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名探偵・桜野美海子と天国と地獄  作者: 凛野冥
一週間後 六月七日(金)
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46/48

5「桜野美海子の推理7」

    5


 桜野は僕に、手帳とペンを貸してほしいと云った。

 そのとおり手渡すと、彼女は手帳の空いているページに人名を書き込み始めた。

「土砂崩れが起きた時点で何処に誰がいたのか、整理しておこう。屋敷全体が地中という状態ではあったけど、便宜上(べんぎじょう)、一階と二階を〈地上〉、地下一階を〈地下〉と表すよ。それから〈子どもの聖域〉は〈地上〉から区別することにしよう」

 そうやって書き上がった内容は、左記のとおりだ。


〈地上〉新・総一郎(=旧・満代)/新・耕大/

    新・満代/新・拓也/旧・豊/新・恵/

    久保田/桜野/塚場

〈聖域〉新・豊

〈地下〉旧・総一郎/旧・耕大/流子/

    旧・拓也/旧・恵


 総勢十五名。もともと僕には〈地上〉の九名しか認識できていなかったのに……。

「既に話したとおり、私と塚場くんを相手に〈地上〉で行われていたのは、あらかじめ大枠を決めたプロットに沿って進行する狂言だ。私にダミーの真相を推理させるため、新・総一郎は自分達で用意した〈天国と地獄の処刑人〉からの手紙を口実にして私達に依頼をし、天地邸に招致(しょうち)した。

 私に白羽の矢を立てたのは妥当だと思うよ。

 私は世間的に名の知れた探偵だ。しかも私を呼べば十中八九、塚場くんまでついて来る。善意の第三者として良い証人になるだろう。塚場くんは遺族や関係者が許可しない限りは小説を書かないと公言しているから、一部始終を世間に公表されて、それを読んだ誰かが真の真相に気付くという心配もない。

 それに私が有名なのは、若い女という点や、解決した事件が塚場くんによって小説化されるという話題性に依るところが大きい。所詮はティーンエイジャーということで、上手く手玉に取れるだろうと甘く見てもらえたんじゃないかな」

 最後の理由はどうだろう。桜野の実績が既に恐ろしいほど豪華絢爛(けんらん)なのは、少し調べれば判る。軽視できない相手であることは明らかだと思うが……。

 まあ謙遜や皮肉でなく、桜野の自己評価が世間と乖離(かいり)しているのは今に始まったことではない。彼女は自分を、シャーロック・ホームズやエルキュール・ポアロといった虚構の名探偵と比較して考えているフシがある。

「ダミーの真相における様々な無理や不整合も、既に指摘したね。しかし実際にはみんながグルとなって事件を進めていたから、それらの無理や不整合は関係ないんだ。私と塚場くんにさえバレなければ、陰でどんなことでもできる。

 たとえば事前準備の点でも、爆弾の製作や設置、裏口の小部屋づくりまで、全部みんなで協力してやっていたわけだ。当日の電話線やネット回線の切断だって全員で手分けできたし、第一の殺人である新・拓也の殺害も、もはやダミーの真相における〈処刑人〉の旧・豊じゃなくて、誰が実行したっていい。実際には久保田幸彦あたりが殺して、階段まで運んだんじゃないかな。

 ここで、この事件の真犯人をきちんと列挙しておこう。

 まず断っておくと、実際にその手で人を殺したメンバーの特定は不能だ。事件全体の指揮ということなら、きっと新・総一郎だろう。でも、ここで云う真犯人とは、事件の全体像を把握して狂言に加担していた者と定義する。

 すると真犯人は、新・総一郎と、新・耕大と、新・満代と、旧・豊と、新・恵と、久保田幸彦……以上の六名だね。要するに、最初の段階で〈地上〉にいた人達だ。

 新・拓也も大体の計画は聞かされていたはずだけど、真っ先に殺されてしまうわけだから犯人扱いには違和感がある。あくまで被害者として扱うべきだろうね」

 拓也さん……本当の彼は、どんな人物だったのだろう?

