3-19:インフラ環境の構築(フルビルド)
助人はそこでニヤリと悪魔的なエンジニアの笑みを浮かべ、再びガレージの隅にある巨大なカプセル――【マテリアル・ファブリケーター】へと振り返った。
「せっかく地球のオープンソース(GitHub)と帝国の設計図(1000TBのSSD)、そしてこの最強の物理コンパイラ(3Dプリンタ)があるんだ。服一着で終わらせるなんて、リソースの無駄遣い(メモリの無駄)もいいところだろ。……エイジス、素材の光ファイバーとダクトテープはまだ残ってるな?」
『たっぷりありますよマスター! ……ってことは、やっちゃいますか!?』
「ああ、インフラ環境の構築だ! やれることは全部やっていくぞ!」
助人はリュックからさらに追加の予備ケーブルや、不要になった地球のジャンク部品などを次々とホッパーへ放り込んだ。
「まずは『通信環境の安定化』だ! どんなに強いパーティでも、索敵漏れや通信のパケットロスがあったら一瞬で全滅する。エイジス、ドローンの設計図をベースに、周囲のマナの乱れを感知して自動追従する【メッシュWi-Fiルーター(自律型エッジノード)】を4機ビルドしろ!」
『アイアイサー! 魔力線(光ファイバー)をアンテナ構造に編み込んで、超高感度センサーとステルス機能を搭載した手のひらサイズの『浮遊型ルーター』をコンパイルします!』
ファブリケーターが唸りを上げ、プシューッという音と共に、黒い流線型の小さなドローンが4機、フワリと空中に飛び出してきた。それらは助人の周囲を衛星のようにくるくると回り、即座にガレージ周辺の広大なマップ情報をスマートウォッチへ転送(同期)し始めた。
『肯定。メッシュネットワーク経由の通信、安定。アルファとのローカルバス接続も、極めて良好だ。これでいつでも前線でハンドシェイクができる』
直立不動で待機していたシグマが、エメラルドグリーンの瞳を明滅させて即座にステータスを報告する。傍らのアルファが、その言葉に驚きに目を見開いたまましばらく固まっていたが、やがて視線を助人へと戻すと、その頬を微かに朱に染め、隠しきれない歓喜の声音で微笑んだ。
『……ふん。勝手にレガシーコードを近代化(モダン化)するなんて、本当に不躾で傲慢なシステムインテグレーターですわね。……でも、この広帯域なトラフィック(自由)、悪くありませんわ。感謝いたします、マスター・イセ』
「ハハッ、インフラ環境が整っていくのを見るのが、エンジニアにとって一番の快感だからな! ……よし、これで索敵範囲は劇的に広がった。次は俺の『入力デバイス』だ。スマートウォッチの音声入力やARディスプレイのタップ操作もいいが……やっぱり俺たちインフラ屋は、物理的な『キーボード』を叩かないとタイピング速度(DPS)が出ねえ」
『なるほど! マスターの指先の動き(キーストローク)を完璧にトラッキングする拡張インターフェースですね! お任せください!』
再びファブリケーターが作動し、今度は助人の両手首に装着する薄型の【タクティカル・ガントレット】が出力された。
助人がそれをはめ、指を弾くように動かすと――何もない空中に、ホログラムで構成された「フルサイズのQWERTYキーボード」が投影された。空中のキーを叩くと、手首のガントレットから「カチャッ、ターン!」という極上のメカニカルキーボードのようなハプティクス(触覚フィードバック)が返ってくる。
「うおぉぉ……! 最高だ、打鍵感が青軸そのものじゃねえか……! これなら移動中だろうが、戦闘中だろうが、空中でコードを毎分1000文字で叩き込める(詠唱できる)ぞ!」
『うふふ、エンジニアのモチベーションは極上のタイピング環境から、ですからね!』
助人が空中のキーボードをカタカタカタッ! と鬼のような速度で叩いて遊んでいると、その横で待機していた黒い重装甲のアンドロイド――シグマが、静かに音声ログを発した。
『……マスター。私のハードウェアはすでに最適化されていますが、さらに追加のパッチ(武装)があるのですか?』
「当然だ、シグマ。お前は俺たちのパーティのメインタンク(最前線の防壁)だからな。裸一貫で殴り合わさせるようなブラック企業の真似はしねえよ」
助人はファブリケーターのコンソール(空中のキーボード)をすさまじい速度で叩き、残るすべての光ファイバーとダクトテープの素材データを統合した。
