第1話 俺を救えなかった3人の選択
「……あっ! 転移石!」
勇者のフェルマが突然叫んだ。長い銀髪を振り乱し、腰の袋を探り始める。
「帰還用の転移石がありましたわ! どうして……どうして今まで思い出せなかったの!」
フェルマは王国の第1王女でもある。いつもは落ち着いて命令を出す彼女が、今は泣きながら袋の中を探していた。
「フェルマ、早くしてよぉ! カイがまた血を吐いてる!」
俺のそばでは、治癒師のリスティが叫んでいた。桃色のツインテールを揺らし、小さな手で俺の口元を拭っている。
「げぼっ……ぐぁ、あああああッ!」
背中が痛い。腕も、足も、腹も痛い。魔王を倒すために大量の魔力回復薬を飲んだ俺の身体は、もう人間の形をしていなかった。今も骨が勝手に動いている。背中の突起が伸びるたびに、皮膚が引っ張られた。
「ぎゃああああああッ!」
「カイ! お願い、もうちょっとだからね!」
リスティが泣きながら俺の名前を呼んだ。
その隣では、重戦士のジルドレが膝をついていた。短い黒髪に顔の傷がある、大柄な女性だ。いつもは大盾で俺たちを守ってくれる。そんな彼女も、今は俺の身体に触れることさえ怖がっていた。
「……カイ、すぐに帰れる」
ジルドレが俺の肩に手を入れた。
「ぎゃあああああッ!」
「……すまない!」
彼女が慌てて手を離した。
「ありましたわ!」
フェルマが転移石を取り出した。しかし、震える手から石が落ちた。
「あっ……!」
彼女は慌てて床に手を伸ばした。
「フェルマ! 早く!」
「分かっていますわ!」
フェルマは石を拾い、両手で握り締めた。
「お願い……! 動いてくださいませ……!」
白い光が広がった。
「4人で帰りますわ!」
ジルドレが俺の身体を支えた。全身に痛みが走った。
「ぎゃああああああッ!」
「ごめんね! ごめんね、カイ!」
リスティが泣きながら俺の顔を覗き込んだ。白い光が強くなった。
俺たちは魔王城から消えた。
「誰か! 医師を呼んでくださいませ!」
王宮の転移陣に着くなり、フェルマが叫んだ。俺は床に倒れたまま、身体を震わせていた。
「……うぁあああああッ!」
周囲の騎士たちが駆け寄ってくる。
「勇者様、これは……」
「説明している時間はありませんわ!」
フェルマが騎士の腕を掴んだ。
「王立魔導研究所へ連絡なさい! 王国中の治癒師と魔術師を集めるのです!」
「は、はい!」
「早くしてくださいませ!」
騎士たちが担架を運んできた。身体を持ち上げられただけで、背中に激痛が走った。
「がああああああッ!」
「やめて! そんな持ち方しないでよ!」
リスティが騎士の手を払いのけた。
「カイの骨、普通じゃないんだよ! もっとゆっくり!」
「私が支える」
ジルドレが担架の横に膝をついた。彼女の大きな手が震えている。
「……頼む。できるだけ揺らさないでくれ」
俺は何度も血を吐いた。何度も叫んだ。研究所に着くまで、痛みが治まることはなかった。
「早く治してくださいませ!」
王立魔導研究所に着くと、フェルマは白衣の老人に詰め寄った。
「この方はカイです! 魔王を倒すために、誰よりも頑張ってくれた魔術師なのです!」
老人は俺の身体を見て、顔を青くした。
「……何ということだ」
「そんな顔をしないでくださいませ!」
フェルマが叫んだ。
「お願いですから、治してください!」
俺は治療台に寝かされていた。何もしていないのに、身体の中で骨が動いている。腕が勝手に伸びる。指が曲がる。背中の突起が大きくなる。
「……ぁぁあっ、あああああッ!」
「カイ!」
リスティが俺の手を握った。
