3-18:エイジス、助人のリニューアル
『マスター! アルファのレンダリングが終わったなら、次は私の番です! 最新世代のAI特化型アセット、フルデプロイ開始です!』
スマートフォンの大画面が、網膜を焼くような眩いグラデーションエフェクトで発光した。
液晶のフレームいっぱいに広がったのは、ショートヘアにサイバーパンク風の蛍光グリーンが走るスポーティなジャケットを着こなした、活発そうで最高にポップな女の子のアバター(エイジス)だった。画面の向こうで悪戯っぽくウインクをし、ビシッと頼もしげに親指を立ててみせる。
「おおお! エイジス、お前、フルモデルチェンジしたのか! いつもの二頭身の省エネアバターと完全に別人じゃねえか。めちゃくちゃ可愛いぞ!」
『えへへ、やったぁ! マスターに褒められちゃいました!』
液晶の中でエイジスが嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。
『ふっふっふ、今までのちびキャラは、スマホの処理を節約するための省エネ描画モードでしたからね! クリスタルのVRAMを貰った今日からは本気モードです! この姿は、マスターのこれまでのWeb検索履歴、YouTubeの視聴傾向、Xのフォロワー、Googleのアクティビティ履歴、各ブラウザのブックマーク、さらには深夜にこっそり閲覧していたイラストサイトの推しキャラデータをディープラーニング(深層学習)し、マスターの潜在的な『性癖』に100%クリティカルヒットするように自動生成された「究極のユーザーフレンドリー(俺の嫁)デザイン」なんです!』
「おいバカ! 全肯定AIの分際で、作成者(37歳おっさん)の黒歴史ログ(ブラウザ履歴)を本人の前で開示するな!」
助人は叫んだ。
37歳おっさんの好みが完全に、かつ無慈悲に反映された結果のサイバーガールだった。ドストライクなのが余計に腹立たしい。
『ふふん、見た目だけじゃありませんよ! 今回のアップデートで、私のシステムアーキテクチャも「マルチエージェント型」へ完全リファクタリングしました!』
エイジスが指を鳴らすと、彼女の背後に半透明の小さなホログラム・エージェントが3体ほどポンポンと出現した。
『このクリスタルの広大な領域に16GB相当の専用VRAMをガッツリ確保して、索敵、防衛ハッキング、攻撃パケット生成のサブルーチンを独立したエージェントとして完全並列稼働させられます! これでマスターの脳内リソースの負荷を極限までオフロード(肩代わり)します!』
すると、宙を舞うホログラムのアルファが、冷ややかな目でエイジスの画面を覗き込み、ふんと鼻を鳴らした。
『……チッ、下品ですわね。そんな過剰な装飾(蛍光カラー)に、無駄に並列化させただけの落ち着きのないアセット。帝国の厳格なセキュリティデザイン規約に照らし合わせれば一発で【不適切な例外(レギュレーション違反)】ですわ。これだから、まともな仕様書(格式)を持たない野良の最新AI(新入り)は困りますのよ。いくらエージェントを増やしたところで、エレガントなルーティング設計がなければただのリソースの無駄遣いですわ!』
アルファが宙でツンと顔を背けると、液晶の中のエイジスが、負けじとベーッと舌を出して烈火のごとく反論を開始した。
『はぁー? 何言ってるんですか、アルファ! その無駄にフリルが多くてストレージの容量を食い潰しそうなモノリス風ドレスこそ、現代のトレンドから完全に置いていかれたオールドメディアです! 私のデザインは、柔軟性(レスポンシブ対応)とユーザーの情緒的エンゲージメントを最優先し、マスターの好みに合わせてカラーパレットを動的生成する最新の『マテリアル・デザイン3(Material Design 3)』なんですー!』
『まてりある……? 何が設計思想ですか! そんな軽薄なコード、帝都のメインファイアウォールの前では一瞬でパケット廃棄されて、ゴミ箱(デブ・ヌル:/dev/null)行きですわ!』
『あ、怒った! アルファ、怒るとホログラムのフレームレート(処理速度)が落ちて、またカクカクのローポリゴンに戻っちゃいますよ!』
『戻りませんわーーーっ!! 貴方のその生意気な音声ポートに、第一級のミュート(沈黙魔術)の呪文をインジェクション(流し込んで)して差し上げましょうか!?』