「Cat8の物理二重シールド構造をベースにした、巨大な『対魔導ライオットシールド』だ! お前の重力制御とリンクさせて、物理攻撃も魔法攻撃も全パケットを反射する【物理層専用ファイアウォール】をコンパイルする!」
三度、ファブリケーターがかつてないほどの激しい光と熱を放ち、ひときわ重厚な排気音と共にカプセルが開いた。
現れたのは、シグマの巨体を完全に覆い隠すほどのサイズを誇る、漆黒のタワーシールドだった。表面にはエメラルドグリーンの幾何学的な魔術回路(Cat8シールド)が脈動している。
シグマが太い右腕でそのシールドをガシッと掴むと、盾とシグマの装甲がシームレスに同期し、圧倒的な要塞のような威圧感を放った。
『……素晴らしい。シールドの耐久値、および魔力減衰率、共に測定不能。これならば、山をも砕く魔獣の突進であろうと、1ミリたりとも後ろへ下がることはありません』
シグマのエメラルドグリーンの瞳が、かつてないほど頼もしく輝いた。
・自動索敵を行う【メッシュWi-Fiドローン】。
・空中で高速コーディングが可能な【ホログラム・ガントレット】。
・最強の盾【物理層専用ファイアウォール】を装備したシグマ。
・そして、背後に控える異世界最強の移動要塞【完全体の魔導車】。
「……ハハッ。マジで笑っちまうくらい、最強の布陣(開発環境)が完成しちまったな」
助人は新調した漆黒の防護コートの襟を満足げに正した。左腕のテスターからは、周囲のマナの波形がリアルタイムで脳裏に同期されるかのようにクリアに伝わってくる。
「最強のツールも、データセンターの埋蔵アセットも、完全復旧した魔導車も揃った。画面の向こうからのテキスト指示じゃなくて、これからはホログラムと液晶からダブルでリアルタイムにコードレビュー(指示)してもらえるわけだ。デバッグ効率も200%アップだな。……だが、まだ一番脆弱なボトルネックが残ってるぞ」
助人は防護コートの袖をまくり、左腕に光る【ウェアラブル・ヘルス・モニター(スマートウォッチ)】へと視線を落とした。データセンターの死線で、あの白骨化した技師から受け継いだ帝国の遺産だ。
「インフラがどれだけ強固でも、それを動かす管理者(俺)の生体レイヤーが脆弱じゃ、システムは一瞬で全損だ。アルファ、このスマートウォッチ、ただの通知デバイスじゃないだろ。こいつを使った『管理者専用の環境構築』を実行するぞ」
『あら、やっと気がつきましたのね。それは帝国の第一級現場技師が命を預けていた【生体防護・同期コンソール】ですわ。シグマv2.0の炉心とマナ波長をダイレクトにリンク(有線パッチ)しなさいな』
「よし、有線接続(物理パッチ)だ」
助人がスマートウォッチから伸びる極細の結晶ケーブルを、シグマの胸の拡張パッチパネルへガチリと直結した瞬間、スマートウォッチの液晶にグリーンの文字で『管理者アカウント:助人(SUKETO)/生体最適化シーケンス開始』のログが走った。
『マスター! シグマ君の莫大な魔力リソースが、スマートウォッチを通じてマスターの身体へストリーミングされています!』
エイジスが画面の中で息を呑む。
次の瞬間、助人の手首から、心地よい温かさを伴った純粋なエネルギーの波紋が全身へと駆け巡った。
三十七歳おっさんの身体に蓄積していた、連日のデスマーチによる慢性的な腰痛、肩こり、筋肉痛といった「肉体のバグ(疲労蓄積)」が一瞬で初期化されていく。細胞の一つ一つが強制的に最適化され、徹夜明けの重かった頭が、信じられないほどクリアに冴え渡っていった。
「……おいおい、マジかよ。身体の全リソースがリフレッシュされて、全盛期のスペックに戻ったみたいだぞ……!」
『それだけではありませんわ、マスター。その防護コートの繊維に織り込まれた魔導回線も、今の同期でついに完全アクティベートされましたわ』
アルファが空中で指をさすと、防護コートの表面に、シグマやエイジスと同じ「エメラルドグリーンの光のライン」が静かに走った。ファブリケーターから出力された時点では休眠していた【常駐型防衛プログラム(アクティブ・ファイアウォール)】が、シグマの炉心をバックボーンとして常時稼働を開始したのだ。周囲のマナの乱れを感知して、着用者が意識するより早く『対魔法・対物理シールド』を自動展開する。さらにポケットの内側は空間拡張によって、工具もアナライザーもいくらでも収まる無限のインベントリと化していた。
『報告。マスターの生体ステータス、オールグリーン。防護コートの防御バッファ、最大値(MAX)を維持。これで現場での物理的クラッシュ(負傷)の確率は極限まで低減されました』