 僕らに対するあの露悪的な振る舞いが、芝居だった可能性もあるのだ。

 それだけではない。僕らの前で展開されていた一部始終が芝居だった。

 いま目の前にいる天地満代も、既に総一郎さんとして接してきた彼女ではない。

 他の人達も……僕が正しいと信じていたすべてが、虚構に変わっていく……。

「あとは、旧・豊がどんなスタンスだったのかというのは微妙な問題だ。彼は無論、自分が死ぬことになるとは思っていなかった。自殺するつもりはなかったんだ。これについては後で説明するよ。

 彼に要求されたのは、いつも客人が来たときと同じように、仮面やタイツで全身を隠した新・豊を演じること……所定のタイミングで行方をくらまし、裏口の小部屋に隠れていること……私がダミーの真相に辿り着いた際には、〈天国と地獄の処刑人〉としてそれを認めること……最後に、ガソリンを持って蔵書室に逃げ込むこと……最低限、以上の行為だね。

 もともと彼が、普段から新・豊をどんな心境で演じていたかは判らない。よって、旧・天地家を虐殺する今回の計画を、どう考えていたかも判らない。計画の目的は把握していたはずだ。そうでないと狂言に参加しても適切な芝居ができない。まあ彼がどういうつもりであれ、指示に従わなければ殺されるのは明白だ。結果、ああやって役割を(まっと)うしたことには変わりない。でも実際に旧・天地家の人達をその手で殺害していたとは、あまり思えないかな」

 桜野はそこで少し間を置いた。

 天地満代が何か補足するのを期待したのかも知れないが、彼女は口を開かない。

 桜野は話を再開する。

「みんなグルだった以上、その中での具体的な役割分担を明らかとすることに、あまり意味はない。司法上はそうもいかないから、藤井さん達は、そこまで詳しく聞き出すことになるだろうけどね」

「ああ、それはウチらの仕事だ」と藤井さん。

「お任せするよ。さて、新・拓也の殺害については話した。次からは、いよいよ入れ替えが始まる。第二の被害者は天地耕大だったね。

 まず真犯人のうち誰かが、〈地下〉で旧・耕大を殺害する。生きたまま地上に連れて行って騒がれたり逃げられたりしたら大変だから、殺害は〈地下〉で済ませただろう。毒殺とか絞殺とか、とにかく痕跡を焼いて隠せる範囲の殺害方法なら何でもいい。

 次に、その死体を〈地上〉……彼の部屋に運んで、いちおう紐やライターを使ったトリックの仕掛けをしたうえで焼いた。殺害はともかく、死体を焼いたのは第一発見者である満代さんだろう。今回の事件で彼女は一貫してアリバイを持たない。既に死んだはずの人間が〈地上〉で動き回るのはリスキーだから、死体を焼く行為はほとんど彼女の担当だった可能性が高いね。

 あとは、新・耕大が入れ替わりで〈地下〉に身を隠せばいい。これで〈地上〉の私達からは、ただ天地耕大が焼き殺されたという見え方になる」

 事実、僕にはそうとしか見えなかった。

 それだけでも充分に恐ろしい事件だったのに、その裏でそれ以上のことが行われていたなんて、思い付けるわけがない。

「この夜には〈聖域〉にいる新・豊の殺害も行われていた。これは入れ替えじゃない。単に毒入りの料理を新・恵が運ぶだけで済んだ。新・豊はきっと、〈聖域〉の外で殺人事件が起きていることも、もしかすると土砂崩れがあったことすら知らなかっただろう。〈聖域〉はカーテンが閉めきられていたからね。

 一方の旧・豊は、夜のうちに車椅子ごと裏口の小部屋に移動した。以降、彼は私がダミーの真相を推理するまで姿を見せることはない。やはり下手に動き回ることはせず、ずっと小部屋の中にいたと考えるのが自然だろう。既に新・耕大が地下に移動しているから、地下での旧・天地家の殺害は彼が実行する方が効率的だ」

