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名探偵・桜野美海子と天国と地獄  作者: 凛野冥
一日目 五月二九日(水)
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13/48

11「考察する人々」

    11


 総一郎さんは、先ほどの議論を踏まえ、まず簡単に整理を述べた。

「拓也が殺された以上、当然だけど、殺した人間がいるということよ。その犯人は大きく三通りに分けられる。①犯人は外部の人間で、尚且つ屋敷の中にいないケース……②犯人は外部の人間で、尚且つ屋敷の中にいるケース……③犯人が内部の人間というケース……この三通りね」

 ここで云う〈外部〉と〈内部〉は、この屋敷にいることが不自然でない者達――天地総一郎、耕大、満代、豊、恵、久保田幸彦、桜野美海子、塚場壮太の八名――が〈内部〉であり、それ以外は〈外部〉だ。したがって〈外部〉の人間だが屋敷の中にいるという②のケースが存在し得る。

「救助と同様、最悪のケースを想定するという考え方に則れば、①のケースは既に脅威が去っているから、検討の俎上(そじょう)()せなくてよいと云えるわ。あたし達が外に出られないのと同様に、外からも中には入れないんだから」

 なるほど。そういう除外の仕方があるのかと僕は感心しかけたが、

「その考え方はまずくないかな」

 豊さんだ。火傷痕を覆うための黒タイツと手袋と仮面。狐面の奥にある目は正面からでないと見ることができないので、いま僕の視点からは彼の生身で露出している部分がまったくない。起伏に欠ける喋り方も相まって、そういう造り物のように映る。

「真相が①の場合、②や③……特に③を疑って僕らの家族としての結束が崩れでもしたら、それが犯人の狙いということもあり得るよ。僕らを閉鎖空間に閉じ込めて、信頼関係に修復不可能な亀裂を生じさせる。犯人は実際には拓也を殺すだけで、天地家を破壊することができるというわけだ」

「はっはっは! そいつは奇策だな!」

 久保田さんの笑い声は虚しい響き方をした。

 豊さんが示した考えは、きっと天地家の人々にとっては恐ろしく深刻なのだろう。この特殊な〈家族〉は婚姻や親子関係によっては結び付いていない。互いの信頼こそが何よりも重要であるはずだ。

 桜野に対して、耕大さんがあれほど強く〈家族の中に犯人がいるなんてあり得ない〉と主張した理由が判った気がする。

「でも豊、真相が①であると断定できる理由もないでしょう? なら②と③を警戒しないわけにもいかないわね。犯人が屋敷の中にいるなら、美海子ちゃんが云うとおり、これが連続殺人事件となる惧れがあるんだから」

「②と③なんて云っても、結局は③じゃないか。僕は参加してないけど、みんなで屋敷の中を見て回って、僕ら以外の人間は潜んでなかっただろう?」

 車椅子の豊さんは自室で待機していた。単独行動は禁物だが、内側から施錠できる部屋にいるなら危険は少ない。そして他のメンバーは二手に分かれ、主に一階を総一郎さん、満代さん、恵ちゃん、久保田さん、二階を耕大さん、桜野、僕で確認して回ったのだ。

「だが虱潰(しらみつぶ)しにしたってわけじゃないからなあ」

 耕大さんが気まずそうに顎をさすった。

「誰かが潜んでないか探したと云うよりは、我々が脱出できる箇所がないか確認しただけなんだ」

「だけど僕らがその気になって探せば必ず見つかる。屋敷は土の中に埋まってるんだ。普段この屋敷で生活していない外部の人間が、僕らを相手に、この閉ざされた屋敷でかくれんぼに挑戦すると思う?」

「うーん……おかしいことかい、それは」

「おかしいよ。どうしたって僕らの方が大人数なんだから、見つかって袋叩きに遭うのがオチだ。相手が格闘技の達人か、マシンガンでも所持していたら別だけど、それなら最初から隠れなくていい。断言するよ。虱潰しにしたって、この屋敷には僕らしかいない」

 彼の口調は、次第に熱を帯びていく。

「すると③を疑うことになる。だけど僕は、僕らの家族が拓也を殺すなんてあり得ないと思ってる。久保田さんだってそうだ。ずっとお世話になっていて、僕にとっては家族の一員みたいなものだよ。桜野さんと塚場さんには動機がないし、耕大がアリバイを保証できるんでしょ? ②でも③でもないなら、消去法で①と断定できるじゃないか」

「いやあ……ちょっと俺には難しいな……」

 耕大さんは助けを求めるように、横目でギョロリと総一郎さんを見た。

〈家族〉の創始者たる彼女は、悲痛そうに目を閉じながら頷く。

「ありがとう、豊。気持ちはよく判ったわ。此処にいるのがあたし達の家族だけだったなら、あたしも貴方に同意したでしょう。でも貴方が述べた②の除外理由は論理だけど、③の除外理由は願望よ。お客さん達に、あたし達の願望を押し付けることはできないわ。③についても、論理によって除外できることを願いつつ、フェアに検討しましょう」

 噛んで含めるような云い方だった。

 豊さんの返事はない。仮面の下でどんな表情をしているのだろう。

 そこで、いかにもおずおずという態度をアピールしながら、苦笑いを浮かべた久保田さんが右手を挙げた。

「無神経に聞こえるかも知れんがね、お客の吾輩から発言させてもらうぞ。実は③については考えとったんだ。結果、どうも云いづらいんだが、答えは出とるんだよ。③なら犯人はひとりしかあり得ん」

「えっ?」と声を洩らす耕大さん。驚きを露わにしたのは彼と僕の二人だけだった。

 僕らの中に犯人がいるとすれば、ひとりだけ……?

