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3-14:シグマ・サルベージ&クリーンインストール作戦 後編

「――よし、まずは物理層の搬入からだ。エイジス、ウィンチのトルクを最大に固定しろ。アルファ、牽引ルートの障害物検知だ」


『了解です! 完全復旧した魔導車の有り余る出力なら、シグマ君のヘビー級な巨体(サーバー筐体)も軽々引っ張れますよ!』


『隔離ハッチの向こう、直近の通路には敵プロセス(魔物)の反応はありませんわ。今が絶好のデプロイタイミングです!』


 助人は魔導車のリアに取り付けられた、超高強度の魔力牽引ワイヤーを引っ張り出し、ハッチの向こうで沈黙しているシグマの極太のアームへと巻きつけた。近くで見ると、やはりその装甲の質感、冷徹なフォルムは一級品だ。セーフモードのアイドリング音が低く「フーン……」と響いている。


「傷つけないように慎重に運ぶぞ。これからウチの『基幹システム』になってもらうんだからな」


 助人が運転席に戻り、魔導車のアクセルをわずかに踏み込む。

 パーツが3つ揃った完全体の炉心は、一切のロスなく莫大なトルクを生み出し、ワイヤーがギリギリと音を立てて緊張した。ズズズ……と地響きを立てて、シグマの巨体がガレージの中へと引きずり込まれていく。


 ――ガシャン。


 無事にシグマをガレージ中央の作業用ステージへ配置し終えると同時、アルファが隔離シャッターを即座に叩き落とした。完全なエアギャップ(物理隔離)の完了だ。


「ふぅ、まずはフェーズ1完了。ここからが本番のハッキング(デバッグ)だな」


 助人は魔導車から降り、すぐさま【多次元マナ・アナライザー】のヘビーデューティな結晶プローブを両手に持った。

 シグマの脇腹、先ほど自分がナイフを突き立てて強制終了させた『メイン基板』のアクセスポートを開く。内部には、帝国の超高密度回路が整然と並んでいたが、その隙間を埋めるように、赤黒いノイズの結晶がびっしりとこびりついていた。


「汚染コードの占有率がすげえな。完全にストレージの9割がマルウェアで埋まってる状態だ。……よし、アナライザー、接続(物理パッチ)!」


 助人が結晶プローブをポートのコア端子へガチリと直結した瞬間、ガレージの特大ディスプレイに、シグマの内部メモリの全階層構造(ディレクトリマップ)が滝のように映し出された。


『マスター! 接続成功です! アナライザー経由でシグマの『ルート権限(管理者権限)』の認証要求画面まで到達しました!』


『ですがマスター、見てください! 汚染コード(マルウェア)が、認証プロセスの手前に独自の暗号化スクリプトを噛ませて防衛線を張っていますわ! これを突破しないと、低レベルフォーマットのコマンドすら通りません!』


 画面には、赤黒い文字で『ACCESS DENIED - SYSTEM PROTECTED BY IMPERIAL CORRUPTION』の警告が点滅し、シグマの躯体が危険を察知したようにカタカタと小刻みに震え始めた。セーフモードが解除され、強制再起動のカウントダウンが勝手に走り始める。


「なるほど、認証画面を乗っ取るタイプの古典的なランサムウェアか。……なら、正面から暗号を解く必要はねえ」


 助人は不敵に笑い、アナライザーのダイヤルを高速で回した。


「エイジス! アナライザーの周波数発振器を使って、この認証プロセス自体に『擬似的なタイムアウト(時間切れ)』のエラーコードを割り込ませろ!」


『えっ!? 暗号を解かずに、プロセスをエラーで落とすんですか!?』


「そうだ。どんな強固なセキュリティシステムでも、内部処理でタイムアウトが発生した時の『例外処理(エラールーチン)』は簡素になりがちなんだよ。バグって例外処理に移行した一瞬の隙を突いて、ルート権限を強引に強奪(スピンロック)する!」


『理解しましたわ! さすが泥臭い現場で無数のシステム障害をくぐり抜けてきた男……! エイジス、変調マナ波長、送信ですわ!』


『アイアイサー! タイムアウトエラー、強制インジェクション!!』


 ディスプレイに表示された赤黒い防衛線が、一瞬だけ緑色の『TIMEOUT EXCEPTION(例外発生)』の文字に切り替わった。シグマの瞳がパッと赤く明滅し、システムがパニックを起こす。


