3「桜野美海子の推理2」
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扉の向こうに見えるのは、桜野が推理したとおりの小部屋だ。すぐ奥は雑にモルタルを塗りつけた壁。幅は判らないけれど、そう広くないだろう。赤色の四角い缶がいくつかと、段ボール箱と、見覚えのある車椅子が置いてある。
〈処刑人〉は赤い缶をひとつ手に持ち、廊下側に一歩出てきた。
「缶の中身はガソリンだね?」と桜野が問う。それを聞いた僕は身構える。
「ご明察だけど、安心してくれていい。念のための牽制さ。君たちが俺を取り押さえようとしなければ、もう使わないよ」
彼は肩をすくめた。
一人称が〈僕〉から〈俺〉に変わっている。豊さんを装うことをやめたのだ。
しかし、その皮肉っぽい仕草や表情に、僕は深く納得する。豊さんとして振舞っていたときも、彼は仮面の下でこんな表情をしていたに違いない。
「目的の相手は全員殺した。総一郎のことは殺さない。ちょうど、最後の手紙を届けようと思っていたところなんだよ。『最も罪深い貴様は、このまま生き地獄を味わうのだ。』ってね。天地家が崩壊した世界で、死ぬまで罪を悔いてもらおうじゃないか」
総一郎さんは床に座り込んだまま、苦しそうに彼を見上げている。
彼女の罪とは何だろう?
彼女にはその心当たりがあるのだろうか?
〈処刑人〉は第一の手紙から一貫して、天地家の人々を罪人と書いている。総一郎さんは心当たりがないと僕らに話していたが、桜野は最初からそれを『きっと嘘だよ』と断定していた。疚しい秘密を隠したまま、依頼をしているのだと。
「塚場くん、これが天地家の秘密だよ」
桜野が、視線は〈処刑人〉に固定したままで話し始めた。
「天地家の人達と、それから久保田さんも、これを知っていた。すなわち、本物の豊さんは〈子どもの聖域〉に閉じ込められていること。顔を含め全身を隠して車椅子に座っている豊さんは、偽物だということ。
だけどこれを外部の人間に知られるのは、天地家における最大のタブーなんだ。
だから殺人事件が起きても、皆さんは私と塚場くんに対して隠し続けていた。隠していたって問題ないとも考えていただろう。なぜなら本物の豊さんは〈子どもの聖域〉から出られない。よって彼は〈処刑人〉ではない。その存在を知らないままでも、事件について考えることは可能だと、こういうわけだね。
まあ実際は、そんなことはないよ。
この秘密を打ち明けてくれていたら、私はもっと早く真相に辿り着けただろう。
だって歩行障害のある豊さんに一連の犯行は無理だけど、歩行障害がないなら、それがひっくり返る。偽物の豊さんは今、目の前にいる本人を見ても判るとおり、普通に立って歩けるんだ。容疑者から除外する理由がひとつ消えるんだから、大きな違いだよねぇ」
桜野の口調は、別にそれを責めている感じではない。
だが総一郎さんは「ごめんなさい……」と云う声を震わせた。
「あたしは、豊……いま其処にいる彼は、犯人じゃないと思っていたの。ついさっきまで……だから……」
「うん、判ってるよ。他の人達も同じだったはずだ」
二人のやり取りを耳に入れつつも、僕の視界は〈処刑人〉を捉えている。
彼は桜野の話を、面白そうでもなければ、退屈そうでもなく、大人しく聞いている。中身はガソリンだと云う赤い缶を片手に提げたまま、壁に背中を凭れて、その視線が注がれている先は桜野だ。
不審な動きがあれば、僕がすぐに取り押さえなければ……。
「その一方で、皆さんは当然ながら、二日目の朝以降、偽物の豊さんがどこに行ったのかと疑問に思っていただろう。犯人じゃないかと疑っていたわけじゃない。行方不明になっても、それで彼が〈処刑人〉ということにはならないからね。殺されてしまった可能性を考えていたのも本当だと思うよ。屋敷中を捜索しても発見できないことの不思議さだって、彼が本物か偽物かには関係ないことだ。
やがて〈子どもの聖域〉で本物の豊さんの死体が発見されても、皆さんにとって、偽物の豊さんが行方不明となっている状況には変わりがない。
