、小さな瓶でした。
「苦痛を抑え、眠るように命を終わらせる薬です。ただ、今の身体に効くかは……」
「……飲ませてくださいませ」
「フェルマぁ……!」
リスティが私の腕を掴みました。
「本当に殺しちゃうの!? カイ、まだ19歳なんだよ! これからみんなで楽しいこといっぱいする約束だったじゃん!」
「分かっていますわ!」
私だって、嫌です。カイには生きていてほしい。また一緒にご飯を食べたい。笑ってほしい。名前を呼んでほしい。ですが、今のカイは息をすることさえ苦しそうなのです。
「……お願いです。もう、楽にしてあげてくださいませ……」
ジルドレがカイの頭を支えました。
「……カイ。すまない」
薬がカイの口に流し込まれました。
「ぐっ……があああああッ!」
カイの身体が大きく跳ねました。背中の突起が伸び、口から血が溢れます。
「ぐぁっ、ああああああッ!」
「どうして!?」
リスティが老人に掴みかかりました。
「眠るんじゃなかったの!? カイ、もっと苦しんでるよぉ!」
「……薬が異常な魔力に反応しています」
「じゃあ止めてよぉ!」
私はカイの手を握りました。
「ごめんなさい……」
また、失敗しました。助けることも、楽にしてあげることもできません。カイは苦しそうな声を上げ続けています。
「……ぐるる……」
「……ごめんなさい、カイ……!」
「……魔道具がありましたわね!」
私は顔を上げました。
「意識を失わせる魔道具です!」
すぐに取り寄せるよう命じました。運ばれてきたのは、銀色の腕輪でした。
カイの腕に取りつけられ、光が灯ります。ですが、カイは眠りませんでした。
「……効いていません」
老人が首を振ります。
「もう1度ですわ!」
「……勇者様」
「お願いですから、もう1度!」
腕輪が再び光りました。それでも、カイは眠りません。
「どうしてですのぉ!」
私は床に崩れ落ちました。
「お願い……誰か……、カイを助けてくださいませ……!」
リスティは泣きながらカイの手を握り、ジルドレは治療台の横で拳を握り締めています。
誰も、カイを救えません。カイは今も苦しみ続けています。私は腰の剣を見ました。
魔王を倒した、勇者の剣です。
この剣なら。心臓を刺せば。カイは、もう苦しまなくて済むのでしょうか。
「……私が、やりますわ」
私は立ち上がり、剣を抜きました。
「……フェルマ?」
リスティが顔を上げました。
「何するの……? ねえ、その剣、しまってよ……」
「……私が、カイを楽にしてあげます」
「嫌だよぉ!」
リスティが私にしがみつきました。
「お願い! まだ何かあるかもしれないじゃん!」
「もう何もありませんわ!」
私は泣き叫びました。
「何をしても治らない! 眠らせることさえできない! このままカイを苦しませろと言うのですか!」
「でも……でもぉ……!」
「私だって嫌ですわああああ!」
私は剣を握ったまま膝をつきました。
「死んでほしくありません! ずっと一緒にいたい! また笑ってほしいのです!」
ジルドレが私の肩を掴みました。
「……私が代わる」
「……いいえ」
「お前にはできない」
「私がやらなければならないのです!」
私はカイを見ました。
「……だって、カイは私を救ってくれた人なのですから……」
カイと出会ったのは、私が勇者になる前でした。当時の私は、王国の第1王女でありながら、自ら地下牢に閉じこもっていました。
誰にも会いたくありませんでした。もう、外に出たくありませんでした。私は、幼い頃から私を守ってくれた騎士を、自分の剣で傷つけてしまったのです。
魔物に操られた騎士を止めるためでした。ですが、私が斬ったせいで、その方は2度と剣を握れなくなりました。
私は、あの方の人生を壊してしまったのです。
「……私なんて、生きている資格がありませんわ」
私は牢の中で、何度もそう呟いていました。幼馴染のカイが鉄格子の前に現れました。
「……おい、大丈夫か?」
「……帰ってくださいませ」
私は震える手を見つめました。
「……大切な人をこの手で」
涙が落ちました。
「……もう、誰にも会いたくありません……」
カイはしばらく黙っていました。それから、鉄格子の前に座りました。
「だって、お前はその騎士を助けたかったんだろ?」
「……はい」
「だったら、わざと傷つけたわけじゃないじゃん」
