10「救助の望みは」
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一同は居間に集まり、改めて話し合うことになった。ただし、恵ちゃんには付き添いの満代さんと一緒に、隣の食堂で待機してもらっている。大声を出せば互いに聞こえる。
「こちらから救助を呼ぶ手立てはないけど」
総一郎さんが口火を切った。車椅子の豊さんを除いて、あとの全員は『く』の字形に置かれたソファーに腰掛けている。
「外の誰かが気付いて、救助を呼んでもらえる可能性はないかしら?」
「いいや、俺もそう思うんだよ」と耕大さん。「森と斜面に囲まれたこの屋敷は上空からでないと見えないが、北の斜面は別だ。麓の町とか周りの山からでも、場所によっては見える。これが大きく崩れていたら、誰かしら気付いてくれるんじゃないかな」
しかし久保田さんが「そいつは判らんぞ」と異論を挟む。
「麓の町なんて限界集落みたいな有り様だろう?」
「限界集落は云い過ぎだ。鉄道だって通っているんだから」
「まあな。だが誰も気付かなくたって吾輩は驚かん。麓の連中からしたら、この裏の斜面なんてシンボルでも何でもない。どうせよく見えんのだ。元から土砂が露出していたし、少しばかり形が変わっていても気に留めないと思うが、どうかね?」
「でも爆発音がしたはずだろう? それで気付いてくれそうなものだが」
これには総一郎さんがかぶりを振った。
「蔵書室にいたあたしと豊は、爆発音にも気付かなかったわ。もちろんこの屋敷は防音性が高いけど……麓の方まで響いたかは怪しいわね。夜ならともかく、日中は生活音に紛れてしまう程度だったかも知れない」
彼女はひと呼吸おいて、さらに続ける。
「見て気付くかは、土砂崩れの規模にも依るわね。屋敷は完全に埋まっているけど、地形が大きく変わるような規模というイメージは持ってないわ」
「そりゃ間違いない」
久保田さんが総一郎さんを指差した。
「地形が変わるレベルの土砂崩れなら、この屋敷も傾くか、転がり落ちとるはずだからな。規模としては、きれいにこの屋敷に土を被せた程度かも知れんぞ」
「だったら窓から土を屋敷の中にできるだけ掻き入れたら、外に通じるなんてことは……」
耕大さんのアイデアには、しかし誰も反応を示さなかった。
試したって良い気もするけれど、それ以上に危険な予感や、徒労に終わる予感の方が強い。積極的に試すというより、最終手段という位置づけになりそうだ。
会話が途切れたので、僕は気になったことを訊ねてみる。
「近くを通った人が気付くことはないのでしょうか?」
「それが、この近くに道はないんだよ。屋敷に通じる道だけで」
「そうですか……」
たしかに天地邸に至る道路は私道であり、公道との分岐点は随分と手前だった。公道と云っても険しい山道で、他に走っている車はほとんど見なかった。
総一郎さんが咳払いをした。それが仕切り直す場合の癖らしい。
「外の様子が判らない以上、最悪のケース以外はどれも楽観視となってしまうわね。最悪のケースを想定しましょう。第三者による救助要請が期待できないという前提よ」
皆、口を開くことなく目線や態度で同意を示した。
「でもあたし達の家族はともかく、お客さん達……美海子ちゃん、壮太くん、久保田さんが戻らなければ、誰かが不審に思うわよね?」
「まさに吾輩もそれを考えとった。あいにくと独身者だから今日のうちは駄目だが、明日は朝から診察の予定だ。医院のスタッフや患者が困るぞ。携帯が圏外だから連絡もつかん。吾輩が隔週水曜で此処を訪れていることをスタッフは知っとる。それで此処の固定電話も不通となったら、何かあったのだと察してくれる見込みは……まあ薄いな!」
「えっ、薄いのかい?」
「耕大、お前さんも吾輩のだらしなさは知っとるだろう。月に一度か二度、二日酔いやら何やらで医院を開け損なうことはあるのだ。それでも二日、三日と続いたら不審に思うだろうな。しかしこんな場所まで見に来るかね? 通報してくれたとしても、天地邸が埋没してしまったと知られるのは何日後か判らんぞ」
「そんな……ちゃんとしてくれよ……」
耕大さんは露骨に肩を落とした。いつしか僕の中で、彼は風変わりな人達に囲まれた苦労人というイメージに変わっている。同情を禁じ得ない。
「美海子ちゃん、壮太くんはどうかしら?」
「すみません、僕は久保田さん以上に望み薄かも知れないです。何日間も連絡が付かなければ担当編集のかたが心配……と云うか激怒すると思いますが、僕は此処に来ることを誰にも告げてないんですよ」
なにせ訪問が決まったのは昨日のことである。
「私も駄目だねぇ」と、続いて桜野が緩い口調で答える。「私の事務所は、久保田さんと違ってスタッフを抱えてもいないし。総一郎さんからの依頼があったから、あと一週間くらいは他に人と会うような予定を入れてないんだ」
高卒の私立探偵と小説家。
圧倒的に社会性に欠けた自分達が少し恥ずかしくなった。
「判ったわ。どうか気にしないで。こんな事態に巻き込んでしまったことを、あたしは大変申し訳なく思ってる。ごめんなさい」
言葉のとおり、総一郎さんは深く頭を下げた。隣の耕大さんもそれに倣った。
「まあ、起きてしまったことはしょうがないわなァ」
久保田さんの口調に責めるようなニュアンスは感じられない。僕も逆に恐縮して「頭を上げてください」と二人にお願いした。
桜野は平然としている。と云うより、付き合いの長い僕からすると、退屈しているのだと判る。周りの会話を聞くふりをしつつ、別のことを考えているだろう。
「心遣いに痛み入るわ。耕大、次にこの屋敷に人が来る予定はいつ?」
「ええっと……三日後の土曜だ。食糧の配達がある」
「それまで水や食糧が切れる心配はないわよね?」
「ない。あとで詳しく確認しておくが……一週間くらいは普段どおりの食事ができるだろうし、非常食でいいなら一ヶ月近くは持つだけの蓄えがある。そうだな、たしかに最も遅いパターンでも、三日後には配達員が土砂崩れを知ることになるわけだ!」
彼は顔をほころばせた。身振り手振りをつけて、僕らの方へ向き直る。
「電気も水道も無事のようだし、あまり慌てる必要はないのかも知れないね。もちろん皆さんが寝泊まりできる部屋もある。数日間の足止めにはなるが、できるだけ不快な思いはさせずに済みそうだ」
「次の殺人さえ起きなければな」と、久保田さんが皮肉っぽく告げた。耕大さんはたちまち言葉に詰まる。〈家族〉が殺されたのに、まさか失念していたわけでもあるまいが……。
総一郎さんが咳払いした。今度はショートヘアのサイドを耳に掛ける動作までつけた。
「じゃあ、そちらの検討に入りましょうか」




