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3-11:パーツ泥棒の現行犯

 ガレージの外に広がっていたのは、緑の皮を被った「混沌」そのものだった。

 かつて帝国の幹線道路だったはずのアスファルトは、肥大化した樹木の根によって無惨に引き裂かれ、もはや道としての原型を留めていない。巨木の間を縫うようにして、助人は魔導車のハンドルを握り、慎重にアクセルをコントロールしていた。


「おいおい、ロードバランス(路面状況)が最悪なんてレベルじゃねえぞ。オフロード車でも悲鳴を上げる悪路だ」


『マスター、車体の振動が激しいです! スマホの背面に養生テープで貼られたクリスタルが、想定以上の『物理ノイズ』を拾っています! 振動の減衰演算をフルパワーで実行中ですが、私のプロセッサの処理能力(CPU使用率)が85%を超えました!』


「頼むぞエイジス、そこが焼き切れたら俺たちはただの遭難者だ。アルファ、前方のトポロジーはどうなってる?」


『ここから500メートル先、旧料金所(ゲートウェイ)の跡地付近で、高密度のマナ反応を検知しましたわ。……待ち伏せ(リスニング)されています。汚染マナによってネットワーク化された、群れを成す魔獣『ディザスター・ウルフ』の一群です』


「野生のマルウェアがポートを開けて待ってるってわけか。まともに戦うだけの電力(リソース)は残ってない。……エイジス、ポータブル電源のステータスは?」


『入力電流、臨界点(クリティカル)を維持! 魔導車の炉心から溢れる熱量を、私のトラフィックシェーピングでどうにか電気に変換してバッテリーへねじ込んでいますが……ポータブル電源の筐体温度がすでに55度に達しています! あと15分連続でこの負荷をかけ続けたら、バッテリーの保護回路が働いて『強制シャットダウン』します!』


「仮設バイパスのタイムリミットの方が早かったか。……よし、アルファ。料金所のゲートを突破する最短の『エクスプロイト(突破口)』を教えろ。速度を落としたら、熱が籠もってその瞬間に爆発する!」


『……無茶を言いますわね! わかりましたわ、データリンクを開始します。料金所跡の右側、かつての手荷物検査用レーンは、防護壁の物理強度が最も低下しています。あそこなら、この魔導車の重量(パケットサイズ)なら強引に突き破れますわ!』


「よし、全パケット、右レーンへ直進(ルーティング)だ!」


 助人はアクセルペダルを床まで踏み込んだ。出力12%に固定された炉心が、仮設バイパスのケーブルを火花で焼きながらギチギチと回転数を上げる。

 助手席のポータブル電源からは「キィィィン」という、コンデンサが悲鳴を上げるような高周波の駆動音が響き、焦げたゴムの臭いが狭い車内に満ちていく。


 前方の視界が開け、崩壊した料金所のコンクリート壁が見えた。

 そこへ群がっていたのは、全身の毛皮が黒い磁性流体のように蠢く、数十匹の『ディザスター・ウルフ』だ。彼らは突如現れた鉄の塊を検知し、赤い目を剥いて一斉に飛びかかってくる。


『ギャウァァァァッ!!』


「邪魔だ! どきやがれッ!!」


 助人はクラクションの代わりに、ダッシュボードに固定した【多次元マナ・アナライザー】へ手を伸ばし、仮設バイパスで炉心の魔力線に噛ませたままの出力を、フロントグリルの外部アンテナ側へと切り替えた。


「エイジス! そのアナライザーから指向性の高い『高周波ノイズパケット』を前方に照射しろ! 奴らの知覚ネットワークを一瞬だけジャミング(通信妨害)する!」

『了解! マナ波長、強制変調(モジュレーション)!!』


 アナライザーの結晶探針から、目に見えない魔力の衝撃波が前方の空間へと放射された。

 魔獣たちの動きが、まるで通信ラグが発生したかのように一瞬ピタリと止まり、互いに激突して統制を失う。


 そのわずかな隙間を目掛け、魔導車が突進した。

 バキバキバキッ!!! と、右レーンの錆びついた鉄柵と崩れかけたコンクリートを、魔導車の黒い重装甲が物理的に粉砕しながら強引に突破していく。魔獣たちの爪が窓ガラスを引っ掻く嫌な音が響いたが、車体は速度を落とさずに原生林の奥へと突き抜けた。


