2「完璧な捜索の結果」
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僕らは皆で固まって、屋敷の中を隈なく確認して回った。
殺人犯と相見える場合を想定し、桜野と恵ちゃん以外は武器を持った。そして、どの部屋に入るにも久保田さんと僕が先陣を切るようにした。
ただし武器と云ってもゴルフクラブだ。ゴルフは耕大さんの昔の趣味だったらしい。天地家が組成されて以降は一度もやる機会がなかったそうだけれど、道具一式は玄関近くの倉庫室に仕舞ってあった。久保田さんと僕がドライバー、総一郎さんがアイアン、満代さんがパターを持った。
武器用の武器ではないが、いざとなれば充分に戦えるだろう。満代さんも「重いですねえ。ゴルフって、こんな凶器を振り回すんですかあ」と云って凶器呼ばわりしていた。実際、桜野が過去に解決した事件でも、ゴルフクラブで人を殴殺した犯人がいた。
桜野と僕が一階を網羅的に回るのは、これが初めてだった。昨日、拓也さんの死体が発見された後に耕大さんと一緒に確認して回ったのは二階である。しかし今となっては特筆すべき部屋もなかった。ランニングマシンやチェストプレス等の設備が置かれた立派なトレーニング室に少し驚いた程度だ。
玄関と裏口を除いて、扉はすべて開けられた。施錠されていて入れない部屋はなかった。何かプライベートな理由から、桜野と僕が立入を遠慮させられるような局面もなかった。
今回の捜索では、ひとつでも見落としがあっては意味がない。
人が隠れられる隙間はもちろん、あらゆる箇所が徹底的に調べられた。たとえば複数段の引き出しに分かれているチェストも、中身をくり抜けば隠れ場所になり得る。さらに云えば、死体ならバラバラにしたり、無理に折り曲げることで、生きている人間では入れない隙間にも隠しておけるだろう。これは豊さんが既に殺害されている場合を考慮して桜野が指摘した。土砂が流れ込んでいる部屋については、土砂まで掘り返して調べた。
相手が鼠であっても、見落とすことはないだろう捜索の仕方だったと思う。
すれ違いとなるのを避ける目的から、全員で部屋に入ることはせず、常に廊下にも人がいるようにした。どの箇所もひとりだけが確認して終わるということはなく、必ず複数人が確認するようにした。特に桜野はすべての箇所を自分の目で確認していたし、自分が部屋に入っている間は僕を廊下に立たせた。探偵として、他の人達を例外なく信用しないスタンスをとったのだ。共犯者が混じっていた場合、犯人や豊さんをわざと見逃すことも考えられるためである。
そうやって、考え得る限り完璧な捜索をおこなった結果、
僕ら以外の誰かも、豊さんも、その他に何か不審な点も、
何も発見されることがなかった。
一階を回って、二階を回って、まったく成果のないまま最後に僕らが行き着いたのは、二階の南西部に位置する〈子どもの聖域〉だ。三メートルの厚みがあると云う不自然なコンクリートの壁と、その下部に縦・横三十センチ程度のブリキ缶を嵌めることによってつくられた抜け穴。これを通った先にある領域だけが、まだ誰にも確認されていない。
通り抜けられるのは恵ちゃんだけだ。
試してみたけれど、僕はどう頑張っても入口のところで肩がつっかえてしまう。桜野も無理だった。肩を丸めれば入ることは入るのだが、自力で進むことができない。他の人が押し込もうとしても、抜け穴は途中でほぼ直角にカーブしており、そこで詰まってしまう。恵ちゃんの次に小柄な総一郎さんも、桜野と変わらなかった。
昨日と同様、恵ちゃんひとりでこの中を調べに行かせることは、総一郎さんと満代さんが拒否した。
「でも、あと見ていないのは此処だけですよ」
僕はそう云ったが、余計な発言だった。そんなことは全員が承知している。そのうえで、八歳の女の子を危険――かどうかも定かでない、大人の庇護下から外れた領域に送り込むことはできないという判断なのだ。