だけど、そのうち満代さんは、偽物の豊さんが〈処刑人〉で、身を潜めながら犯行を重ねているんじゃないかと疑うようになった。だから昨晩、満代さんは私達に対して『早く見つけてください』『この屋敷のどこかに、必ず隠れている』という云い方をしたんだ。
総一郎さんもさっき……恵ちゃんと満代さんが殺されてしまったことで、ようやくそれを疑い始めた。いくら不可解な点があろうとも、自分を除いて、容疑者はもう偽物の豊さんしか残っていない。それで『犯人がどこにいるのか教えて頂戴』と云ったんだね。
昨晩の満代さんにしても、さっきの総一郎さんにしても、その時点になると、もはや誰が〈処刑人〉なのかは問題じゃない。〈処刑人〉は偽物の豊さんであって、問題はその隠れ場所だったというわけだ」
「でも美海子ちゃん……あたしにはまだ判らないの。彼にはアリバイがあったでしょう?」
総一郎さんの云うとおりだ。僕もそれが気になり始めているところだった。
もちろん桜野は織り込み済みらしく「そうだね」と頷く。
「まず拓也さんが殺害されたときには、総一郎さんと彼は蔵書室にいた。土砂崩れによる揺れが起きてからは二人で玄関に行って、耕大さんの館内放送による呼び掛けを聞いた後には書斎で私達と合流したけど、〈処刑人〉が犯行に及んだのは蔵書室にいたときだ。
これは簡単だよ。総一郎さんも後から疑っただろう。
彼の歩行障害は本物の豊さんを装った演技だから、実際には高い位置の本を取るために総一郎さんが付き添う必要はない。あれは私と塚場くん向けのブラフだった。豊さんが偽物と見破られるわけにいかない貴女たちは、きっと普段から客人に対して、特に必要じゃなくても、色んなことを〈豊さんの歩行障害〉に結び付けて説明する癖がついているんじゃないかな。
それに、私達にこの説明をしたときには、まだ拓也さんの死体が発見される前だった。死体が発見されて、これがアリバイに関係するとなっても、どうして蔵書室にいた理由を偽ったのか詮索されたくない貴女は後から訂正ができなかった。
とはいえ二人で蔵書室に行ったこと自体は嘘じゃないだろう。すると実際には、単純に二人一緒に本を選びに行ったに過ぎない。そして貴女たちは、蔵書室の中では別々の列で本を選んでいたんでしょ?」
総一郎さんは「ええ」と肯定した。
何だ、そんなことか……。
僕はそう思うと同時に、そんなことに気付けなかったのが悔しくなった。
「蔵書室には背の高い本棚がいくつも並んでいる。途中で片方がこっそりと部屋を抜け出していても判らない。
それに、久保田さんと拓也さんのインターホンでのやり取りを、総一郎さんは蔵書室で聞いたと話していたよね。屋敷にやって来た久保田さんを、拓也さんが迎えに行こうとするやり取りだ。一方で、これは満代さんに確認したことだけど、いつも久保田さんのことは恵ちゃんが率先して迎えに行っているんでしょ?
すると何が起こるか。久保田さんを迎えに行った拓也さんは恵ちゃんとバッティングする。そして拓也さんの性格からして、案内は恵ちゃんに譲って、彼はひとりになるだろうことが容易に想定される。
だから〈処刑人〉はこれをチャンスと考えて、総一郎さんに気付かれないよう蔵書室を抜け出した。拓也さんは玄関付近でひとりになるだろうから、見つけるのは容易い。実際にどの地点で見つけたのかはともかく、〈処刑人〉は彼を階段で殺害し、また蔵書室に戻ったというわけだよ。
そして間もなく遠隔操作で爆弾を起動して、土砂崩れを起こした。電話線やネット回線の切断も、これより前のタイミングで済ませていたか、あるいは効率的に行う手筈を整えていて、拓也さんを殺害したついでに実行したんだろうね」
そこで〈処刑人〉が喉を鳴らした。声なき笑いのようだった。
「俺がどんなに苦労したことでも、言葉にされると一瞬だね」
「ごめんね」と答える桜野は、まったく動じていない。彼女はこれまで何十人もの殺人犯と相対してきたのだ。
しかし、僕だってその場に何度も居合わせてきたけれど、この〈処刑人〉には他の殺人犯にはない底知れなさを感じる。自らの犯罪が暴かれていく最中だと云うのに、この落ち着きはどういうわけだろう……?