 いつの間にそこまで絞られたのだろう?

「アリバイだよ」と云って、久保田さんは続ける。「犯人を除けば、生きている拓也と最後に会ったのは吾輩と恵だ。ちょうど四時だった。満代が拓也の遺体を見つけて、総一郎の書斎に駆け込んできたのが四時四十分だったな。この間、吾輩は少なくとも恵とはずっと一緒にいた。吾輩と恵に拓也を殺すことはできん。さっきの話では、耕大と桜野探偵と塚場氏も、同じようにアリバイを保証し合っとるのだろう? それから総一郎と豊も、二人で蔵書室に行ったのは四時前のことなんじゃないかね?」

「ええ。久保田さんと拓也のインターホンでのやり取りを、あたしと豊は蔵書室で聞いたから間違いないわ。その後もみんなと合流するまで、あたしと豊は一緒にいた」

「やはりな。するとアリバイを持たないのは満代だけになる。満代はひとりで拓也の遺体を発見したのだから当然だな。自分で殺しておきながら、第一発見者として吾輩らに凶事を報せたというわけだよ」

 本当だ。

 あまりにも呆気ない消去法で、容疑者が満代さんひとりに限定されている。

 僕は桜野を見遣(みや)った。これじゃあ探偵の出る幕がない。彼女は黙って唇を撫でているが、それでいいのだろうか。

「俺達は拓也と別れた後、真っすぐ満代の部屋に行った……」

 耕大さんが、記憶を探るように目を閉じながら呟いている。

「満代は部屋にいて、土砂崩れが起きるまで一緒にいたが……俺達は南側の窓を調べに行って、そのとき満代はついて来なかったんだ。自分の部屋に土砂が流れ込んで大変なことになっていたから……」

「犯行はその後ということだな。土砂崩れが起きたときに満代がお前さん達といたことは、さっき桜野探偵が云ったように、爆弾が時限式だったり遠隔操作だったりするならアリバイにならん。そして拓也が殺されたのは、土砂崩れの前とも後とも決まっとらんのだ。土砂崩れ後の混乱を利用して犯行に及んだが、まさか自分以外の全員にアリバイが成立しているとは思わなかった、と云ったところか」

「いや……しかし! 満代がどうして拓也を!」

 耕大さんの声と、扉の開く音が重なった。

 そちらに視線を向けると、真っ蒼な顔をした満代さんが立っていた。既視感を覚えるのは、彼女が拓也さんの死を報せたときとまるで同じ光景だからだろう。

「私、やってませんっ!」

 下手な弦楽器のような裏返った声だった。僕らの会話が聞こえていたらしい。

「皆さん卑劣ですよお! 私が部屋にいないのを良いことに、全部、私に押し付けようとしているだけじゃないですか。いつもそうですよねえ? 都合の悪いことは私に!」

「いやいやいや、勘違いするな満代」

 久保田さんが慌てて腰を浮かせる。

「そんなつもりはなかったのだ。単なる仮説の検討だよ。机上(きじょう)の空論と云ってもいいな。アリバイだけに着目すると、こういう結論になってしまうという――」

「私じゃありません! 私じゃありません!」

「吾輩だってお前さんを本気で疑ってるわけじゃない。お前さんとも長い付き合いだからな。家族を殺したり、爆弾をつくって土砂崩れを起こしたり……そんな犯人像はお前さんには当て嵌まらん。それを云ったら、此処にいる誰にも当て嵌まらんが……」

 満代さんはエプロンドレスを両手で握り締めながら、久保田さんを見ている。睨んでいるつもりかも知れないが、彼女は常に目が糸のように細いので判らない。笑っているときと同じような目なのだ。

 その後ろから、恵ちゃんも居間に姿を現した。彼女は困ったように眉を八の字にして、僕らの方へと近づいてくる。その方向の先に座っているのは桜野だ。

「探偵のお姉さんは、犯人が判るんじゃないの?」

 不満の表明でも皮肉でもなく、純粋に助けを求めるような問いだった。久保田さんも矛先(ほこさき)が逸れたことを幸いとばかりに「そうだ。桜野探偵はどう考える?」と重ねた。