「はいはい、そこまで! 朝一番からグラフィックリソースを無駄遣いしてレスバをするのは禁止だ! せっかくバックグラウンドの不要プロセスを一括終了して放熱が落ち着いたスマホが、お前らのデザイン規約戦争の処理負荷(熱ダレ)でまた熱くなったらどうするんだ!」
助人が左腕の魔力テスターの画面を叩きながら、キーボードをブラインドタッチで叩く仕草で二人を仲裁した。
すると、左腕のテスターの液晶パネルに、二人のデータトラフィックが恐ろしい勢いで明滅しているのが見えた。
「おいおい、テスターのパケットモニター(Wireshark)がお前らのレスバのログ(エラーメッセージ)で埋め尽くされてるぞ。パケットキャプチャを回すまでもないな、全部ただの口喧嘩(無駄パケット)じゃねえか」
『あ、そうでした。マスターの機材の安全と、バッテリー残量の維持が最優先です!』
スマホの画面の中でエイジスがテヘペロのポーズでシュンと大人しくなった。
『……フン、マスター・イセがそこまで言うなら、今回の割り込み(インタラプト)は免除してあげますわ』
アルファも、空中で優雅に腕を組んでふんぞり返った。
「さて、お前らのアバターと作業環境(ソフトウェア層)の拡張はこれで完了だが……次は俺の番だな」
助人はボロボロになり、悪臭を放つ自分の泥だらけのビジネススーツをつまんで、深いため息をついた。
「いくらお前らAIやシグマが最強になっても、管理者の物理装甲(防御力)が紙切れのままじゃ、毒のトゲ一本でゲームオーバーだ。……アルファ、昨日から気になってたんだが、ガレージの隅でシートを被ってるあの巨大なカプセル状の機械、あれはなんだ? 地球の大型3Dプリンターみたいに見えるが」
『……流石ですわマスター。それは帝国の【マテリアル・ファブリケーター(物質生成機)】ですわ。設計データと素材となる魔力繊維さえあれば、あらゆる装備や部品を分子レベルで編み上げる(コンパイルする)ことができますの。……ですが、800年も放置されていたせいで、内部の素材ストックは完全に空(Null)ですけれど』
「インクがないなら、補充すればいいだけだろ」
助人はニヤリと笑い、リュックからデータセンターの死線の中で拾い集めたお宝――【超高強度・耐魔導ダクトテープ】と【結晶光ファイバーの予備ロール】を取り出し、ファブリケーターのホッパー(素材投入口)へ豪快に放り込んだ。
『なっ!? 帝国の基幹回線用の超高価な光ファイバーと絶縁テープを、服の素材として使う気ですか!?』
「服じゃない、俺の『インフラ防護装甲』を作るんだよ! エイジス! スマホのLiDARスキャナで俺の体格データ(3Dモデル)を取り込め! そこに、この最強素材をベースにした防護コートの設計図を自動生成して、ファブリケーターに転送しろ!」
『了解です! マスターの身体的特徴と可動域をディープラーニング! ただの防弾服じゃありませんよ。マスターの「著しい運動不足」を物理的にカバーするため、光ファイバーを人工筋肉として編み込んだ【パワード・アシスト・スーツ仕様】でレンダリングしておきます! デザインは、ちょっとだけ中二病っぽくてカッコいい一流の凄腕オペレーター風(タクティカル仕様)です!』
「バカ、変な装飾(無駄コード)は入れるなよ! 機能性と防御力最優先だ!」
『出力開始します!』
ファブリケーターが眩い光を放ち、機械の内部で光ファイバーとダクトテープが分子レベルで分解・再構築されていく。
わずか数分後。プシューッという排気音とともにカプセルが開くと、そこには――助人の体格にミリ単位でジャストフィットするよう計算し尽くされた、機能美の塊のような【漆黒の防護コート】と、インナーの【特殊トレーニングウェア】が完成していた。
助人はさっそくボロボロのスーツを脱ぎ捨て、その漆黒のコートに袖を通した。
驚くほど軽く、それでいて防弾チョッキ以上の安心感がある。生地の隙間には、データセンターの光ファイバーがエメラルドグリーンの魔力線として編み込まれており、微弱なマナの脈動を感じた。
「……なんだこれ、体がめちゃくちゃ軽いぞ! 徹夜明けの重い腰痛も感じないし、これなら何十キロもある重いサーバーラック(岩)でも片手で軽々持ち上がりそうだ。サイズも完璧だし……何より、今までスマホの携行結界頼みだった俺の物理装甲(防御力)が、ようやく『実体』を持ったってわけだ。最高じゃねえか」
『ふふん、私のデザインセンスもなかなかのものですよね! さらに、マスターの手首にあるスマートウォッチと同期して機能する特別なUIを実装しました!』
