13「問題児の事情」
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夕食はチキンのトマト煮だった。カブと生ハムのマリネ、オニオンスープ、ライスも付いている。白で統一された食器に、シルバーのカトラリー、テーブルクロスが敷かれた長卓、その中央に置かれた花瓶、背の高い椅子……食堂の広さも相まって、まるでレストランに来たかのような心地がする。料理の盛りつけや味にも、家庭的な不格好さや特徴がなく、プロ意識みたいなものが感じられた。
美味しいのだが、どこか奇妙な感覚だ。
状況が状況だから、そのせいかも知れない。
天井に埋め込まれた照明から降り注ぐ柔らかな明かりも、今は陰鬱とした印象を際立たせている。長卓を取り囲むのは、食堂の出入口から見て右側に、奥から耕大さん、満代さん、恵ちゃん、左側に久保田さん、桜野、僕だ。豊さんは自室で夕食を摂ることになった。食事中は仮面を外すしかないが、それを僕らに見せたくないのだろう。彼に総一郎さんも付き添っているので、二人の姿はない。それでも此処には六人の人間がいるのに、みんな口数は少なく、俯きがちな者が多かった。
天地家の人々からすれば〈家族〉が死んだのだ。
さらには彼らにとって世界のすべてとも云える屋敷が地中に没し、その閉塞感と、いつ救助が来るか判らない不安、そして正体不明の殺人犯に対する恐怖、もしかするとそれが身内の者かも知れないという猜疑までが混ぜこぜとなった感情は、僕にはとても想像しきれない混沌である。
「もう誰も……殺されないんじゃないかな」
しばらく会話が途絶えていたところで、耕大さんがそう云った。彼は食欲が湧かないのか、あるいは普段からそういう食習慣なのか、ライスを抜いている。
「いつの間にか、犯人の狙いは俺達全員という話になっているが……さっき思い出したんだ。拓也の遺体が見つかったとき、豊が云っていたよね。犯人は拓也に関しては特別な恨みがあったから、拓也だけ直接殺したんじゃないかと」
「云っとったな」と、久保田さんが相槌を打つ。
「うん。そう考えると腑に落ちるんだ。桜野さんと塚場さんは知らないだろうが、拓也は色んな方面から恨まれていたからね」
「へえ。どうして?」
桜野はマリネを口に運ぶ手を止めないまま訊ねた。
「拓也には多額の借金があったんだよ。それも自らがギャンブルとか……少し非合法な薬物に嵌ってつくった借金だ。あいつはヤクザや半グレから狙われるようになって、それで此処に逃げてきたんだ。家族と……久保田さん以外には絶対に秘密だったがね」
たしかに僕らが知る由もない話だったけれど、あまり意外ではなかった。拓也さんの外見や態度から受けた印象とギャップがない。むしろ不思議なのは、
「じゃあ、皆さんは拓也さんを匿ってあげていたということですか?」
「結果的にはそうだが、拓也はそういう事情をはじめ俺達に隠していた。純粋に総一郎の思想に感銘を受けたと云って、家族入りを志願してきたんだ。拓也も無戸籍者だった」
「しかし今になってみれば、それも本当だったか判らんな」と久保田さん。
「いや、たぶんそれは本当だ。無戸籍で銀行口座もないから、差し押さえがないのを良いことに好き勝手やってきた……なんて自慢げに語っていたからね。云うまでもないが、そんな開き直りの放蕩は総一郎の思想とはまったく違う。つくづく困った奴だったよ……」
「拓也さんを狙っていた人達は、此処にも押し掛けてくることがあったんですか?」
「なかった。拓也が此処にいることは知られてなかったんだろう。どれも拓也が家族になってから、一ヶ月ほど経ったころに、拓也自身が語った話だよ。これは自分にとって寺に出家するみたいなものだとか抜かしていたが……本音では、ただの隠れ家だったに違いない。ほとぼりが冷めたら出ていくつもりだったんだ。まあ、それはいい」
耕大さんはギョロリとした目で一同を見回す。