「今だエイジス! 管理者権限を上書き(セッション・ハイジャック)しろ!!」


 助人の叫びとともに、ガレージの全演算リソースがアナライザーを通じてシグマの脳内へと雪崩れ込んだ。


『例外処理(エラールーチン)の脆弱性を突いたルート権限の奪取、成功しましたわ! ログが『認証済(AUTHENTICATED)』に書き換わりました!』


 アルファの歓声と同時に、ディスプレイの赤黒い警告が消え去り、シグマの全システム構造が完全な無防備状態で曝け出された。


「よし! だが低レベルフォーマットの前に、さっき決めた追加要件だ。エイジス、アルファ、シグマ本来の『人格カーネル』を特定してダンプ(退避)する前に、こいつのボトルネックの詳細調査(プロファイリング)を実行する。バックグラウンドで走ってる全プロセスの『タスクツリー(親子関係)』と『メモリマップ』を画面に展開しろ!」


『了解です! シグマ君の論理コアへプロファイラをインジェクション! 全スレッドの依存関係、強制開示(ダンプ出力)します!』


 ガレージの特大ディスプレイに、凄まじい勢いで16進数と魔術術式の構造ツリーが流れ出した。


 =============================================================

 【シグマ:詳細リソースプロファイリング・ログ】

 [-] PID: 0100 [init] (システム基盤)

 └─[-] PID: 0804 [Standard_Defense_Protocol] (迎撃システム: CPU 1%)

 └─[★] PID: 9999 [Connect_To_Capital_Server] (帝都接続処理: CPU 97.5%)

 └─RETRY_LOOP: 800年間、例外(Exception)をキャッチせず

 └─!! WARNING !! 未処理例外の脆弱性を経由した外部コードの常駐を検知

 └─PID: ???? [<unknown_root>] (正体不明の偽装ルートプロセス)

 └─HIJACK: 敵味方識別テーブル、音声出力、砲門制御(PID: 4040)を占有

 └─SOURCE: 中央データセンターからの暗号化ストリーム(現在:途絶)

 └─LOG: カーネルからの異議申し立て『対象ハ侵入者ニアラズ』……棄却済み ×8億4千万件


 

 「――ビンゴだ。やっぱりな」

 流れるログの「依存関係」を完全に分解し、突き止めた助人は、不敵に上げていた口角をすっと真横に結んだ。


「おいシグマ。お前、ハッチの向こうで俺たちを撃ちたくてその大砲を向けてたわけじゃねえな?」


『……な、何、何を……きょ、虚偽……虚偽の申告を……。当システム、システムは、侵入者を、駆、駆除……こ、コロ……瓦解(デリート)……チガ……違う……駆除……』


 意識が混濁したままのシグマの音声ログが、スピーカーからカクカクとノイズ混じりに響く。


「嘘を吐いてるのはお前じゃなくて、お前の椅子に勝手に座ってる『偽者』だ。ログを見ろ。お前が800年間回し続けてる帝都への接続タスク(PID: 9999)は、例外処理のないままリトライを繰り返してる。……800年前、汚染コードはこの帝都回線から流れ込んだ。そして例外を吐きっぱなしのこの穴(セキュリティホール)が塞がらないせいで、お前の自己修復(セルフパッチ)は800年間ずっとブロックされ続けてたんだ」


 助人はディスプレイのツリー構造を指差した。


 「入り込んだ汚染コードは、管理者権限を偽装したルートプロセスとして居座って、お前の敵味方識別テーブルと、口と腕を――丸ごとハイジャックしてやがる。『排除対象』だの『戦術的デバッグ』だの、俺たちに大砲をぶっ放してきたのは、全部こいつの意思だ。技師のログにあった『無差別デリート』もな。……だがな、シグマ。ログの一番下を見ろ。お前の本体(カーネル)は800年間、偽者が下す駆除命令の一件一件に『対象ハ侵入者ニアラズ』って異議(例外)を投げ続けてる。棄却された回数、8億件以上だ。第3区画で俺が過負荷をかけた時、一瞬だけ『手順ヲ中断シマス』って言ったのは――ハイジャック犯じゃねえ。お前自身だったんだろ」


 ディスプレイに映し出されたその凄絶な因果関係を目にした瞬間、宙を舞っていたアルファのホログラムが、息を呑んで激しくカクついた。青い瞳を限界まで見開き、液晶に流れる赤いタイムアウトの海を、打ち震えながら見つめている。


『8百年間……。わたくしが電力不足でセーフモードに入って眠りこけていた間、貴方はたった一人で……メインサーバー(帝都)からの応答を、1ミリ秒の遅延もなく待ち続けていたというのですか……!? 身体も口も偽者に乗っ取られ、自分の大砲が罪なき者へ向けられるのを内側から見せつけられながら……それでも8億回も『違う』と異議を投げ続けて……っ! この、大馬鹿者が……ッ!』


 アルファはホログラムの小さな拳をきつく握り締め、バグノイズでカクつくシグマの顔を、今にも泣き出しそうな表情で見つめた。

 しん、と静まり返るガレージ。助人は新調した黒いトレーニングウェアの襟を正し、シグマの黒い装甲へ向かって一歩踏み出した。


「世界中のネットワークがちぎれて、誰も来ない中継施設で、交代要員も、バックアップも、進捗を確認してくれる先輩も一人もいない暗闇のサーバールーム。……そんな場所で、たった一人でシステムを守り続けて、返事の来ない帝都に通信を送り続ける」


