3-12:データセンターはお宝の宝庫
「よし、慎重にデマウント(取り外し)するぞ。エイジス、固定クランプの魔術ロックをアナライザーでバイパスしろ」
『アイアイサー! 周波数同期……ロック解除コード送信! 今です!』
助人はマルチツールのペンチでクランプを解放し、冷却コアを両手でしっかりと抱え上げた。ずっしりとした重量とともに、ビジネススーツの胸元がまたたく間に白く凍りついていく。助人はそれを、リュックの背中側のポケットへと慎重に滑り込ませた。自分の背中でクッションを作り、破損を防ぐためだ。
「よし、これでパーツ回収は完了だ。……だが、こいつは何でこんなところで大破してんだ?」
助人は、運転席のドアを開けた。そこには、800年の歳月を経て完全に白骨化した、帝国の技師と思われる人物の遺骸が横たわっていた。その手は、車のダッシュボードに埋め込まれた『メインコンソールパネル』のレバーを握ったまま固まっていた。
『……コンソールの内部メモリに、未送信の『緊急パケット』が残っていますわ!』
スピーカー越しのアルファの声が、激しく上ずった。
『マスター、このアナライザーをコンソールのログポートに繋いでください! 彼の残した最後の言葉が読めるはずです!』
「よし、有線接続だ」
助人は手早くアナライザーの結晶プローブをコンソールの端子へ滑り込ませた。ディスプレイにノイズ混じりの古代帝国文字が展開され、アルファがそれをリアルタイムで意訳していく。
『……【帝国暦794年・中央データセンター緊急ログ】……メインサーバー群の汚染は手遅れだ。防衛AI『シグマ』のカーネルが書き換えられ、味方の識別コードを喪失、無差別デリートを開始した……』
助人の背中に冷たいものが走った。
『……我々は最後の手段として、識別コードを偽装した囮の運搬機でシグマを第4セクター・第3地下区画――生体兵器用の隔離検疫区画へと誘い込み、絶対隔離障壁で封じ込めることに成功した。だが、奴を蝕む汚染コードの供給源は、このデータセンター地下の感染サーバー群だ。給送が続く限り、奴は檻の中で眠らない……』
『……私はシグマの封印にとどめを刺すため、第3地下区画から冷却コアを持ち出し、最後の給送源であるこのデータセンターの『主電源を物理的に切断』しようと試みた。だが、シグマの遠隔パケット攻撃を受け、車両は大破……私の生体コードも間もなく限界を迎える……』
画面の文字が、そこで途切れていた。
「なるほどな……」
助人はぽつりと呟いた。
「シグマが暴走したから、この技師は命がけでデータセンターの電源を落としに来たんだ。だが一歩及ばず、ここで力尽きた。だからデータセンターは完全シャットダウンされず、中途半端な通電状態のまま、地下の感染サーバー群が今もシグマへ汚染コード(バグデータ)を送り続けているのか」
『マスター……ということは、もしこのデータセンターの主電源を今、完全に落とすか、あるいは正常に『再起動』できれば……?』
エイジスが息を呑む。
「ああ。シグマを縛り付けているバグの供給元を断てる。来る前は『制御を握って再起動』の線も考えてたが……このログで決まりだ。ここは直す現場じゃねえ、看取る現場だ。技師さんの遺志を継いで、落とす。……だが、アルファ。この巨大なレバーを引いて主電源を完全にキル(物理切断)したら、この施設内の低圧給電も完全に死ぬんだよな?」
『ええ、もちろんですわ。完全に『暗黒のデッド・ディレクトリ』と化しますわね。復旧用のコマンドすら受け付けなくなりますわ』
「よし、ならレバーを引くのは周りを探索してからだ。エイジス、アルファ、シャットダウン前の『最終サルベージ作業(現場の物色)』をやるぞ。優秀な技師がここまで決死の覚悟で機材を運んできたんだ、この部屋か車両の周りに、作業用の『極上アセット(忘れ物)』が転がってそうだ!」
『大賛成です! 電源が落ちたらデータの吸い出しも物理探索も効率が最悪になりますからね! 灯りがあるうちに漁り尽くしましょう!』
助人はニヤリと笑うと、大破した魔導車の運転席から、さらに奥の管理用ラックや工具棚へと視線を走らせた。手に入れたばかりの【多次元マナ・アナライザー】の感度を最大にし、残存する微弱な電流と魔術シグナルを逆探知する。
