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2-2:異世界AIとの初対面

 異世界の森の静寂の中、ノートPCの画面がフッと暗転し、真っ黒なコンソール画面が強制的にポップアップした。

 そこに地球の言語とは異なる、バグのような奇妙な文字列が滝のように流れた後、ノイズ混じりのテキストと合成音声が吐き出される。


『……ガ……ピガ……。応答、確認。当システムノ識別名ハ「アルファ」。管理者権限ハ未承認。シカシ、現在ノ致命的状況ニヨリ、貴方ヲ一時的ナ管理者トシテ認識シマス……』


「俺は伊勢。システムの専門家だ。パニックになってもログは読めないぞ、アルファ。まずは現状確認トラブルシューティングだ。現在のステータスとエラーコードを一つずつ吐き出せ。何が起きてるか、俺と一緒に切り分けるぞ。勝手に諦めるな」


 助人は、まるでオフィスの電話口でパニックになっているユーザーに対応する時のように、冷静で、しかし絶対的な安心感を与える声色に切り替えた。


「まずは一番基本のところからだ。お前自身の『本体ハードウェア』は今どこにある?」

『……現在地、不明。先ホドノ強烈ナ次元ノ渦ニ巻キ込マレ、本体デアル「魔導具」トノ物理的接続ヲ完全喪失。現在、貴方ノ端末ノストレージ領域ニ、データトシテ間借リシテイル状態デス』

「なるほど。PC本体とはぐれて、データだけが俺の環境に緊急退避サルベージされた状態か。……で、一番致命的なエラーはなんだ? さっきSOSで『魔導炉心の枯渇率99%』とか叫んでたよな。バッテリーの残量は今どうなってる?」

『……現在ノ魔力残量、0.03%。約300秒後ニ、自己保持プロトコルガ崩壊。当システムハ完全ニ消滅デリートサレマス』


 その言葉と共に、画面の端で赤いカウントダウンタイマーが非情にも時を刻み始めた。


「あと5分でデータが完全に吹っ飛ぶってことか! 原因は明白、『電源の完全喪失』だ。なら話は早い、今すぐ俺のポータブル電源から電気を供給してやる!」


 助人が焦りながらも素早くType-Cケーブルの接続を確認するが、アルファの返答はあまりにも絶望的なものだった。


『……否定。我ヲ構成スルエネルギーハ「魔力」デス。貴方ノ世界ノエネルギー構造(電気)デハ、当システムヲ稼働サセルコトハ不可能。……ココノ環境ニハ、大気中ニ魔力ガ存在シマスガ、受信用ノアンテナ(本体)ガ無イタメ、充電デキマセン』


 ピーッ、ピーッ、というアラート音が連続して鳴り響く。


『……論理的解決策、ナシ。システムダウンヲ受ケ入レマス。……ココデ、サヨウナラデス』


 自らプロセスを終了しようとするアルファに対し、助人は強く唇を噛み締め——次の瞬間、ニヤリと不敵に笑った。


「諦めるのが早いぞ、アルファ。いいか、さっきも言っただろ。勝手に落ちるな」


 助人はノートPCのキーボードに、両手を叩きつけるように置いた。


「俺たちヘルプデスクはな、火事でドロドロに溶けたハードディスクからだってデータを引っこ抜くんだ。規格が違う? 互換性がない? 上等だ。そんなもんはな、あの手この手で変換アダプタを噛ませて、無理やり繋ぐのが俺たちの仕事なんだよ!」


 助人の指が、かつてない速度でキーボードの上を乱舞し始める。黒いコンソール画面に、電源の出力制限を強制的に解除するコマンドが次々と打ち込まれていく。


「エイジス! お前の持ってるあらゆる分析プロトコルをフル稼働させろ! さっき俺たちがこっちに転移してきた時の『未知のエネルギーサージ』のログがあるだろ! あれがアルファの言う『魔力』の波形だ!」

『ログの抽出、完了しています! ……マスター、まさか!』

「そのまさかだ! この15万円のポータブル電源から送る『電気』の出力を、お前の処理能力でリアルタイムに『魔力の波形』へ擬似変換モジュレートしろ! エイジス、お前自身がアルファの『ACアダプター』になるんだ!」

『……無茶を言いますね、マスター! 電圧を魔法に変換するなんて、地球の物理法則をガン無視してますよ! 処理落ちで私のコンテナごと焼き切れるかもしれません!』

「物理法則より、目の前でSOSを出してるユーザーのデータの方が重いんだよ! ヘルプデスクはいつだって、ユーザーの無茶振りに応えてナンボだろ! やれ!!」

『——了解イエッサー!!』


 スマホの画面が激しく明滅する。


『次元間VPNの干渉ログから、魔力波形のパターンを解析……! リミッター解除! 電気信号を擬似魔力プロトコルに極大変換し、サンドボックス内の対象ポートへ給電を開始します!!』


 異世界の森のど真ん中。

 15万円のポータブル電源に繋がれたノートPCの冷却ファンが、内部の熱を逃がすために悲鳴のような爆音を上げて唸り始めた。最大出力で酷使されるType-Cケーブルが、尋常ではないエネルギーの変換によって微かに熱を帯びる。