 新・耕大……彼のギョロリとした両目が思い出される。

 しかし、彼のバセドウ病も、ダミーの真相のために設定された嘘なのだろうか。

 薬の副作用で嗅覚障害になる確率なんて、実際には極めて低いはずだ。

「二日目になって、次に演出されたのは久保田幸彦の殺害だね。隔週で天地邸に通っていたという彼は、秘密を知ったうえで新・天地家に協力していたんだろう。もちろん彼も死んでいない。これまで外部協力者だった彼は、この事件を通じて、いよいよ新・天地家に合流した。彼の死体と思われていたのは、旧・総一郎の死体だよ」

「え?」と僕は驚くが、すぐに思い至る。

 旧・天地家に旧・久保田なんていないのだ。

 さらに、新・天地家には新・総一郎がいるけれど、彼女は事件を表向きにも最後まで生き残るから、旧・総一郎の死体と入れ替わることはできない。

 そもそも、桜野は旧・総一郎が男性だったと話していたじゃないか。

「旧・総一郎が男性だったと私が断定できたのは、久保田幸彦と入れ替わる〈地下〉の候補者が旧・総一郎しかいないからだよ。いくら死体を燃やすとはいえ、性別の違いを誤魔化すことはできない。ただでさえ、久保田幸彦と思われた焼死体は下半身に焼け残っている箇所が多かった。

 入替殺人を計画した新・天地家の目線から云えば、彼女らは旧・天地家の構成に沿って組成されたけれど、総一郎さん同士だけ性別が異なっていたわけだ。それを旧・総一郎と久保田幸彦を対応させることで解決したんだね。

 手口は天地耕大のときと同じだ。〈地下〉で殺害した旧・総一郎の死体を〈地上〉に運んで焼く。その際に久保田幸彦は館内放送をしたね。あれは殺されたのが確かに久保田幸彦であると、私達に対して演出する意図があったんだろう。彼は放送後、私達が現場に駆け付ける前に身を潜めて〈地下〉へと移動した」

 あの死体だった。

 あれが、天地総一郎。

 数々の傑作ミステリを生み出した小説家。天地家の創始者。

 僕らは結局、死体となった彼にしか会えていなかったのだ。

「総一郎は……」

 天地満代が口を開いた。

「あたし達が殺す前に、地下で首を吊って、自殺していたそうよ。自分が死ねば、残りの家族は殺されないと考えたみたい。本当に何も理解していなかったのね。最後まで独り善がりで、愚かな男」

 その低い声に滲むのは、憎悪、怨嗟(えんさ)、憤怒、軽蔑……それらの言葉では全然足りない、積年の想いなのだろう。僕は総毛立ち、何か云いかけていた口をつぐんだ。

 ただし桜野には、それを(おもんぱか)るような様子は微塵もない。

「ついでに教えてほしいんだけど、新・耕大は旧・耕大、久保田幸彦は旧・総一郎との入れ替えで合ってるのかな? 実のところ、耕大同士の入れ替えである確証はないんだ。入れ替えの要件は名前じゃなくて体格だからね。たとえば新・耕大が旧・拓也、久保田幸彦が旧・耕大との入れ替えでもおかしくはない」

「合ってるわよ。耕大は耕大、久保田さんが総一郎で」

「そうなんだね。よく上手い具合に体格が合ったものだと思うけど、まあ近づける努力もしたんだろう。久保田幸彦が『数年前なら、吾輩も痩せていた』なんてぼやいていたところからは、この数年で旧・総一郎に合わせて増量したことが窺える。多少の身長差があっても、焼死体で、しかも立ち姿でもなければ、違和感を抱かれる惧れは少ない」