「大丈夫! ここにはすごい治癒師がいるんだから! きっと治るからね!」
老人が俺の腕を調べた。
「……魔力が身体の中で異常に増えています。まずは治癒魔法を……」
「待って!」
リスティが叫んだ。
「あたし、魔王城で治癒魔法を使ったの! そしたら、カイの身体がもっと変になっちゃったんだよ!」
「ですが、専門の治癒師なら……」
「本当に治せるの!? 絶対に悪くならない!?」
「……保証はできません」
「じゃあ駄目だよ!」
リスティが俺の前に立った。
「カイをこれ以上苦しめないで!」
「……リスティ」
フェルマが泣きながら言った。
「お願いです。試させてくださいませ……」
「でも……!」
「このままでは、カイが……!」
リスティは俺を見た。俺は痛みに耐えながら、彼女を見つめた。
「……ごめんね、カイ……」
リスティが手を離した。
治癒師たちが俺を囲んだ。緑色の光が身体を包む。
「ああああああああッ!」
背中の骨が動いた。腕が伸びた。皮膚が裂けた。
「やめてええええ!」
リスティが治癒師を突き飛ばした。
「ほら! やっぱり駄目だったじゃん! カイがもっと苦しんでるよぉ!」
「治癒魔法が、変形した部分まで成長させている……」
老人が呟いた。
「では、魔力を抜く方法を試しましょう」
青い魔法陣が俺の身体を囲んだ。胸の奥が引っ張られる。息ができない。
「……ぐっ、がああああああッ!」
身体が跳ねた。口から血が溢れた。
「止めろおおおお!」
ジルドレが魔法陣を壊した。
「カイが死んでしまう!」
俺は血を吐きながら、必死に息を吸った。
「げぼっ……げぼおおッ!」
「カイ! お願い、息してよぉ!」
リスティが泣き叫んだ。フェルマは老人の胸元を掴んだ。
「どうしてですの! どうして治せないのですか!」
「……申し訳ありません」
「謝罪などいりませんわ!」
フェルマが叫んだ。
「カイを治してくださいませ! それ以外、何もいりません!」
老人は首を振った。
「……これ以上の治療は危険です」
「……え?」
「治そうとすればするほど、身体の変形が進んでしまうのです」
フェルマの手が離れた。
「では、どうすれば……」
「……方法はありません」
リスティが床に座り込んだ。
違う。お前たちは悪くない。そう伝えたかった。自業自得だ。だからもう、殺してくれ。そんな思いも、声にならなかった。
「ぐるる……」
もう嫌だ。終わらせてくれ。
フェルマが俺の手を握った。
「……あなたは、もう苦しみたくないのですね……」
そうだ。もう、終わらせてほしい。
「ぐるる……」
フェルマは泣き崩れた。
「ごめんなさい……。私、あなたを生かすことしか考えていませんでした……」
「嫌だよ……」
リスティが首を振った。
「カイを殺すなんて、嫌だよぉ……」
「……私も嫌ですわ」
フェルマが泣きながら言った。
「でも……このまま苦しませ続けるのも、嫌なのです……」
ジルドレは俺を見た。
「……カイ」
彼女の声が震えた。
「……お前は、もう終わりにしたいのか」
俺は、ジルドレを見つめた。かろうじて頷いた。
「……そうか」
ジルドレが顔を伏せた。リスティが泣き叫んだ。
「嫌だよ! 嫌だよぉ! カイが死んじゃうんだよ!?」
「……分かっている」
「分かってないよ!」
「……分かっている!」
ジルドレが叫んだ。
「私だって……私だって、カイに死んでほしくない!」
彼女は俺の手を握った。
「……だが、もう……見ていられない……」
リスティは泣き崩れた。フェルマが2人を抱き締めた。3人とも泣いていた。
「……苦しまずに命を終わらせる薬を、用意してくださいませ」
フェルマが老人に頼んだ。




