17「眠りに就く前に」
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桜野と僕は、僕らに貸し与えられている部屋に戻った。
扉の裏に置いた紙屑の位置は、今回も変わっていなかった。僕は物陰やクローゼットの中も見て回って、部屋に誰も潜んでいないし、何か不審な点もないことを確かめた。当然、扉も内側から施錠した。
桜野はベッドで『雷雨と相合傘』の続きに取り掛かる。
「寝ないのか?」
「もう少しで読み終わるんだ」
僕はソファーで眠ることにした。ただでさえ寝不足なのだ。いい加減、身体が睡眠を所望している。身体を横たえた途端、一日分以上の疲労感が湧き出した。
まぶたを閉じたら、たちまち泥のように眠る予感がある。
ただ、その前にひとつだけ――読書の邪魔もしたくなかったけれど、僕は桜野に問い掛けた。どうせ大した回答は望めないと判りつつも、問い掛けずにはいられなかった。
「実際のところ、どうなんだ? 今回の事件……」
「漠然とした質問だねぇ」
桜野は少し笑った。
「塚場くんはどう思ってるの?」
「僕はお手上げだよ。どう考えたらいいか判らない」
僕らの中に犯人がいるとしたら、拓也さんの殺害でも耕大さんの殺害でも、共にアリバイがないのは満代さんだけだ。彼女はそれぞれの第一発見者でもある。しかし彼女は自らが犯人だとは認めていない。普通に考えれば、彼女が犯人だと思うのだが……。
豊さんの提唱した耕大さん犯人説もある。拓也さん殺害時のアリバイについては、豊さんは、耕大さんと一緒にいた桜野と僕に見落としがあったんじゃないかと云っていた。なかったはずだけれど……その一方で、他の人々も含め、アリバイは互いの証言によるものである。犯人が複数人で、アリバイを偽証し合っている可能性もあるのだ。
さらには僕ら以外の何者かが潜んでいる可能性……これは皆で屋敷を捜索して回れば、答えを確かめられるだろうか?
「考えれば考えるほど、推理が拡散していく感じだ。何だろう。推理の中心となるべき手掛かりがないような気がする」
「手掛かりは既に沢山あるよ。揃ってはいないと思うけど」
桜野は文庫本から視線を上げて、どこか部屋の隅の方を見た。
「いま気になるのは、どうしてこの犯人は、こんなに稚拙なんだろうってことだよ」
「稚拙?」
「たとえば第二の手紙には業火という言葉が使われていたけど、これは本来なら仏教の言葉だ。でも仏教に天国はない。極楽浄土だからね。〈天国と地獄の処刑人〉を名乗りながら業火という言葉を使うあたり、こだわりが感じられないよね?」
「え……そんなこと?」
別にどうだっていいのではないだろうか。
「塚場くんは気にならない? 統一感に欠けている点は他にもある。『罪人は業火に焼かれなければならない』と書いておきながら、拓也さんは焼かれなかった。彼は罪人じゃなかったのかな?」
「そこまで考えて書かれていないんじゃないかと思うけど……」
「だから、そこまで考えて書かれていない理由を、私は気にしているんだよ」
「それは……」
駄目だ。まるで禅問答のように感じる。
僕は強烈な睡魔に襲われて、まぶたを閉じた。