 彼女はひと呼吸おいて「次は三日目。最終日だ」と続けた。

「朝になると、新・恵と新・満代が焼き殺されていた。これも実際には二人とも死んでいなくて、夜のうちに〈地下〉へと移動したんだろう。死体はそれぞれ旧・恵と流子だ。

 旧・恵は新・恵に比べて、やや身体が小さい印象だったね。二人はおよそ一歳差だし、児童養護施設から新・恵を引き取った四年前の時点で、二人の身長が揃うかどうかを見極めることは難しい。それでも概ね近くはなったけど、他よりも死体をよく焼いていたのは体格差を誤魔化すためだ。女児の身長は十歳から十二歳で最もよく伸びるから、新・恵の年齢を考えると、入替殺人は今年あたりがリミットだっただろう」

 憶えている。

 僕はトイレであの死体を見たとき、八歳の女の子は、焼けるとこんなに小さくなってしまうのかと思ったのだ。しかしあれは、身体の小さい別の女の子だった。

 また吐き気が込み上げてきた。

「新・満代と流子が高身長同士だったことは既に説明したね。これで計画されていた入れ替えは完了だ。〈地上〉には新・総一郎、私、塚場くん、それから裏口の小部屋に隠れている旧・豊が残るだけとなった。私は潮時と判断して、ダミーの真相を推理として披露し、旧・豊を見つけ出した。

 そして最後に、その旧・豊が殺害される。

 あれは自殺じゃない。彼は自分が死ぬことになるとは思っていなかった。新・天地家の人達は彼に、協力すれば殺さないと説明していただろう。もちろん、殺すことは最初から決定していたに違いないけどね。

 では、具体的にどんな説明をしていたのか。

 さっき〈地下〉の旧・拓也の存在を知って私が納得したのは、旧・豊に対する方便に使えると思ったからさ。新・拓也は旧・拓也と入れ替えられていない。つまり〈地下〉には旧・拓也の死体が残っていた。そこで貴女たちは、旧・豊は、旧・拓也の死体と入れ替えることで死んだように思わせるという説明をしていたんだね?」

 天地満代は答えないが、桜野は構わず続ける。

「旧・豊は自殺を仄めかしてから、蔵書室に逃げ込んだ。本当に自殺するつもりなら私達の前ですればいいのにね。蔵書室に逃げ込んだのは、あそこに〈地下〉との出入口があるからだ。旧・豊は周りにガソリンを撒いた後、出入口の蓋を開けて自分は〈地下〉に逃げ込みつつ、旧・拓也の死体を蔵書室の床に置いてガソリンに火を点け、蓋を閉める……そうやって入れ替わりを果たすつもりでいた。

 でも実際には、ガソリンを撒いて出入口の蓋を開けると、其処には〈地下〉の新・耕大たちが待機していて、彼を〈地下〉には入れず、ただガソリンに火を点けて蓋を閉じたんだよ。だから私達が蔵書室に駆け付けたとき、彼は炎に包まれて暴れていた。あれは事件の真犯人たちが、ダミーの真相において事件の犯人という役割を負わせた旧・豊を始末しつつ、私達に対してはそれを犯人の自殺と思わせることで、事件の幕を下ろそうとした場面だったんだ」

 なんて恐ろしい権謀術数。血も涙もない神算鬼謀。

 桜野はそれを稚拙と云ったが、真相を明かされてもなお、僕はそう思わなかった。

 それどころか、一週間前よりも遥かに震え上がり、打ちのめされていた。

 こんな事件は、かつて聞いたことがない。

 そのとき、僕の頭の中で想起される言葉があった。

 事件二日目の夜だ。桜野が珍しく感傷的に語っていたのだ。

『簡単とか、難しいとか、そういうことではないんだよ塚場くん』

『ただ、こんなことを思い付いて実行してしまう人間がいるなんて、きっと多くの人は信じられないだろう』

『だけど此処は天地邸だ』

『その条件が揃ってしまったんだよ』

 やっと意味が判った。

 天地家という疑似家族。出生や婚姻による繋がりはない。それでいながら天地という姓を与えられ、新しい名前を持つ。素性は判らず、そもそも大半が無戸籍であり行政的に存在していない。そのうえ社会との繋がりを極力絶ち、人里離れた山奥の大屋敷で暮らしている。屋敷を建てたのは奇才の名を(ほしいまま)にするミステリ作家。その酔狂により、屋敷には秘密の地下空間が存在していた。