「貴女の云うとおり」と総一郎さんが口を開く。「あたしも、拓也の殺害については彼を少し疑ったのが本音よ。だけど次に耕大が殺されたとき、やっぱり彼に犯行は無理だと思ったの。あのときには美海子ちゃんと壮太くんも一緒にいたでしょう?」
そうだった。
あのとき、耕大さんが燃えていると、満代さんの館内放送によって知らされた。そのずっと前から、僕と桜野は総一郎さんの書斎で彼女から無戸籍問題について説明を受けていて、〈処刑人〉である彼も同席していたのだ。
「耕大さんはバセドウ病だったんだよね?」
桜野は、ここでその問いを発した。
総一郎さんは少し戸惑いつつも「そうだけど……」と認める。
「それが、何か関係あるのかしら?」
「バセドウ病の治療薬には、一般に抗甲状腺薬が使用される。これはホルモンを合成する甲状腺の機能を抑える薬だけど、副作用のひとつに嗅覚障害が報告されているみたいだね。もしかして耕大さんは、においを正しく感じ取ることができなくなっていたんじゃない?」
「ええ、たしかに。久保田さんが他の薬も薦めてくれたんだけど、それもあまり合わなくて……結局、最近はまた抗甲状腺薬に戻していたの。においが判らなくなっても病気の症状に比べればマシだって、耕大は話していたわ」
「やっぱりね。『俺は料理ができない』と云っていたのも、もしかしてそのせいかな?」
「そうよ。においが判らないうちは難しいし、何より危ないから……でも美海子ちゃん、それがどうしたのよ」
「だからさ、マットレスの底にガソリンが染み込ませてあっても、耕大さんはにおいで気付くことができなかったということだよ」
「……そういうこと?」
さすが総一郎さんは、桜野が云わんとしていることを理解したらしい。
少し遅れて、僕も思い至る。気付けば口が動いていた。
「罠を仕掛けてあったのか! その場にいなくても、耕大さんを焼き殺せるように!」
「そうだよ。ライターと紐と、あとは紙テープでも使った簡単な罠だろうね。ガソリンを染み込ませたマットレスの底に、ライターをテープで固定して、引っ張れば着火するように紐を掛ける。紐はたとえばベッドのヘッドボードを経由させて、ベッドに誰かが寝転がったら体重で紐が引っ張られるようにする。ライターが着火すれば、ガソリンは揮発性が高いから一瞬で炎に包まれる。もちろん普通ならガソリンのにおいで気付くけど、薬の副作用で一時的な嗅覚障害に陥っていた耕大さんが相手だからこそ成立した罠だ。紐とテープは焼失するから痕跡は残らない」
理解した。
それであれば、耕大さんが実際に焼死した際、誰がどこにいようとも関係ない。耕大さんが風呂に入っている間にでも、彼の部屋に入って罠を仕掛けておけばよいのだ。
〈処刑人〉のアリバイは崩れた。
「拓也さんと耕大さん、二人の殺害でそれぞれアリバイを偽装した〈処刑人〉は、二日目の朝に行方をくらませた。もっと自由に犯行を重ねていくためだ。生存者が少なくなっていくなかでアリバイを崩されたり、ボロを出したりすれば、その時点で身柄を拘束される惧れもあるからね。
無論、彼は犯行時を除いて、その小部屋の中に潜んでいた。彼が中にいるときには、つっかえ棒か何か重い物を置いているから、外開きの扉は開かない。行方不明後の捜索時に扉が開かなかったのはそのためだ。あとは一日目にも屋敷の中を確認して回ったね。私と塚場くんは二階の担当で、一階を担当した人達がこの扉を開けようとしたかは判らないけど、いずれにせよ問題ない。屋敷に私と塚場くんがいる以上、彼は歩行障害を装っているから、屋敷の確認には参加せず、ひとりで自室にいた。そう云っておきながら、実は小部屋の中に潜んで、扉が開かないようにしていたんだ。
