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名探偵・桜野美海子と天国と地獄  作者: 凛野冥
三日目 五月三一日(金)
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37/48

2「桜野美海子の推理1」

    2


 桜野が、総一郎さんと僕を導きやって来たのは、一階の裏口だった。

 その扉の前で立ち止まり、彼女は口を開いた。

「犯人……〈天国と地獄の処刑人〉は、此処にいる」

 総一郎さんも僕も、上手くリアクションできなかった。

 言葉の意味が判らなかったのだ。

「此処って、裏口の、外ということか?」

「そうだよ」

 裏口の外には本来、裏庭があるという話だが……。

「でも、この扉は土砂で埋まっていて開かないだろ?」

「開けてごらんよ」

 そう云われて、僕は半信半疑でドアノブを握った。だが押しても引いても、やはり微動だにしない。施錠されているのではない。外に通じる扉なのだから、錠は内側にあって、外側から掛けられるものではない。

「開かないぞ」

「だけど、それが土砂で埋まっているせいかは判らないよね? だって扉なんだから。他の窓と違って、扉の向こう側の景色は見えていないんだよ?」

「それはそうだけど……」

 僕は振り返って、数歩さがった位置に立っている総一郎さんを見る。

「この扉を開けたら、すぐに外なんですよね?」

「ええ、そうよ。裏庭に出るの……」

 困惑する僕らと対照的に、桜野は微笑を崩さない。僕は視線で、早く説明してくれと訴える。もう勿体(もったい)ぶらなくてもいいじゃないか。

「判らない? 犯人を今後は〈処刑人〉と呼ぶことにするけど、土砂崩れは〈処刑人〉が意図的に起こしたものなんだよ? だから〈処刑人〉は、あらかじめ自分の隠れ場所を用意しておくことができた。遅かれ早かれ屋敷の中は隈なく捜索されることが判っている。それなら隠れ場所は屋敷の外につくればいい。つまり、裏口の外に小さな部屋をつくったんだよ。そして自分がその部屋にいて、つっかえ棒か、何か重い物でも使って扉が開かないようにしていれば、屋敷の中にいる人達は、土砂で塞がれているせいだと解釈するでしょ?」

 他愛ないとばかりに説明する桜野。

 理屈は判るが、僕はまだ納得しきれない。

「小さな部屋をつくるって……そんな簡単にできることなのか?」

「できると思うよ。石造りなのか煉瓦(れんが)造りなのかは判らないけど、仮に石だとして、石を重ねてモルタルやコンクリートで接合する作業は、何日前から進めておいてもいい。台車か何かを使って運べる範囲で、そういう壁や天井の部品をつくっておく。作業は深夜、裏庭にあると云う物置小屋の裏あたりでやればいいだろう。部品は森の中に隠しておく。あとは土砂崩れを起こす前日の深夜に、それらの部品を裏口まで運んで、壁や天井となるように組み立て、最終的な接合をすれば小部屋の完成だ。モルタルにしろコンクリートにしろ、土砂崩れを起こす時刻までには、土砂に耐えられる程度に硬化する」

 話を聞きながら、僕は扉から離れる。

 この向こう側に、本当にそんな小部屋があるのか?

 其処に〈処刑人〉が身を潜め、僕と同じように桜野の話を聞いているのか?

「裏口は」と、総一郎さんが云う。「出ると、すぐ右側は壁になっているわ。建物が出っ張ってるの。だから西側の壁と、南側の壁と、それから天井……その三方向だけ遮蔽すれば小部屋はつくれる。たしかに、土砂が被さっても耐えられるかも知れない……」

 天地邸のシルエットは単なる直方体ではない。近代的な意匠が凝らされたものだ。右側、すなわち北側が建物の壁なら、土砂が崩れてくる方向は既にガードできていることになる。

 可能性が、徐々に現実味を帯びてくる。

「何にせよ、私達の捜索から逃れられる隠れ場所は、此処しか残っていないんだよ。繰り返すけど、屋敷の中に隠れておけないなら、屋敷の外に隠れるしかない。でも屋敷は土砂で埋まっている。当然ながら、屋敷の中で連続殺人を行うために、隠れ場所は屋敷の中に出入りできることも条件だ。すると窓か扉のすぐ外側に小部屋をつくるしかない。窓は屋敷の中から外側を目視されるから、玄関か裏口の扉に絞られる。あとは土砂崩れを起こす前に発見される危険性から、玄関が除外される。私と塚場くんが屋敷に来たときにも、玄関にそんなものはなかった」