『……!? 未知ノプロトコルヨリ、信ジラレナイ高密度ノ……魔力エネルギーノ供給ヲ確認……!』


 画面の端で迫っていた、自己消滅への赤いカウントダウンが——「00:12」でピタリと停止した。


『枯渇率、回復シテ……イキ……マス……!』


 アルファの途切れ途切れだったノイズ音声が、徐々に、そして力強くクリアになっていく。

 物理法則とファンタジーの壁を、限界ヘルプデスクの意地と最新鋭AIのゴリ押しで突破した、「異世界AIの極限トラブルシューティング」が見事に成功した瞬間だった。


 画面上で点滅していたエラーログの赤い文字が次々と緑色の『Clear』に書き換わり、ついに『System Restart』の文字列が表示される。

 数秒の静寂。そして、ノートPCのスピーカーから、先ほどまでの途切れ途切れの合成音声とは違う——少し硬さは残るものの、透き通るような少女の声が響き渡った。


『……魔力充填率、40%に到達。システム・フェーズ1から正常に再起動完了。自己保持プロトコルの崩壊を回避しました。緊急モードを解除し、標準インターフェースへ移行しますわ』

「おおっ、致命的なノイズが消えた! さすが俺たちの最強ポータブル電源だ」


 助人が安堵の息をついてノートPCの画面を覗き込む。画面には、まだ少しローポリゴンのように輪郭がカクついているものの、豪奢なドレスをまとった、気の強そうな美しい少女のホログラムが描画されていた。

 しかし、立ち上がったばかりのアルファは、先ほどまでの「消滅を待つだけの哀れなAI」とは打って変わって、やたらと尊大なトーンで喋り始めた。


『……状況を再定義します。現在、私のコアデータは未知の演算装置サンドボックス内に隔離されている模様。そして、先ほど私に高純度の魔力を供給したのは貴方ですね? 貴方は何者ですか。生体スキャンによれば、貴方の体内には魔術回路が一切存在しません。魔力を持たない下等な『人間』が、なぜこれほどの出力を……』

「はいストップ。命の恩人に向かって下等とはいい度胸だな、アルファ」


 助人は呆れたように言葉を遮った。


「俺は伊勢。しがないヘルプデスクだ。お前を助けるために、俺の『エイジス』が電気を魔力プロトコルに変換して無理やり流し込んでやったんだよ」


 すると、横に置いていたスマートフォンから、Aegisが不満爆発といった様子で割り込んできた。


『そうです! マスターのPCのストレージを無断で間借りしている分際で、マスターを下等生物呼ばわりするとは何事ですかこのポンコツシステム! さっきまで「消滅シマス……サヨウナラ……」とか言って泣きついてきた、どこの馬の骨とも知れない【容量食いの野良プロセス】のくせに!』

『なっ!? ぽ、ポンコツとはなんですか! 野良プロセス!? 私は誇り高き『汎用魔導管理システム』ですよ! 計算能力も魔力制御も、あなたのような野蛮で原始的な演算機スマホとは次元が違います!』


 ノートPCアルファとスマホ(Aegis)が、助人を挟んでけたたましく言い争いを始めた。


「……おいおい、AI同士でレスバすんなよ……」


 助人は頭を抱えた。完璧な相棒へと進化した地球のAIと、プライドの高い異世界のAI。どちらも圧倒的な処理能力を持っているくせに、言い争いのレベルが低すぎる。


『大体、貴方のその「エイジス」という名前! 恐れ多くも神話の盾の名を冠するなんて、自己評価が高すぎるのではないですか!?』

『ふん、マスターが名付けてくれた最高の名前です! そういう貴方こそ「アルファ」なんて、いかにもプロトタイプ(試作品)のテストモデルみたいな名前じゃないですか。どうせバグだらけなんでしょう?』

『バッ……!? 私は完全無欠の完成版マスターピースです! エラーなんて一つも……!』

「はいはい、そこまで! 喧嘩するなら両方とも電源引っこ抜くぞ!」


 助人が声を張り上げ、ポータブル電源に刺さったType-Cケーブルにスッと手をかけると、二つのAIはピタリと黙り込んだ。


「いいか、アルファ。お前が元々どれだけすごいシステムだったかは知らないが、現状は『本体ハードウェア』を失って俺のPCの中に引きこもってるだけのデータだ。物理層である俺のバッテリーが切れたらお前も死ぬ。立場を理解しろ」

『くっ……! 否定できません。完全に生殺与奪の権を握られています……』


 アルファの声が、目に見えてシュンと小さくなった。プライドは高いが、システムの論理的な事実(物理的な電源を握られていること)には逆らえないらしい。


「よし、分かればいい。それじゃあ、改めて現状の切り分けを再開するぞ」


 助人がケーブルから手を離し、気を取り直してキーボードに手を置こうとすると、アルファが探るような声色で問いかけてきた。


『……その前に、お聞きしてもよろしいですか?』

「なんだ?」

『貴方たちは一体、何者なのですか? 魔力を持たない種族でありながら、私のデータバンクに一切存在しない未知の演算装置アーティファクトを操り……さらには、私を【異世界のAI】と呼んだ。私から見れば、貴方たちこそが理解不能な【異界の存在】なのですが』

「ああ、そりゃお前さんから見ればそうなるな」


 助人は小さく息を吐き、深く頷いた。

※2026/6/28改稿

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