一度試して開かなければ、また試そうとはしない。土砂で塞がれているなら、此処が一階ということもあって、時間経過でそれが変わるとは思われないからね。これで、不在時に扉を開けられて小部屋の存在が露見するリスクは極めて低くなる」
まさに、いつだか久保田さんが云っていた、盲点である。
隈なく捜索しても見つからない。しかも〈子どもの聖域〉という特殊な区画があるせいで、そちらにばかり焦点が当たっていた。
「行方をくらませて以降の〈処刑人〉は、もう歩行障害を装う必要はない。屋敷の中を自由に移動し、陰から私達の様子を窺って、時に待ち伏せも使いながら、ひとりずつ殺害していった。久保田さん、満代さん、恵ちゃん……ああ、それ以前に、忘れてはいけない。本物の豊さんを殺していたね」
僕はまだ混乱しているらしく、云われて気付いた。
〈処刑人〉は偽物の豊さんであって、死んだと思われていた豊さんが実は生きていたのとは違う。本物の豊さんは確かに死んでいたのだ。
「どうやって殺したんだ? その……〈処刑人〉の豊さんだって、〈子どもの聖域〉には入れないだろ? なのに、その中にいた本物の豊さんを……」
「本物の豊さんは毒殺された。〈処刑人〉が〈聖域〉に入る必要はないよ。運ばれる料理に毒物を混入させるだけで済む。そうと知らずに料理を運んだのは、もちろん恵ちゃんだ。他に〈聖域〉へ出入りできる人間はいないんだからね。これは彼女が普段からやっている仕事だよ」
「だけど、土砂崩れが起きて以降、総一郎さん達は恵ちゃんを〈聖域〉に入れないようにしていただろ?」
「それも私と塚場くん向けのブラフだったんだ。私達の見ているなかで彼女が〈聖域〉に入って、何か、本物の豊さんが閉じ込められていることを勘付かれるようなボロを出しては大変だからね」
ああ……そういうことか。
この事件には、〈処刑人〉による犯行だけではない。天地家の人々が、彼女らの抱える秘密を桜野と僕に悟らせまいとした詐術も絡んでいる。
道理で混乱するわけだ……。
「毒の混入は、おそらく一日目の夕食だろう。豊さんの死亡が私と塚場くんに対しても開示されたのは二日目の夕方だけど、そのときの死後硬直の状態から逆算すると、だいたい一日目の夜あたりが妥当になる。
私達は夕食を終えると順番にお風呂を使ったね。私と塚場くんはお風呂を済ませると、次の満代さんと恵ちゃんにそれを伝えに行った。すると二人は部屋にいなくて、ちょうど廊下の先から歩いてくるところだった。あれは私と塚場くんがお風呂のうちに、〈聖域〉の豊さんに夕食を運んだ帰りだったんじゃないかな。
きっとこの時点ではまだ、豊さんは死んでいなかった。運ばれた夕食を食べた彼は、その後、夜のうちに〈聖域〉で死亡した。倒れていた位置からして、毒に苦しみながら、外に助けを求めようと抜け穴の近くまで這っているうちに絶命したんだろう。
助けを求めると云っても、おそらく声は出せなかったはずだ。私と塚場くん向けの映像に撮られた彼は口を塞がれていなかったけど、きっと普段は、来客に存在を知られることがないよう猿轡か何か嵌められているだろうからね。手足の拘束は、まあ不要かな。自力で立ち上がれない彼では、窓を開けられるかすら怪しい。開けられたところで、飛び降りて脱走なんてできない」
それでは――いや、そうじゃなくても、本当に監禁だ。
天地家の秘密。なぜ彼女達は、そんなことをしていたのだろう?