「まず一つ目……ビンゴだ。アルファ、あの白骨化した技師の左腕、まだインジケーターが明滅してるぞ」
助人が近づき、技師の腕から慎重に抜き取ったのは、漆黒の結晶ガラスが埋め込まれた重厚な金属製のバングルだった。助人が自分の左腕に装着した瞬間、手首にちくりと微弱な電流が走り、バングルが助人の生体パルスと同期して起動した。
『あ、それは……! 帝国のシステム管理者が身につけていた【ウェアラブル・ヘルス・モニター】ですわ! 施設の警報やサーバーの異常を、精神波でダイレクトに通知するデバイスですわね』
『マスター! 私のシステムとBluetooth……じゃなくて、マナ波長でペアリングできました! これで私がポケットの中にいても、周辺のバグ(魔物)の接近や、シグマ君のステータス異常を、マスターの手首へダイレクトに振動とポップアップで通知できますよ!』
「よし、インフラ屋の腕時計型コンソール(スマートウォッチ)だな。現場での生存率がこれで跳ね上がる」
助人はすぐさま次のターゲットへ向かった。大破した魔導車の助手席の足元に転がっていた、頑丈なチタン製のツールボックス。マルチツールでロックを強引に弾き飛ばすと、中から銀色のドラム缶のようなものが現れた。
「……おいおい、これマジかよ。アルファ、この配線コードの被覆、俺たちがさっきガレージで話してた『対魔力シールド』が最初から何重にも施されてるぞ。おまけにこのテープ……」
『まあ! それは帝国の技師が基幹通信回線を修復する際に使う【超高強度・耐魔導ダクトテープ】と【結晶光ファイバー(魔力線)】の予備ロールですわ! どんな高電圧や高ノイズ、果ては物理的な打撃にすら耐える、当時の保守員の命綱ですわよ!』
「最高だ! これでガレージの魔導車の配線をやり直せば、『振動でコネクタが外れる』なんていうお粗末な初期不良は永久に起きない。インシュロック(結束バンド)代わりにガチガチに固定してやる」
助人は歓喜しながらドラム缶とテープをリュックへ詰め込んだ。その時、アナライザーが『ピーー!』と、この部屋で最も強い電磁波のスパイクを捉えた。
発信源は、大破した魔導車のダッシュボードの裏側。そこには、赤黒いノイズに塗れながらも、必死にデータを内部に留めようと明滅している、手のひらサイズの幾何学的な結晶モジュールが埋め込まれていた。
「エイジス、アナライザーでセクター情報を読め! データ層のお宝だ!」
『読み込み中……うわ、うわああ! マスター、これ、このデータセンター全体の『未送信バッファ(マスター・アーカイブ)』です! 帝国の失われた高位魔術のソースコードや、崩壊当時の全通信ログのバックアップが、この【超高密度・不揮発性ストレージモジュール】の中に全部ダンプされてます! 地球の容量で言えば1ペタバイト(1000TB)級の、耐衝撃・超頑丈SSDですよ!』
『なんですって!? 技師はこれを持ち出そうとして……! マスター、それがあれば、今は暗号化されていて読めなくても、将来的にエイジスの演算でデコードすれば、帝国の失われたロストテクノロジーを全て我が物にできますわよ!』
「持ち帰るに決まってるだろ。未送信の重要パケットを物理的に回収するのはインフラ屋の義務だ!」
助人はマルチツールの精密ドライバーをねじ込み、火花を散らしながらその結晶モジュール(SSD)を強引にマウントから引き抜いた。
その瞬間、部屋の明かりが一段と暗くなり、電圧の低下を知らせるアラートが響く。本当に最後の瞬間が近づいていた。
「よし、これで全部――いや、待て。まだ何かある」
助人は、大破した魔導車のメインコンソールの裏側、本来ならシガーソケットにあたる部分に、奇妙なマルチポートの結晶体が突き刺さっているのを見逃さなかった。館内の電力が死にかけているというのに、その結晶体だけは、周囲の空間から漂う汚染マナを吸い上げて、純粋な電気へと変換し、車内に供給し続けている。
「……空間マナを常時ドロップして電気に変える、自律給電型の極小魔力タップ(永久機関)か!?」
『その通りですわ! 施設がブラックアウトしても、周囲の残留マナがある限り、接続された端末へ無限に給電し続ける【環境マナ対応・非常用給電ノード】ですわ!』