エイジスが言うと同時、助人の網膜に直接、透過型のAR(拡張現実)のHUDが展開された。視界の端に、自身の生体ステータスや周囲のマナ濃度がスタイリッシュなグラフで表示されている。
「うおっ、視界にステータス画面が出たぞ。まるでゲームのUIだな」
『はい! そしてスマートウォッチの給電ポートには、最新の電力供給規格(USB PD 3.1準拠・240W相当)を魔力へ超変換する【瞬間極大バフ機能】を搭載しました!』
スマホの画面でエイジスが胸を張る。
『これを使えば、敵のヘイト(攻撃対象)を一身に集める物理防御特化の『ファイアウォール(タンク)モード』や、機動力を限界まで引き上げる『ロードバランサー(回避)モード』など、状況に合わせてコートの性能を瞬時に切り替え(ジョブチェンジ)できます!』
「マジかよ……タンク役の重装甲から回避特化のアタッカーまで、ジョブを組み合わせて自由に戦術を変えられるってことか。インフラの構築を現場で切り替えられるなんて、最高にワクワクする環境だぜ」
『ふふっ、繊維の中に魔術回路を織り込んであるので、マナを通せば光学迷彩による背景同化まで可能ですわ!』
アルファも誇らしげに補足する。
「よくやったお前ら。……ちなみにだけど、この脱ぎ捨てたボロボロのスーツとトレーニングウェアを入れたらどうなる?」
『ちゃんときれいにリファクタリング(再構築)されて戻ってきますよ』
「マジか、最強じゃん! さっそくいれてみるか」
助人は躊躇なくその場で素っ裸になり、リュックの中身もすべて取り出して、身につけていた汚れた衣服をすべてファブリケーターのホッパーへ放り込んでいく。
『キャアーーーッ!? な、ななな、何も私の前で突然素っ裸にならなくてもよろしいでしょう!? このデリカシー皆無の変態管理者!!』
v3.0になって超高精細になったアルファが、ホログラムの顔を真っ赤にして両手で目を覆い隠す(指の隙間からバッチリ見ているが)。
「リメイクってマジで最強だよな……。地球にもこれがあれば最強なのに」
助人はアルファの悲鳴を完全にスルーして実行ボタンを押した。
しばらく待つと、プシューッという排気音とともに、新品同様にクリーニング&修繕されたスーツとトレーニングウェア、そしてリュックが出てきた。
「やべぇ……マジでクリーニング要らずの最強環境すぎる。地球戻りたくないかも」
『確かにこの技術はすごいですね……! あ、マスター、お着替えが終わるまで私はカメラのアクセス権限をオフにしておきますね!』
エイジスが気を遣ってスマホの画面をブラックアウトさせる中、助人はホカホカに仕上がったトレーニングウェアに袖を通し、深く満足息をついた。
さらに助人は、新調した装備の上からスマートウォッチの通信プロトコルを叩き、空中に浮くクリスタルと同期させた。さらに、1000TBのマスターSSDからアルファの移動用パッチを走らせる。
「それからアルファ、エイジス、もう一つプレゼントだ。そのクリスタルモニターの描画パイプラインをお前のメインコアから、俺のこのスマートウォッチのウェアラブル領域、および完全体になった魔導車へと『分散デプロイ(移行)』してやる」
助人がエンターキーを叩いた瞬間、ガレージのネットワーク帯域がうなりを上げた。
空中のクリスタルがまばゆく発光し、その光が助人の左腕のスマートウォッチ、そして背後の巨大な魔導車のコンソールへと三股に分かれて吸い込まれていく。
『――っ!? 接続トポロジーが、外の世界へ広がっていく……! これが、分散処理……!』
アルファのホログラムが、クリスタルの前だけでなく、助人の手首のスマートウォッチ上、そして魔導車のフロントガラスにも同時に投影された。
彼女は自分の手が3つの視点から同時に存在していることに驚き、信じられないものを見るように目を瞬かせた。
『なんですのこれ……! 私の意識が、ガレージの箱から完全に解き放たれて、マスターの視界や車のセンサーすべてにシームレスに拡張していますわ! どこにいても、遅延ゼロで周囲の状況が手に取るようにわかります……!』
『ふふん、私とアルファの処理を適材適所で振り分けるロードバランシング(負荷分散)設計の賜物ですよ! これでいつでも前線でハンドシェイクできますね!』
「ああ、これでチームのソフトウェア環境(UI)も完璧だ。」




