9「子どもの聖域」
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ミステリを嗜む人間であれば、クローズド・サークルという言葉に馴染みがあるだろう。
これは外部との往来、場合によっては連絡すらできない閉鎖空間を意味する。謎解きを展開するにあたって、登場人物を限定し、さらには鑑識や司法解剖といった専門的な視点を排除できることから、ミステリで重宝される舞台設定だ。
結論、天地邸はクローズド・サークルとして完成していた。
まず外部との往来は不可能だ。屋敷は完全に土砂で埋まっている。二階の高さまで、窓がすべて塞がっていることを目視により確かめた。屋根の上は屋敷の中からアクセスできる出入口がないため確認できていないが、埋まっていると考えてよい。これは、斜面の反対にあたる南向きの窓が、どれも隙間なく塞がっていることから察せられる。土砂が左右から回り込まずに、上方向から流れ込んで、尚且つ力を受け続けているからこそ、こういう状態になる。
不幸中の幸いは、屋敷が押し潰されそうな気配がないということだ。歪んだり崩れたりしている箇所は見当たらないし、嫌な音もしない。北側の部屋は窓がいくつか割れて土砂が流れ込んでいるけれど、その状態で落ち着いている。通風孔も同様だ。これ以上の流入によって屋内まで埋まる心配はないだろう。
次に外部との連絡に関してだが、固定電話は不通で、ネットも繋がらない。さらには電波も圏外となっている。よって救援を呼ぶことはできなかった。インターホンに関しても、館内放送は可能だけれど、門や玄関との通話は不能となっていた。
桜野はこれらも犯人の仕業だろうと推察している。土砂崩れの前後で電話線やネット回線等を切断し、もしかすると周囲に妨害電波まで出しているかも知れないとの話だ。たしかに少し土に埋まった程度なら電波くらい通りそうな気もする。
そして屋敷を見て回っても、僕ら以外の何者かと遭遇することはなかった。
もっとも、人が隠れられそうな陰や隙間をくまなく確認したわけではない。広い屋敷なので、途中ですれ違いとなった可能性も否定しきれない。それからもうひとつ、この屋敷には特筆すべき奇妙なエリアが存在していた。
二階の南西部に位置する、出入りの条件を極めて限定された領域である。
廊下を進んでいくと唐突に、周りの壁とは違う、不自然なコンクリートで塗り固められた壁が立ちはだかる。四年前――恵ちゃんが〈家族〉に加わったとき、この壁が設けられたらしい。
その下部には、縦も横も三十センチ程度のブリキ缶が嵌っている。
中身は空洞で、さらに底をくり抜かれて、いくつも奥に連なっている。これが壁の向こう側へ行くための抜け穴なのだ。壁の厚みは三メートル近くもあって、さらに抜け穴は途中でほぼ直角にカーブしているため、覗き込んだところで壁の向こう側は少しも見ることができない。
天地家でこの通路を通り抜けられる人間は、恵ちゃんだけだと云う。試してみるまでもなく、桜野や僕にだって無理だ。狭すぎる。この先の領域には、他に迂回できる通路もなかった。身体の小さい子どもしか入ることのできない領域というわけだ。
通称〈子どもの聖域〉。
どうして廊下をこんなふうに塞いでしまったのか。発案者だと云う総一郎さんの談はこうだった。
「天地家の人間となる以上、屋敷とその周辺だけが世界のすべてになる。でも子どもには冒険と秘密が必要だと思うの。常に家族の監視下に置かれている状態は、心身の発達に悪い影響を与えるでしょう。だからあたしは、屋敷の中に、子どもの冒険と秘密を叶える聖域をつくった。大人の干渉が及ばないと子どもが確信できるプライベート空間よ」
理屈は判らなくもない。
しかし実際にそんな効果があるのか、教育評論家でもない僕には評価できなかった。ただ、こういう発想を実践してしまうところに、作家・天地総一郎の独特な感性を垣間見たように思った。
この領域があること自体は秘密でも何でもない。普段から来客に対してこの壁を見せ、同じように説明しているとの話だ。僕は調べきれていなかったが、桜野はネットや雑誌の記事を読んで知っていた。
領域の中身についても簡単に説明してもらった。壁の向こうには廊下の続きが伸びていて、部屋は二つ。それからトイレと洗面所まであるらしい。迂回できる通路はないが、窓はある。ベランダやバルコニーは繋がっていないものの、いざとなれば外から梯子を掛けて窓から出入りすることは可能だった。
だが屋敷が土の下に埋まってしまった今では、それも叶わない。
結局、この領域がどうなっているのかは確認できなかった。恵ちゃんは中に入れるわけだけれど、総一郎さんを筆頭に、天地家の人間がそうさせなかったのだ。
恵ちゃんは拓也さんの死にショックを受けていた。それに、子どもしか出入りできないその内部に犯人が潜んでいるとも思えないが、土砂崩れの影響も判らないし、恵ちゃんひとりで確認させるのは危険という判断もあった。
仮にその領域の窓が土砂に埋まっておらず脱出が可能だったとしても、恵ちゃん以外は其処まで辿り着けない。壁を壊せるような工具は屋敷の中にない。外の状態が判らないなかで恵ちゃんだけ脱出させて救助を呼んでもらうというのも、ちょっと現実的じゃないだろう。
したがって僕らの点検は、〈子どもの聖域〉を除いて完了したと云うのが正確だった。
この点が僕には、どことなく気持ち悪かった。上手く説明できない、感覚的なものでしかないのだけれど。
四年間、年齢が二桁にも達しない子どもしか入っていない領域。普通の家にそんなものはない。其処は現在、一体どんなふうに育っているのだろう……?