 その論法に、僕はシャーロック・ホームズの有名な言葉を思い出した。

 曰く、すべての可能性を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる。

「〈処刑人〉がこの方法に勝算を見出して、現に成功した以上、裏口は普段ほとんど使われていないんだろう。外に出るなら玄関を使う。もし発見されてしまっても、発見者を口封じに殺せばいいと考えていただろうね。どうせ家族はみんな殺害するつもりだったんだから」

 さて、と桜野は云って、問題の扉へと身体を向けた。

「〈処刑人〉にお願いなんだけど、扉を開けて、こっちに出てきてくれないかなぁ」

 緊張が高まる。

 果たして、桜野の推理は当たっているのだろうか。

 反応がないので、彼女は追加で呼び掛ける。

「出てきてくれないなら、こっち側から扉を塞ぐよ。そして救助が来るまで閉じ込める。救助隊には、連続殺人犯として身柄を引き渡すことになるけど?」

 その直後、

 ドアノブが下がった。

 ああ、本当だった。

 呆気なく、

 扉が開いて、

 僕は息を呑んだ。

 其処には――豊さんが立っていた。

 白い狐の仮面に、暗い紺色をした縦縞模様の浴衣。

 さらには黒い覆面、黒いタイツ、黒い手袋によって、肌の露出している箇所が一切ない。

 いや違う。少し遅れて、思考が認識を訂正する。

 豊さんではない。豊さんは〈子どもの聖域〉で死んでいた。それに目の前の人物は自らの足で立っている。車椅子に座っていない。

 豊さんの格好をした別の人物だ。

 久保田さんは殺される直前、館内放送で、犯人を豊さんと呼び、次に否定した。彼がこの人物の姿を見たなら、そういう言動になるのも頷ける。

 では、この人は誰だ?

「久しぶりだね、豊さん」と、桜野は云った。

 目の前の人物を指して、豊さんと呼んだ。

 そうじゃないだろうと僕は思い、思っていると、正体不明の〈処刑人〉は自らの仮面に手を掛け、躊躇なく取り去った。それから黒い覆面を掴んで引き上げ、これも床に捨てた。

 晒された素顔は、僕のまったく知らない男性だった。

 やはり豊さんではない。火傷痕がないのだ。肌が病的に白く、頬も少しこけている。その他は、何とも形容のし難い、平凡な顔立ちである。〈子どもの聖域〉で死亡していると思われた豊さんが実は生きていた、なんて展開ではない。別人だ。

 じゃあ誰なんだ!

 依然(いぜん)として正体不明の相手は、覆面のせいで潰れていた髪を、両手でゆっくりと掻き回す。そうやって満足するまで整えた後、やっと薄い唇を開いた。

「俺のことを、誰かが教えたわけでもないだろうに。名探偵の呼び声は伊達(だて)じゃないね、桜野さん」

 僕は瞠目(どうもく)した。

 その声は、僕の知っている豊さんの声だった。

 少し高めで幼い印象の声。

「え? 豊さん?」と問い掛けてしまった僕に、桜野が答える。

「そうだよ。私達が此処に来てからずっと接してきた豊さんだ。つまり、豊さんは最初から偽物に入れ替わっていたことになる」

「偽物?」

「うん。本物の豊さんは〈子どもの聖域〉にいた。四年前、あの壁がつくられたときに閉じ込められて以来、ずっとそのままね。だから抜け穴を通ってなんていないんだよ。五体満足のままで、あれを通り抜けられるわけがないでしょ?」

 今度は絶句した。何と云ったらよいのか――そんなことを考えるために割ける思考の余力がなかった。ただ、これまで拡散するばかりだった数々の可能性、数々の要素が、一気に収束を始める予感――その圧倒的な実感の到来に打ちのめされた。

 桜野は、豊さんの偽物に云う。

「だから、もう貴方を豊さんと呼ぶことはやめにするよ。やっぱり〈処刑人〉と呼ぼう。天国と地獄の処刑人。それで構わないよね?」

 すると〈処刑人〉は笑った。

 顔全体をくしゃりと歪める、奇妙な笑顔だった。

「そうだね。自分で名乗った名前なんだから、そう呼ばれることに不満はないよ」

 僕の隣で、総一郎さんが言葉もなく、床に崩れた。

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 美海子さんの推理スタートを前にして(すでに一部は解いていますが)気持ちの高揚が止まらず、感想を書かせていただきます。 『これまで拡散するばかりだった数々の可能性、数々の要素が、一気に収束を始める予…
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