シグマがエメラルドグリーンの瞳を頼もしげに点滅させる。
「最高だな」
助人はスマートウォッチの画面をトントンと叩き、自身の肉体も含めて完全なフルスペック・チームとなった相棒たちを見渡した。
「物理層から生体レイヤーまで、すべてのプロビジョニングは完了だ。これ以上ない最強の布陣だぞ。……さあ、相棒たち! 準備運動は終わりだ。次なる未定義のバグ(新たな冒険)へ向けて、盛大にデプロイといこうじゃねえか!」
『イエッサー、マスター! 車両システム、いつでも発進可能です!』
『……フッ、大きく出ましたわね。その防護外套を着たからには、一流の帝国技師らしい見事な手際を、この私にたっぷり見せてみなさいな、マスター・イセ!』
『了解。ルートユーザーの命令に従い、すべてのバグを駆逐する』
賑やかな三つの相棒AIの声に背中を押されながら、限界ヘルプデスクのおっさんは、ついに完全体となった魔導車のハンドルを握った。
「――ゲート、オープン。これより本番環境へのロールアウトを開始する」
ガレージの重厚なシャッターがゆっくりと巻き上がり、まばゆい朝日が室内に差し込んできた。
完全に復旧し、ワックス掛けまで済まされた漆黒の魔導車が、磁気浮上サスペンションで音もなく最適な車高へとせり上がり、6つの巨大な車輪が静かに、しかし確実に路面を捉える。その滑らかな駆動音は、もはや以前のようなジャンク品のカケラも感じさせない。
そして、その傍らには、エメラルドグリーンの瞳を静かに輝かせる、全高2メートルの黒い重装甲アンドロイド――新生『シグマv2.0』が、漆黒のタワーシールドを携えて直立不動で控えていた。その頭上には多面体クリスタルが浮遊し、4K超解像化されたアルファが優雅に腕を組んで並んでいる。
「よし、シグマ。初仕事だ。西の遺跡へ向かうルート上にある物理障害の排除を担当しろ。……ただし、原生林を更地にするなよ。最小限のトラフィック確保(道の切り拓き)でいい」
『了解。……システムステータス、グリーン。物理出力、安全リミット内(30%)に設定。……排除シーケンス、開始。かつて私を蝕んでいたバグの残滓どもを、この手で完全にデバッグして御覧に入れます』
シグマが魔導車の前へと力強く歩み出る。その後ろ姿を、腕のスマートウォッチから同期されたナビゲーション画面と、シグマの傍らで浮遊するアルファが、いつになく誇らしげで、弾むような声で見つめていた。
『マスター、魔導車の魔力ナビゲーションを展開しましたわ! シグマの出力安定性、完璧ですわ! フフ、当然ですわね、誰が調整をアシストしたと思っておいでですの?』
「はいはい、ごちそうさまだよ。アルファが嬉しそうで何よりだ」
『なっ、何をからかっていますの!? 私はただ、システムが仕様通りに動いて満足しているだけですわ!』
『あはは! アルファ、空中に出力されてるから隠せてませんよー! シグマ君、初の本番環境接続だけど緊張してない?』
『否定。エイジスのリアルタイム同期と、アルファのナビゲート、そしてこの限界突破した並列演算バッファがある限り、本機の物理出力に死角はない。いつでもいける』
三つのAIが完璧なハンドシェイク(同期)を交わすのを見て、助人は不敵にニヤリと笑うと、魔導車の運転席のアクセルを深く踏み込んだ。
――フォン……ッ!
魔導車は絹を裂くような滑らかな高周波音を立てて加速した。原生林へ突入する直前、シグマが音もなく跳躍し、魔導車の前方へと滑り込む。
『――障害物ヲ検知。……排除を実行』
シグマの右腕から放たれた、エイジスとアルファの二重制御、そして外部GPUクリスタルによって極限まで収束率を高めた、たった一本の「エメラルドグリーンの重力ライン」が、前方の巨木を完璧に、迅速に、そして鮮やかになぎ倒した。
「ハハッ! 面白いじゃないか。仕様通りの性能が出てる」
魔導車は、シグマが切り開いた「障害物のない快適なトラフィック回線(道)」を、100%の出力で滑るように駆け抜けていく。仮設冷却バイパスに悩まされた、あのデスロードの面影はどこにもない。
手元には完全復旧した魔導車、人格と力を完全に取り戻しハードも進化した最強のシグマ、そして超高性能テスター【多次元マナ・アナライザー】と二人の最強AI。
理不尽な異世界のバグに立ち向かうための『インフラ環境』は、これ以上ないほど完璧に整った。