カイは立ち上がりました。
「よし。じゃあ、俺が手伝ってやるよ」
「……え?」
「その騎士に会いに行こうぜ」
「……会えるわけありませんわ!」
私は叫びました。
「あの方は……、私の顔なんて見たくないはずです!」
「本人に聞いたのか?」
「それは……」
「じゃあ、まだ分からないじゃん」
カイは笑いました。
「待ってろ。連れてくる」
カイが連れてきた騎士は、片腕に包帯を巻いていました。私はその姿を見た途端、床に額をつけました。
「……ごめんなさい! ごめんなさい……!」
騎士は鉄格子の前に膝をつきました。
「……姫様」
「……私は……あなたの腕を……!」
「私は、姫様に止めていただかなければ、ほかの者を殺していたでしょう」
騎士は涙を流していました。
「……私を救ってくださったのです」
「……そんな!」
「どうか、もうご自分を責めないでください」
私は鉄格子にしがみつきました。
「……でも……あなたは、もう剣を……!」
「……姫様が生きていてくだされば、それで十分です」
「……うあああああああ!」
私は泣き崩れました。カイが牢の鍵を開けました。
「ほら。もう出てこいよ」
カイは手を差し出しました。
「怖かったら、俺が隣にいる。お前が誰かを傷つけそうになったら、俺が止める」
「……本当に?」
「おう。約束する」
私はその手を握りました。
「……ありがとう……ございます!」
その日から、私は少しずつ剣を握れるようになりました。
カイは何度も練習に付き合ってくれました。怖くなったときは、隣にいてくれました。そして、私は勇者になりました。カイがいてくれたからです。
「あなたが、私を生かしてくれたのに……」
私は泣いていました。カイの胸に、剣先を向けています。
「……あの日、私は死にたかった。でも、あなたが生きる理由をくれたのです……!」
剣を握る手が震えていました。
「なのに今度は……、私があなたを殺そうとしている……!」
「……ぐぁああああッ!」
カイの身体が跳ねました。背中の骨が動き、血が流れています。
「カイ……!」
私は剣を下ろしかけました。しかし、カイはまだ苦しんでいます。
「……ごめんなさい」
涙が剣に落ちました。
「……あの日、あなたは約束してくれましたわね……」
私はカイを見ました。
「私が大切な人を傷つけそうになったら……止めてくれると……!」
カイは動けません。声も出せません。
「……カイ!」
私は泣き叫びました。
「私を止めてくださいませええええ!」
剣を握る手が震えています。
「お願い……! あの日みたいに……私を助けてくださいませ……!」
カイが口を動かしました。
「……ぐるる」
言葉にはなりませんでした。
「どうして……どうして、止めてくださらないのですかああああ!」
私は目を閉じました。
「ごめんなさい! ごめんなさいいいいい!」
泣き叫びながら剣を突き出しました。
「カイいいいいいいいいッ!」
剣がカイの胸に刺さりました。
「がああああああああああッ!」
カイの身体が大きく跳ねました。口から血が溢れます。私は剣を握ったまま固まりました。
「……カイ?」
心臓を刺したはずでした。ですが、カイはまだ動いています。胸の傷が、勝手に塞がり始めました。
「ぐぎゃああああああああッ!」
「……うそ」
私は剣から手を離しました。
「……どうして?」
カイは死にませんでした。それどころか、さっきよりも苦しそうに叫んでいます。
「いやあああああ!」
リスティが駆け寄りました。
「カイ! カイ、お願い! もうやめてよぉ!」
ジルドレが剣を取り除きました。
「……心臓を刺されても、死なないのか」
私は床に座り込みました。自分の手を見つめました。
「……私が」
この手で。カイを。
「……私が、……カイを刺しましたの」
あの日、カイは私を地下牢から連れ出してくれました。もう1度生きようと思わせてくれました。剣を握れるようにしてくれました。それなのに。
「……私……また、大切な人を……!」
私は両手で顔を覆いました。
「いやあああああああ!」
涙が止まりませんでした。
「ごめんなさい! ごめんなさい、カイ!」
私は床に額をつけました。カイは苦しそうな声を上げています。
何もできませんでした。生かすことも、殺すことも。私は、カイを救えませんでした。




