14「天地家の女たち」
14
食後は順番に風呂に入ることになった。まずは客人である桜野と僕が勧められて、お言葉に甘えることにした。一緒に入るわけじゃない。片方が風呂場にいる間、もう片方は手前の脱衣所を出た廊下にいる。いわば見張り番だ。殺人犯に対する用心である。
桜野は後からが良いと云うので、僕が先に入った。
風呂は広かった。洗い場に二人、浴槽に三人は余裕で収まりそうだ。大理石でできた浴槽は、正面に大きな窓があって開閉も可能みたいだから露天風呂になるのだろう。あいにくと今は久保田さんが表現していた〈地中の体験ツアー〉でしかないが……南向きの窓なので割れなかったのは幸いだった。
浴槽に湯を張ることはせず、シャワーで済ませた。冷える季節でもない。屋敷の中は冷房や暖房を使わずとも概ね適温だ。そもそも室外機が土砂に埋まった状態なので冷暖房は使えない。すぐに運転が停止してしまうだろう。
桜野はちゃんと湯に浸かったらしい。自前の淡いブルーの寝間着に着替えて廊下に出てきた彼女は、頬がほんのりと赤くなっていた。
「温泉が湧いてたら最高だったのにね。でもそうすると温泉地として開発されちゃって、こんなふうにポツンと一軒家を建てるわけにいかないかぁ」
「やっぱり、周りに人のいない環境で暮らすことが目的のひとつなんだよな?」
「そういう話だね。だからわざわざ、山の斜面を切り崩して土地を用意した。そして最初の二年間くらいは、お客さんを招くこともなかった」
客人を招くようになったのは、あくまで広報活動という位置づけなのだろうか。いや、広報と云うより啓蒙か。総一郎さんは〈新しい家族〉の在り方を試行しながら、世の中に広めていこうともしているのだ。
「本音では今も、外の人間とは極力関わりたくないのかな。実際に会って話してみた印象だと、誰も人間嫌いという感じはしないけど」
「たまに来る程度のお客さんだから、心の余裕が持てるのかも知れないよ。普通の町の暮らしに放り込んだらみんな発狂するタイプなのかも」
「なるほど。そういうこともあるか」
雑談を交わしつつ、僕らは二階へと向かう。その途中で拓也さんが殺された階段を通る。死体は耕大さんと久保田さんによって拓也さんの部屋に運ばれたけれど、現場保存の観点から血痕は拭かれていない。踏まないように注意する。
僕らの次は、満代さんと恵ちゃんが風呂場を使う順番と決めてあった。なので自分らの部屋に戻る前に、二人に風呂が空いたことを報せないといけない。
立ち寄るのは恵ちゃんの部屋である。
これは〈子どもの聖域〉とは違う。〈子どもの聖域〉は、総一郎さんの表現を借りれば『子どもの冒険と秘密を叶える領域』であって、それとは別に、誰でも立ち入れる場所に私室がある。満代さんの部屋には土砂が流れ込んでしまったため、満代さんも当面、恵ちゃんの部屋に身を寄せることになっている。恵ちゃんの部屋は屋敷の外周に面しておらず、窓がないため室内も無事で済んだのだ。
場所は、拓也さんの死体が発見されたあと、耕大さん、桜野、僕で二階を確認して回ったときに教えられたきりだった。桜野のおかげでスムーズに辿り着けたが、僕ひとりでは少し迷ったかも知れない。天地邸は一階も二階も、廊下が微妙に入り組んでいる。単純な回廊や格子状ではない。特に二階は部屋数が多くて、廊下の景色がどこも似ているため、僕にはちょっとした迷路みたく感じられる。
『めぐみのへや』
と、扉には恵ちゃん直筆らしいプレートが貼られている。ノックしたが反応はない。呼び掛けてみても同様だ。
「不在みたいだな。後でまた来るか」
「館内放送を使ってみたら?」
その手があったか。使い方は教わっていないけれど、おそらく直感的に操作可能だろう。
そう思って近くの壁に機器を探していると、廊下の先から満代さんと恵ちゃんの二人が歩いてきた。僕は「お風呂ありがとうございました。空きましたので次どうぞ」と伝える。満代さんが「はあい」と緩く、恵ちゃんが「はーい!」と元気に応えた。
改めて見ると、すごい身長差だ。長身の満代さんと、子どもの恵ちゃん……。
天地家には総一郎さん、満代さん、恵ちゃんと、三名の女性ないしは女子がいる。総一郎さんは主に豊さんの介助を担っているとの話だから、いつも恵ちゃんの相手をしているのは満代さんなのだろうと僕は想像した。
桜野と僕は、僕らに割り当てられた部屋に帰った。
「うん。誰も入らなかったみたいだね」
小さく開けた扉から身体を滑り込ませた桜野は、扉の裏を見てそう云った。
扉は内側にスライド式の錠があって施錠できるが、外側からは開錠も施錠もできない。よって不在の間に何者かが部屋に入る可能性がある。それを検知するために桜野は、部屋を出るとき床に小さく丸めた紙屑を置いていた。その位置が変わっていなかったようだ。扉は内開きなので、普通に開ければ扉に押されて紙屑の位置が変わるはずである。
「でも注意深い人なら紙屑に気付きそうだな。そうしたら意図を察して、元あっただろう位置に戻すんじゃないか?」
「もちろん。そんなに利口な相手は他の痕跡も残さない。その場合、部屋の侵入有無を検知することは諦めるよ」
「それでいいのか?」
「現状ではね。本当に必要になったら、部屋中に小麦粉でも撒くさ」
たしかに、そこまでやれば侵入の痕跡は必ず残るが。
桜野はベッドの上に寝転がって『雷雨と相合傘』を読み始めた。会話は打ち切りだ。
僕は自分のボストンバッグから一冊のノートを取り出し、化粧台の上で開き、椅子に座る。書き物をするには此処が良さそうだ。このノートには、今日あった出来事、判った事柄、皆の発言の数々を思い出せるだけ記録している。後に小説化できるよう、桜野と共に何か事件に関わっているときには必ず行う作業である。
この事件も、もし許可が下りたなら小説に書くことになるだろう。
しかし、それには桜野が事件を解決し、僕らが生還しなければならない。
僕にとって桜野の能力は疑い得ないが、今回は状況が特殊だ。なにせクローズド・サークルと化した惨劇の舞台に、僕ら自身も囚われてしまっている。
これは頭脳だけで太刀打ちできる事件なのか?
いざと云うとき、格闘経験なんて皆無の僕が自分達の身を守れるものか、自信はまったくない。耕大さんが云ったように、これ以上の殺人が続かなければ良いのだけれど……。




