◆天地総一郎の手記(三)
二年前、伊予が亡くなったと判った時には心が痛みました。
元は彼女も天地家の一員となることを志願する応募者の一人でした。然し私は、始まりとなる家族は私と耕大を除き、応募者から三人、それも余程のことがない限りは無戸籍者から選ぶことを決めておりました。
世の中には様々な事情を持つ人達がいます。私の提唱する新しい家族も、無戸籍者同士が協力し合うだけでなく、もっと普遍的な在り方として普及させたいものに相違ありません。但し、その出発に於いては矢張り、無戸籍という点に拘りがありました。それが私自身のルーツであった為です。又そうやって基準を設けなければ、私の予想を遥かに上回り殺到した応募者の中から、恣意的に人を選ぶこと等、出来そうにありませんでした。
そして選んだのが流子、満代、豊です。
伊予も、小人症というハンデから、実に厳しい境遇で生きてきた人でした。私は彼女に対してもこの上なく親身な情を抱きました。然し彼女は無戸籍ではありません。応募者には他にも無戸籍者がいましたが、凡てが未知数な中で天地家を成立させるには、家族は五人が限度と考えていました。結局、他の応募者と同じく、天地家は伊予の家族入りをお断りいたしました。
すると伊予は云いました。
「総一郎様、違うのです。わたくしの目的は、自身が救われることでは御座いません。天地家という新たな試みに、少しでも貢献することなのです。それこそが、悩める多くの人々を救うこととなり、最後には自身の幸福にも繋がるということを、わたくしはよく理解しているので御座います。天地家が家族入りを志願する全員を受け入れること等、出来る訳がありません。然し天地家が成功すれば、人々はこれに倣い、それぞれに新しい家族を築くことが出来ます。旧い価値観に囚われることなく、自ずから必要な居場所をつくり、支え合えるようになる筈です。家族でなくて構いません。どうかわたくしを、天地家の家政婦として雇ってください。わたくしは高校を卒業後、今日まで家政婦として幾つかの名家を渡り、生活費を稼いでまいりました。仕事の勝手は判っているつもりでおります」
彼女の申出を、私は承諾しました。
彼女が語った内容は、私が目指す姿とも一致していました。
さらには、元より天地家は、少なくとも当面の間は自分達だけで生活を完結させることが出来ません。屋敷の外にも多数の支援者がいます。そして伊予には、屋敷の中の支援者になって貰おうと、そう考え直したのです。
この判断が正しかったのか、私は今でも判らないでおります。
天地家を組成した翌年に『新しい家族の実践1』を発表しました。家族の紹介、生活の模様、それを通して判ったことや今後の課題等を書いた本ですが、世間の人々から受けた批判の中には、家政婦を雇っている点に対するものが少なくありませんでした。
「婚姻や出生による繋がりを持たない天地家において、家族と家政婦はどう違うのか」
「分ける必要があるのか」
「結局、立場の弱い者から搾取する構図ではないのか」
「新しい家族の思想や目的に反し、不徹底なのではないか」
伊予が小人症であることは書きませんでした。それは問題の本質ではない筈です。然し、もし書いていたなら、批判はさらに大きかったでしょう。
天地家を組成して以降、私は多くの思想的葛藤に苦しめられました。伊予の件もその一つです。尤も、伊予当人に世間の批判を気に留めている様子はありませんでした。彼女は不平不満すら一度も漏らすことなく、本当によく働いてくれました。
彼女が小柄な身体で屋敷中を忙しく駆け回っている姿を思い出すと、視界が滲みます。
皆が彼女を好いていました。彼女がいたから、私達の生活は成り立っていました。家政婦という役割ではあっても、彼女は立派な家族の一員だったのだと思います。嗚呼、早く彼女を家族として正式に迎えるべきでした。そう私が宣言するだけで良かった筈です。
無論、今となっては、どのみち結末は変わりません。
私は皆を裏切りました。凡てはその所為です。
伊予は誤って足を滑らせたのではないでしょう。きっと■■が殺したのです。あれが■■による第一の殺人だったのです。何故、私達より二年も先行して、まず伊予が標的とされたのか。それは判りません。私には判らないことばかりです。
豊は今頃、どうしているのでしょうか。