「次に恵ちゃんが〈聖域〉の豊さんに食事を運んだのは、きっと二日目の昼食だ。みんなで屋敷を隈なく捜索した後、満代さんがスクランブルエッグとか、海老とアボカドのサラダをつくってくれたね。
食事が終わると、総一郎さんが私と塚場くんに声を掛けて隣の居間に誘導した。あれは総一郎さんが私達を足止めしている間に、恵ちゃん、満代さん、久保田さんの三人で豊さんに食事を運びに行くためだったんだよ。私の提案で抜け穴をチェストで塞いでしまっただろう? だからそれを動かせるよう、久保田さんも一緒に行く必要があった。
でも恵ちゃんは〈聖域〉で、豊さんの死体を発見する。
猿轡が外されたのもこのときだろう。死亡を確かめたんだ。
総一郎さんと私達が居間で話していると、久保田さんが来て、総一郎さんを連れて行ったよね。あのとき云っていた個別の相談というのは、本物の豊さんが死んでいたことの報告と、今後の取扱いの相談だったんだよ。三人で来ると怪しいから、久保田さんひとりで来たんだろう。
結論、豊さんの死については、私と塚場くんに教えない方針となったみたいだね。五体満足のまま豊さんが〈聖域〉で死んでいたとなれば、豊さんが本物と偽物の二人いることを推理されてしまうかも知れない。天地家は、それだけは絶対に避けないといけない」
「ごめんなさい……」と、総一郎さんは再び謝った。
彼女からすれば、謝ることしかできないだろう。
床の上に座り込んで、背中を丸めて、ただでさえ小柄な彼女が、さらに小さくなってしまったように見える。
「でも」と僕は口を挟んだ。「結局、恵ちゃんが〈聖域〉に入ると云って、本物の豊さんの死は僕らも知ることになったじゃないか」
「あれは恵ちゃんの勝手な行動だろうね。私達がいる場で、さらに満代さんまで同調したせいで、総一郎さんも仕方なく認めたという様子だった。苦渋の決断だったはずだよ」
桜野の視線を受けて、総一郎さんは首肯する。
「満代さんは、このとき既に偽物の豊さんを疑い始めていた。私達が見ている前で恵ちゃんが〈聖域〉に入ることで、もう天地家の秘密が露見しても構わないと考えたんだろう。むしろそのことによって、私達が偽物の豊さんを疑い、隠れ場所を突き止めることを期待したんだ。自分の口からそれを云うことは、最後までしなかったけどね。
恵ちゃんは、彼女なりに事件をどうにかしたいと考えたのかな。
久保田さん殺害前後の行動について、満代さんと恵ちゃんの証言が食い違っていたけど、これも恵ちゃんの方が嘘を吐いていたんだと思うよ。おそらく彼女は、満代さんが犯人だと疑っていた。満代さんは一度もアリバイが成立していない点で判りやすい容疑者だ。だから満代さんをひとりにして様子を見た。すると久保田さんが殺害された。恵ちゃんは疑いをさらに強めて、みんなの疑いが改めて満代さんに向くよう嘘の証言までしたんだろう。そう考えれば、彼女の不可解な行動には説明がつく。
だけど私達の前で〈聖域〉に入ると云い出したのは、もっと別の理由かも知れないね。いわば反抗心だよ。満代さんと同じで、自分の口からは告発しない。それは天地家における最大のタブーだ。でも間接的に天地家の秘密が知られるように動いた結果が、あれなんじゃないかな」
本物の豊さんの監禁。
タブーという意識は共通しつつも、少なくとも一部の〈家族〉には、間違ったことをしている自覚もあったということだろうか。
「本当に、あの壁がつくられた四年前から、ずっと人を閉じ込めていたんですか? 毎日、恵ちゃんが食事を届けるようにしながら……」
僕は総一郎さんに訊ねたが、先に桜野が「いや」と否定した。
「四年間ずっと閉じ込めていたのはそうだろう。でも四年前と云うと恵ちゃんは四歳だ。不可能ではないけど、四歳の女の子ひとりに豊さんの世話を任せていたとは思えない」
「じゃあ……どうしていたんだ?」
「最初の二年は、恵ちゃんと一緒に〈聖域〉に入れる人間がいた。家政婦の伊予さんだよ」
「あっ」
小人症の伊予は、現在の恵ちゃんと同じくらいの体格だったという話だ。
「動物のお世話」と、続けて桜野は云う。「恵ちゃんは、伊予さんと一緒に動物のお世話をしていたと云ったよね。裏庭に現れるリスに餌付けすることをお世話とは表現しないよ。動物というのは本物の豊さんのことだろう。彼女は四歳で此処に来てからずっと、豊さんの世話をそういう性質のものと教え込まれていたんだ」
この時こそ、僕の中で、
輝かしき天地家のイメージが、確信と共に崩壊した。
だから罪人なのだ、この家の人達は…………。