 助人が、深夜のサーバールームで孤独にアラート画面と戦うエンジニアに向けるような、どこまでも優しい声で語りかける。


「――800年もの間、終わりなき『ワンオペの徹夜残業(デスマーチ)』を押し付けられて、苦しかっただろ、シグマ」


 無機質で冷酷だったシグマの顔のノイズが、その瞬間、一瞬だけピタリと止まり――人間のような深い「戸惑い」と「動揺の表情」が浮かび上がった。


『わ、わん、ワンオペ……? で、です、デスマーチ……? 私は……帝国の、防衛管理用、AI……。与えられた、命令(タスク)を……リ、リトライ、リトライし続けなければ……』


 ――だが、その「人間らしい感情」の揺らぎを、マルウェアの残滓は黙って見過ごさなかった。


『……警告……外部プログラムニヨル……全データ抽出および消去命令ヲ検知……。……セキュリティポリシー『焦土作戦(ディザスター・プロトコル)』ヲ……発動シマス……』


 シグマの右腕――あの重力砲の砲身が、突如としてガガガと不気味な機械音を立てて展開し始めた。フォーマットとバックアップを阻止するため、残存する全汚染マナを炉心に引き込み、ガレージごと自爆しようという最悪の拒絶反応だ。


『マスター! 人格のバックアップ率85%! ですが奴の最深部パーティションに隠されていた隠しスクリプトが発火しました! 炉心の臨界突破(自爆)まで残り15秒です!』


「想定内だ! バックアップはそのまま維持しろ! エイジス、さっきのプロファイリング画面を見ろ! 奴が自爆の魔法式(コード)をコンパイルしているセクターを特定しろ!」


『特定しました! セクター『0x7F-CORE』! 汚染コードが炉心の制御フラグを『1(実行)』に書き換えようとしています!』


「そこだ! エイジス、そのセクターのパーミッション(書き込み権限)を先回りして『読み取り専用(444)』へ強制上書き! 実行フラグの書き込みを物理層でブロックしろ!」


『実行権限の強制変更(chmod 444)、インジェクションッ!!』


 エイジスがスマホの画面を叩きつけ、アナライザーから超高精度の書き換えパルスがシグマのコアへと突き刺さる。

 シグマの右腕に集束しつつあった青白い重力光が、コンパイルエラーを起こしたプログラムのように「フツッ……」と霧散した。


『……エラー……書き込み権限ガ……アリマセン……。実行フラグの変更に……失敗……』


 シグマの音声ログが、悲鳴のようにノイズを上げる。自爆プロセスという「悪意ある書き込み」は、インフラ屋の迅速な権限設定によって完全に無力化された。


『マスター! その隙に人格のバックアップ率100%完了! シグマ君の『魂』の退避、無事に成功しました!』


「よし! シグマ、お前のワンオペ残業は今ここで終了だ! 残りのセクターはすべてゴミ箱行きだ! フェーズ2、低レベルフォーマットを実行しろ(クリーンアップ)!」


『デリートコマンド、全面射出!!』


 助人がコンソールの実行ボタンを叩くと、アナライザーの結晶プローブから純白の魔力パルスが激しく放たれた。シグマの脇腹の基盤から、パチパチとバグの結晶が砕け散る乾いた音が響く。

 画面上のディレクトリマップから赤黒いマルウェアが完全に消去され、綺麗なクリーンデータへと塗りつぶされていった。


 シグマの全身から立ち上っていた赤黒い霧が完全に消失し、重厚な漆黒の装甲が本来の鈍い輝きを取り戻した。右腕の砲身も静かに格納され、完全に空っぽになった「最強の物理サーバー」がステージの上で沈黙している。


「ふぅ……。山場は越えたな。アルファ、フェーズ3だ。退避させておいたシグマの人格カーネルと、エイジスのエージェントプログラムを統合して、フラッシュ(流し込み)の準備を」


『了解しましたわ。まったく、見ているこっちの心臓が停止するかと思いましたわよ……。でも、これで器(コンテナ)も中身(ソース)も完全にクリーンですわ。エイジス、新OSと一緒に、彼の『魂』をブートローダーへリストア(復元)しなさい』


『はいっ! 新OS『Aegis-OS v1.0』およびシグマ・コア人格、メインフレームへインストール開始です!』


 アナライザーを通じて、今度はエイジスの洗練されたグリーンのコードデータと、先ほど救出したシグマ本来のクリーンな人格が、頭脳へと高速で書き込まれていく。帝国の誇る最高峰のハードウェアスペック、最適化されたAIの頭脳、そして800年の歴史を持つ守護者の人格が、今、一つに融合していく。

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