もとは『子どもの冒険と秘密を叶える』というコンセプトで用意された領域だけれど、それも建前である。普段は其処に特段の危険が潜んでいないことを知っているからこそ、その範囲内で冒険が許されているに過ぎない。土砂崩れと連続殺人は、そんな前提を変えてしまった。
「だが、どういうことになるのだろうな?」
久保田さんが問いを発した。抜け穴を通れるわけがない体型の彼は皆の後ろで、杖のようについたゴルフクラブに両手を乗せて立っている。本人は「数年前なら、吾輩も痩せていたんだがなァ」とぼやいていたけれど。
「吾輩たち以外の何者かはともかく、豊は必ず屋敷の中にいるはずなのだ。そして残ったのが〈子どもの聖域〉だけならば、その中に豊はいることになる。しかし豊とて、その抜け穴は通れんはずだろう?」
「そうね」と総一郎さんが頷く。「あたしが無理なんだから、豊にも無理よ。それでも豊がこの中にいるとすれば……もう生きてはいないことになる。さっき美海子ちゃんが挙げた可能性だけど……」
恵ちゃんを気にしてか、総一郎さんはその先を続けなかった。云わんとしたことは判る。
死体であれば、通り抜けられるサイズに解体すればいいのだ。
「だがなァ……死んだ豊が自分でその中に入ることはできん。誰かが中に運んだことになる。すると、やはり吾輩たち以外に何者かが潜んでいて、そいつの身体が恵くらい小さいというわけかね?」
考えていくと、そういうことになる。
僕ら以外の何者か……その正体は子どもか、子どものように身体の小さな大人か。
あるいは――僕はその可能性に思い至った。
声が洩れそうになるのを咄嗟に抑えた。
……恵ちゃんが、バラバラになった豊さんの死体を中に運んだのか?
僕はすぐ横に立っている彼女を見下ろす。頬に手を当てて、抜け穴の入口を見ながら考え込んでいる様子だ。年端もいかない少女。不安げな表情……これが芝居だなんてあり得るだろうか? それとも、自分の犯行が看破されないかが不安なのだろうか?
この子が豊さんを殺して、死体を解体して……いや、それは別の人間かも知れない。彼女はただ、死体を隠すのを手伝ったのだとしたら……。
「捜索に見落としがあったのかしら?」
総一郎さんが呟いた。だが彼女自身、それを信じていないように見える。
「そうは思えんが、まあ盲点というのはあるからなァ……」
「広い屋敷ですからねえ」と云う満代さんの顔も苦しそうだ。
皆が解釈に困っているなか、抜け穴の前にしゃがみ込んでいる桜野が「ラジコンとかドローンとか、操縦して中の様子を探れるものはある?」と訊ねた。しかし総一郎さんも満代さんも、心当たりはないらしい。
すると桜野は立ち上がって、皆に振り向いた。
「じゃあ、抜け穴をこちらから塞ごうか」
これは名案と思われた。そうすれば〈子どもの聖域〉に誰かが潜んでいても、こちら側に出てきてこれ以上の犯行を重ねることができなくなる。
早速、近くの部屋から久保田さんと僕の二人がかりで大きなチェストを運んできて、抜け穴を塞ぐようにして置いた。狭い抜け穴の中からこれを押しのけるなんて無理だろう。
しかし、場の空気は相変わらず冴えないままだった。
きっと皆、これで危険が去ったと確信できないでいるのだ。僕も先ほどの思い付きから、ずっと頭の中を色んな考えがぐるぐると巡っている。
豊さんの死体を〈子どもの聖域〉に運んだのが恵ちゃんなら、犯人まで其処に潜んでいると考える必要はない。恵ちゃんを協力させている殺人犯が、こちら側……つまり総一郎さん、満代さん、久保田さんの中にいるのかも知れない。恵ちゃんの単独犯という可能性もないわけではないし……僕らの捜索に何か思いもよらない見落としがあったなら、また前提も変わってくる。満代さんが云ったとおり、この屋敷は広すぎる。通路が変に入り組んで、迷路のようにもなっている。隈なく捜索したつもりでも、絶対かと問われれば首を縦に振れない。これじゃあ状況は捜索前と変わらないじゃないか。
『考えれば考えるほど、推理が拡散していく感じだ』
昨晩、僕は桜野にそう云った。深く考えずに発した言葉だったけれど、この事件を上手く云い表している気がする。
果たして、推理は収斂されるのだろうか?