 どれかひとつでも欠けていたなら、成り立たなかったはずなのに。

 しかも、こんな事件を起こすことが目的だったわけじゃないのに。

 特殊に特殊を重ねていった挙句(あげく)に、

 こんな事件が、可能となってしまったのだ。

『それこそが最大の不幸だったんじゃないかな』

 僕は目を閉じた。

「旧・拓也の死体はまだ〈地下〉にあるか、屋敷の周りにでも埋めた後だろう」

 隣で桜野が話を続けている。僕は聞いていただけなのに、頭も身体も疲弊しきって、もう限界を迎えているように感じる。

「天地家は新旧どちらも無戸籍者ばかりだ。例外的に旧・耕大と新・恵、それから久保田幸彦には戸籍があったけど、素性が知れたとしても今回の事件でみんな死亡扱となる。この人……この人のことはもう偽物と云わせてもらおう……偽物の総一郎さんを除いて、天地家は社会的に存在しなくなったんだ。

 ダミーの真相を以て事件が処理されていれば、この人には伊予の殺害容疑と、〈子どもの聖域〉に人間を監禁していた罪の責任が問われる程度だった。前者は証拠が不充分だし、後者は責任の大半を天地耕大に押し付けるつもりだっただろう。私と塚場くんにも、自分は天地家の看板でしかなくて、実権を握っていたのは耕大だったなんて話していたからね。

 最後に天地総一郎名義で、天地家の偽りの歴史を世間的に決定づけ、秘密を永久に葬り去るための本を発表する。報告書のような形式で、これまでに総一郎が書いた本とは性格が異なるという見せ方をすれば、総一郎本人の文章でないことは誤魔化せる。原稿は直筆じゃなくていい。文体も簡素にする。そこで天地家の終了、ひいては小説を含めたすべての執筆活動の終了まで宣言する。

 天地総一郎という作家の権威が失墜(しっつい)したって構わない。むしろ、そこまで含めて、この人の復讐だったんじゃないのかな。この人は別に、天地総一郎に成り代わることで地位や名声を手に入れようとは考えていなかったんだ。

 あとはこの屋敷で、今はまだ〈地下〉に隠れている新・天地家の人達と静かに暮らしていく計画だった。屋敷の復旧作業が済めば、今後は外部の人間を招くこともない。旧・耕大の資産が過去数年かけて、彼の口座から別の場所に移されていることは確認した。外部の支援者だって一定は残るだろう。こんなことになってもね。それだけ天地総一郎というのは特別な存在で、十六年間に渡る活動はそれに値するものだったと私は思うよ」

 そこまで話して、桜野は口を閉ざした。

 推理を語り終えたのだ。

 あまりに遠大な背景と、途方もない犯罪。

 書斎には静寂が降りた。遠くから、土砂の撤去作業をする音や声が、わずかに聞こえるだけだった。しかし、それだけでも僕には、それが此処と外の世界、人間の社会が辛うじて繋がっていること……自分が其処に帰還できることの、頼りないけれど確かな保証みたく感じられて……そのおかげで、どうにか正気を保つことができているような気がした。

 やがて、天地満代が呟いた。

「桜野美海子……貴女に依頼するんじゃなかったわ」

 何の感情も宿っていないような声だったが、そのひと言には、すべてが集約されていた。

 依頼する相手が違っていれば、事件はあのダミーの真相で終わっていたかも知れない。彼女は彼女の望みを叶えられたかも知れないのだ。

 桜野は「そうだねぇ」と、妙に間の抜けた返事をした。

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