『最高すぎますマスター! これがあれば、地球製のポータブル電源の残量%に怯える必要が一切なくなります! 私もアナライザーも、こいつに繋ぎっぱなしにすれば常時100%のフルパワーで稼働できますよ!』
「よし、これもいただきだ!」
助人は結晶タップを力任せに引き抜いた。その瞬間、大破した魔導車のコンソールが完全に沈黙し、管理室内のすべての予備電源が文字通り風前の灯火となった。
最後に、管理室の壁際で、アナライザーがもう一つだけ微弱な反応を拾った。頑丈なガラスケースの中に、野球ボールほどの大きさの、透明な幾何学カットが施された多面体クリスタルが、一枚の銘板(仕様プレート)とともに鎮座している。
「アルファ、これは?」
『【高次元グラフィック・エクスパンション・モジュール】……帝国の上級技師が演算拡張と立体出力に使っていた、最高級の外部増設クリスタルですわ! 銘板ごと回収なさい、必ず役に立ちますわよ!』
「言われなくても、いただくに決まってるだろ!」
助人は手に入れた5つのお宝――スマートウォッチ、最強の配線資材、1000TBのマスターSSD、無限給電タップ、そして謎の多面体クリスタルをリュックに完璧にパッキングし、不敵な笑みを浮かべて部屋の中央にある巨大なレバーの前に戻った。
両手でレバーを握り、全体重をかける。
「お待たせしたな。交代要員の引き継ぎおよび、アセットの全回収作業、これにて完了だ。……システムシャットダウン(コマンド実行)……強制終了ッ!」
――ガツンッ!!!
鈍い金属音が響いた直後、館内を微かに満たしていたハミング音が完全に消失した。周囲のラックの奥で蠢いていた不気味な青白い光が、一斉に立ち消えていく。完全な無音、そして完全な暗黒。
だが、その暗黒は、800年間この施設を蝕んでいたバグが消え去った、清浄な静寂だった。
「……終わったな」
『はい。シグマへ汚染コードを送り続けていた低帯域ストリーミングが、発信源ごと完全に沈黙したのを確認しましたわ。これで奴は、純粋な『スタンドアロンのセーフモード』で眠り続けるはずです』
「よし、これで今回の現場仕事はすべて消化した。俺たちのホーム(ガレージ)へ帰るぞ!」
スマホのフラッシュライトで足元を照らしながら、助人はデータセンターを後にし、自分たちの魔導車へと戻った。
完全にブラックアウトした巨大サーバーファームの静寂は不気味だったが、リュックの中に詰まった「極上アセット」の重みが、助人の足取りを驚くほど軽くしていた。
「よし、乗り込め。エイジス、さっき拾った【環境マナ対応・非常用給電ノード】、こいつをさっそくこの魔導車の中でテストしてみるぞ」
『賛成ですマスター! さっそく実戦投入ですね!』
助人は魔導車の運転席に滑り込むと、リュックから先ほど引き抜いたマルチポートの結晶タップを取り出した。そして、地球製のポータブル電源のUSB入力ケーブルと、エイジス(スマホ)の充電用リード線をその結晶ポートへと差し込む。
すると、データセンターの闇の中に滞留していたわずかなマナを吸い上げ、結晶タップが淡い緑色の光を放ち始めた。
『わわっ! マスター、スマホの画面に『超急速充電中』のポップアップが出ました! ポータブル電源の残量メーターも、さっきまで死にかけてたのが嘘みたいに、ぐんぐん数値が回復してます!』
「ハハッ、素晴らしいな! 異世界の汚染マナ(バグ)を地球の電気エネルギーに変換して無限に給電するパッチ回路の完成だ。これで電力不足という最大のボトルネックが完全に解消されたぞ」
『やりましたね! ついでに、今朝戦力外が確定したソーラーパネル君は、正式にリストラで……』
「いや、あいつは地球に帰る日まで大事に取っておくんだよ。動くバックアップ(冗長構成)を捨てるインフラ屋はいない」
『……まったく、帝国の非常用物資をそんな携帯の充電器代わりに使うなんて、贅沢というか、罰当たりというか……。でも、これで帰路の電力の心配は皆無ですわね。マスター、魔導車を仮設バイパス回路で再起動してくださいませ。ガレージへ引き返しますわよ』
「応よ、安全運転でロールバック(帰還)だ!」