 しかし桜野の返事はあまり明快なものじゃなかった。

「まだ犯人は判らないかなぁ。断定できるだけの手掛かりが揃ってないよ。だけど満代さんが特別疑わしいとは思わないね」

「それはどうしてかしら?」

 総一郎さんが首を傾げた。

「美海子ちゃんは③のケース……犯人があたし達の中にいると考えているのよね? すると久保田さんが云うとおり、アリバイがないのは満代だけになってしまうけど?」

「でも満代さんは死体の第一発見者だからねぇ」

「それがどうしたの? 第一発見者が犯人というケースは珍しくないでしょう?」

「今回に関しては考えにくいよ。だって満代さんが犯人なら、彼女はアリバイ工作をしていないんだから、死体の発見をなるべく遅らせて、容疑者――つまり自分以外にアリバイが成立しない人間を増やしたいと考えるはずだ」

「ああ……そういうこと」

「二階から一階に下りる階段はひとつだけじゃないんだから、拓也さんを殺害した現場を通らずに総一郎さんの書斎に来たと主張することは可能だよね。律儀に第一発見者になってあげる必要がないと思うよぉ」

 桜野のその理論は、しかし僕にはいまいち納得できなかった。犯人の考えがそこまで及んでいなかったり、単純にミスしてしまったりということもあるんじゃないだろうか?

「よく判んない!」

 恵ちゃんは、今度は不満そうに唇を尖らせた。続けて「豊はどう思う?」と訊ねる。

 桜野の次に頼る先が彼というのは、もしかすると普段がそうなのかも知れない。なるほど彼は利口そうだし、それに十歳以上は離れているけれど〈家族〉の中では恵ちゃんと最も歳が近いのだ。

「満代が犯人じゃないなら、他の人達にはアリバイがある以上、やっぱり③の可能性が消えるだけだよ。②の除外理由が論理的であることは総一郎もさっき認めてくれたし、何度も云うけど残るのは①だ。犯人は外部の人間で、尚且つ屋敷の中にいない」

「どうも話が行ったり来たりするなあ……」

 耕大さんが頭を掻いた。僕も同じ気持ちである。

「検討とはそういうものだろう。話を聞いていて、吾輩も①じゃないかという考えに傾いてきたぞ。しかし、外部の人間がそう簡単にこの屋敷に忍び込めるものかね?」

「どこかの窓が開いていないと難しいでしょうね。でも誰も在室していないのに、窓を開けっぱなしにすることなんてあるかしら?」

 総一郎さんの疑問には、豊さんが「窓が開いている必要はないよ」と答える。

「窓を割って入ればいいんだ。どうせ土砂崩れを起こすつもりなんだから、特に北向きの窓なら、土砂崩れによって割れたのか、それ以前に割られていたのか区別できなくなる。この屋敷の防音性なら、すぐ近くにいないと窓が割れても気付かないだろう」

 本当に頭がよく回る人だ。先ほどから見ていると総一郎さん以上である。僕としてはあまり面白くないけれど、桜野の出番が食われている感すらある。探偵に向いているんじゃないだろうか……?

 そこで桜野から天地家の人々に対して質問が飛んだ。

「外部の人間が犯人なら、思い付く容疑者はいるの? こんな派手な犯行の動機がある点からも、屋敷の内部で拓也さんを殺害している点からも、皆さんとある程度以上の関係があって、此処にも訪れたことがある人だと思うけど」

 一同は顔を見合わせた。すぐに思い付く相手がいるようなら、既に名前が出ていそうなものである。それも今更でなく、脅迫の手紙が届いた時点で。

 誰も答えようとしないなか、耕大さんが歯切れ悪く話し始める。

「此処に来たことがある人と云うと、結構いるね。でも記者の人達とか、ファンの人達とか……とにかく、俺達の生活について説明するために、俺達が募集して、それで来たような人達だからなあ。特定の誰かと密接に関わるようなことはないし、強い恨みを持たれる憶えはないんだが……強いて云うなら、天地家に加わりたいと志願して、俺達がそれを断った人達だろうか? 過去には、何度も応募してくる人もいたことだし……」

流子(りゅうこ)じゃないんですかあ?」

 そう云ったのは満代さんだ。それと同時に僕の視界の中で、総一郎さん、耕大さん、豊さんの三人がハッとしたように彼女の方を振り向いた。

「天地流子さん……最初期から家族にいたけど、六年前に抜けた人だよね?」

 桜野の問いに、満代さんが「そうですう」と肯定で答える。

「流子さんには、貴女たちを恨むような理由があるの?」

「恨んでいるかは判らないですけどお、流子は私達のことを嫌って家族を抜けましたから」

「家族を抜けた後にも関わりはあった?」

「ありませんよ。今どこで何をしているのかも、私達は判りません。でも私達をこんな目に遭わせている犯人がいるなら、私なんかより、流子の方がよっぽど怪しいと思いますけどねえ!」

 苛立(いらだ)ちをぶつけるように云う満代さんだが、その主張がただの思い付きではない、彼女にとっては真実味のある内容だということが窺える、毅然(きぜん)とした態度がそこにはあった。

 久保田さんが「流子かァ……」と呟いて、それきり誰も喋らなくなってしまった。

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