「拓也を殺したのは、あいつを追っていたヤクザや半グレじゃないのか? 半年かかって、あいつが此処にいることを突き止めたというわけだ」
……あまり切れ味の鋭い新説とは云えなかった。
最初に反応したのは恵ちゃんで、それも「ヤクザや半グレって何?」という単純な疑問である。隣の満代さんが「おっかない人達ですよお」と雑な説明で答え、そのまま、耕大さんとは対照的に糸のように細く開いただけの両目を彼に向ける。
「だけど拓也を殺すことだけが目的だったなら、どうして土砂崩れを起こして、私達のことを閉じ込めたんですかあ?」
「時間稼ぎか……拓也を匿っていた俺達に対する嫌がらせかも知れない。さいあく屋敷が潰れて俺達が死んでも良かったんじゃないか? そういう反社会的勢力なら、爆弾を持っていてもおかしくない」
「そんなあ。酷い巻き添えですよお」
満代さんが嘆く一方で、久保田さんが「はっはっは!」と快活に笑った。
「耕大、それではヤクザと云うよりテロ組織だな。それも極めて急進的だぞ。拓也が身を寄せているのが此処だと判ったなら、普通はまず交渉から入るんじゃないかね? 無論、交渉という名の強請りだ。お前さんの資産で借金を建て替えろという話になる。それをせずに拓也を殺して天地邸を埋めたって、向こうにとっては一銭の得にも――」
「こんな状況は普通じゃない!」
耕大さんが机を叩いた。恵ちゃんが「きゃあ!」と叫ぶ。耕大さんは構わず椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がると、身を乗り出して一同に訴える。
「みんな、どうしてそんな理屈っぽく考えようとするんだ! 桜野さんだけじゃない。みんな自分が探偵にでもなったつもりみたいに俺には見える! そんなことをしてる場合じゃないだろう? 現実はそんな――何でもかんでもロジックで動いてないんだよ! これが経済理論なら判る。企業や投資家は利益を追求するし、それが長期的になるほど大数の法則が働くからね。だが個人の――それも犯罪行為なんて、そもそも割に合うわけがない愚行だ! 整合性なんかない! 小説とは違うんだよ! 現実を冷静に見れているのは俺の方だ。みんな――何かこの特別な状況に熱狂して、下手な芝居でもしているみたいだ。難しく考えすぎている。これじゃあ救助が来るまで心がもたない!」
「落ち着け! 耕大!」
久保田さんも席を立った。耕大さんの方へと足早にテーブルを迂回していく。
「お前さんの主張はよく判った。吾輩が悪かったな。大きい声を出すんじゃない」
「そんな――同情が欲しいんじゃない。久保田さん、俺は!」
「此処には恵もおる。桜野探偵や塚場氏もな。そう興奮していたら伝わるもんも伝わらんぞ。とにかく居間に行こう。もう食っただろう。吾輩が話を聞く」
本職だけあって医者らしい立ち回りが板についている久保田さんが、耕大さんの肩に手を置いて移動するように促す。
耕大さんは、この短い間に顔が汗だくになっている。肩で息をしているし、目が飛び出そうなほど開いている。彼はまだ何か云いかけたが、久保田さんが「ほら行こう」と重ねて促すので、何やらうめき声を上げるだけで、ゆっくりと歩き出した。
二人が食堂を出ていくと、僕は椅子の上で脱力した。知らないうちに緊張していたらしい。斜め前に座っている満代さんが、両手を合わせて首を横に傾ける。
「気にしないでくださいね。耕大は時々ああなるんですよお」
「ああ……そうなんですね」
桜野を見ると、彼女はちょうどマリネを食べ終えて、満代さんとは違う意味で両手を合わせたところだった。重い空気に似合わず「ごちそうさまぁ」と云う。
満代さんと桜野は独特の緩い喋り方が共通している。しかし満代さんは語尾が上がるのに対して、桜野は下がるわけではないが全体的に平坦だ。それが性格の違いだな……と、僕も僕で妙に呑気なことを思った。




