表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名探偵・桜野美海子と天国と地獄  作者: 凛野冥
一日目 五月二九日(水)
PR
4/48

2「天地総一郎について」

    2


 天地総一郎はデビューから今年で十六年目。その精力的な活動も相まって、作家としてのキャリアは中堅からベテランの域に達しつつある。しかし公表されている実年齢は、まだ三十三歳。この業界では、いまデビューしても若いと云われる年齢だ。

 つまり彼女は、あまりにも早熟の天才だった。

 衝撃のデビュー作『二千年、衰弱の殺人』が世に出た当時は十八歳。これに始まる〈二千年シリーズ〉を筆頭に、驚異的なスピードで作品を発表していく。現在まで通じるその作風は、本格ミステリをベースとしながらも、SFやファンタジー等の他ジャンルを横断し、それでいてどのジャンルのファンをも納得させる、新たな刺激と達成に満ちたものだ。

 若者からの支持が大きいとされているが、実際の読者層は幅広く、数々の賞を獲得していることから文壇での評価も高い。流行で終わることなく、とっくに地位を確立した作家と云ってよい。

 ただし、しばらくは年齢も性別も、その素性の一切が謎に包まれていた。

 変わり始めたのはデビュー後五年目のことだ。

 フィクションの小説しか執筆していなかった彼女が、エッセイ本『無戸籍という生き方』を刊行した。この国における戸籍制度の欠陥や実情について解説しながら、自らも無戸籍であることを打ち明ける内容だった。

 しかし最も波紋を呼んだのは、彼女が〈無戸籍という生き方〉を問題とせず、むしろ肯定したことである。

 そこでは無戸籍者が無戸籍のまま生きていくことのメリットが説かれたが、その大部分は、社会に属しないことによる真の自立という表現に集約される。要するに痛烈な社会批判の裏返しだ。行政上の様々な権利を戸籍によって担保する社会で、その権利を行使できずに大変な苦しみを味わってきた彼女は、社会への不信感、そこから進んで何か既存の枠組みに組み込まれることへの忌避(きひ)感を強く抱くようになったのだと云う。

 引き続きエンターテインメント性の高い小説を執筆する(かたわ)らで、彼女はその(しゅ)のエッセイを精力的に発表していった。年齢や生い立ちも、そのなかで徐々に開示された。そして七年目、彼女が二十四歳のときに出たのが、最も有名なエッセイ本『新しい家族のすゝめ』だ。

 ひと言で説明すれば、出生や婚姻によって形成される既存の家族像を捨て、社会のあらゆる束縛から自由な、新しい〈家族〉の在り方を提唱したものである。もっとも、そのような疑似家族の概念は、当時にしても珍しいものではない。革新的だったのは、その極めて実践的な内容と、筆者自らが実践を公けに宣言したという点だった。

 その実践の現場こそが天地家だ。

『新しい家族のすゝめ』発表の翌年。天地総一郎というのは筆名だが、この姓を持った、誰も結婚していない、血も繋がっていない、ゆえに夫婦でも親子でもない、他人同士の集団を〈家族〉と称して組成した。これは総一郎自身と、彼女のパトロンである耕大、さらには家族入りを志願する候補者の中から選ばれた少数の者達によって構成された。

 天地家に入ると、姓だけでなく、みなが新しい名前を持つ。無論、一般的には通称ということになるのだろう。構成員は無戸籍者ばかりでなく、本名が戸籍や住民票等に登録されている者もいるが、それらについて行政上の手続きがどうなっているのかは判らない。

 もうひとつ、この〈家族〉を特徴づけるのは、天地邸での共同生活だ。

 天地邸は山の斜面を切り崩して建てた大きな屋敷である。麓に下りれば田舎ながら町があるけれど、屋敷の周囲には他に人家や施設はない。斜面や森に囲まれ、いっそ外界から身を隠すようにして建っている。

 ただし、完全に隔絶されているわけでもないようだ。食糧は外部の支援者から提供されているし、電気や水道、電話線も引いている。要件はあくまで、天地家の人間が外との行き来を原則として行わないこと。自給自足とは違う。天地総一郎によれば〈新しい家族〉の実践には段階があるとの話なので、将来はそこまで目指すのかも知れないが。

 少なくとも現在は、社会生活や経済活動の放棄も完全ではない。

 たとえば天地総一郎は作家として活動を継続中だ。かつてほどの頻度ではないものの、相変わらず新機軸のミステリ作品を世に送り出し続けている。エッセイの方は七年前、天地家の人々やその生活を書いた『新しい家族の実践1』以来、続編の発表はないようだが、こちらの活動についてはその後、より実際的な方向にシフトしている。つまり、記者やファンを天地邸に招いては、彼女自らがその紹介や講演を行うようになっているのだ。

 メディアに顔写真が公開され、彼女が女性ということが知られたのも、このためである。

 過去のエッセイでも性別への直截的(ちょくせつてき)な言及はなく、筆名や作風からずっと男性とばかり思われていたので、多くの読者が衝撃を受けた。まだ記憶に新しいニュースだ。筆名を男性の名前にしたのは、性自認は女性であるものの、作家活動においてジェンダーに囚われたくなかったからだと云う。

 天地総一郎。独自のスタイルを持つミステリ作家としても、新しい時代の生き方を提唱する活動家としても、常に注目を集めてきた奇才。

 そんな彼女から桜野のもとに、三日前、ある依頼が舞い込んだ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