「ふぅ……! ゲートウェイ突破! 損害(エラー)は?」


『車体の装甲表面に軽微なスクラッチ(傷)。ですが、問題はそこではありません! マスター、ポータブル電源の温度が62度に到達! 警告音が鳴り始めました! あと30秒で安全装置が作動して、冷却バイパスが死にます!』


「クソッ、ここでシステムダウンは笑えねえぞ! アルファ、この近くに冷却効率の良い『冷却スポット』はないか!?」


『左前方300メートルに、旧帝国の給水施設(ウォーター・サーバー)の貯水槽跡がありますわ! 未だに低級の氷属性マナが残留しているはずです!』


「そこへ滑り込む! エイジス、シャットダウンを5秒だけディレイ(猶予)させろ!」


 助人はハンドルを左へ猛烈に切り、生い茂る草むらをなぎ倒しながら、青白い氷の結晶が周囲にこびりついた石造りの貯水槽へと魔導車を突っ込ませた。


 キキィィィッ! とブレーキを踏み鳴らし、車が停車すると同時、助人は助手席の過熱したポータブル電源をひっ掴み、ドアを開けて外へ飛び出した。


「これで冷えてくれ!……水没させるならこいつだ!」


 助人はリュックから、ソロキャンプ用に持ち込んでいた防水スタッフバッグを引き抜いた。沢の水や急な雨から機材を守るための、完全防水の袋だ。過熱したポータブル電源を手早くその中へ封じ込め、口をきつく締める。

 そして、凍りついた貯水槽の冷水の中へ、防水バッグごとポータブル電源を叩き込んだ。

 ジュゥゥゥゥッ!!!

 という凄まじい水蒸気が上がり、バッテリーの温度計が急速に低下していくのが見えた。


「……ハァ、ハァ……。タイムアウト(制限時間)ギリギリセーフ、か……」


 助人は水蒸気の中で膝をつき、泥だらけの手で顔の汗を拭った。

 まだ目的地までの中間地点にも達していない。だが、手に入れたツールと、相棒たちとの連携によって、この理不尽なデスロードを確実に「ハック」しつつある手応えがあった。


 水面に浮かぶポータブル電源の液晶が、冷やされたことで『INPUT: NORMAL』の緑色の文字へと戻っていく。


「さて……。ブレイクタイム(小休止)はここまでだ。バッテリーが冷えたら、すぐにサーバー(魔導車)を再起動して残りの道のりを走破するぞ」


 助人は不敵に笑い、水の中から相棒たちを引き上げた。中央データセンターへの道は、まだまだ険しい。


 何度もポータブル電源を水冷し、騙し騙し走り続けること数時間。鬱蒼とした原生林が唐突に途切れ、視界が開けた。

 そこにそびえ立っていたのは、一面を黒い太陽光パネルのような装甲板で覆われた、窓のない巨大な直方体の建造物だった。壁面の大部分は崩落し、内部の鉄骨が剥き出しになっているが、その圧倒的なスケールは紛れもなく、かつて帝国の全データを統括していた『中央データセンター』の成れの果てだった。


「……到着したな。思ったよりデカいサーバーファームだ」


 助人は魔導車をデータセンターの正面ロビー跡に滑り込ませ、即座にエンジンを切った。過負荷で軋んでいたポータブル電源が、プシューと低い排気音を立ててようやく静まる。


『マスター、周辺の空間マナ波長をパッシブスキャンしましたわ。間違いありません、この構造物の地下階層から、シグマが同期しようとしていた『もう一台の魔導車』のビーコン信号を受信しています』


「よし。エイジス、アナライザーをポータブルモードに切り替えろ。暗いからライト代わりにスマホのフラッシュも頼む」


『了解です! スマホ側のバッテリーは仮設冷却の副産物で80%まで急速充電されてますから、ライトも演算もフル稼働できますよ!(ポタ電本体はまだ瀕死ですけどね)』


 助人は薄暗い内部へと足を踏み入れた。ロビーの奥には、地球のデータセンターの比ではない規模の、数階建てに及ぶ巨大な『魔術回路ラック』が幾重にも立ち並んでいた。

 しかし、メインの魔力照明はすべて死に、ラックのインジケーターもほとんどが沈黙している。

 ただ――耳を澄ますと、建物の奥底から「ヴヴ……」という、かすかなハミング音が響いてくる。

 完全には死んでいない。この巨大な廃墟のどこかで、何かが、まだ中途半端に生き続けている(通電している)のだ。


「どこの世界も、半端に通電したまま放置されたデータセンターってのが一番不気味なんだよ。生きてる回路がどこで何をしてるか分からないからな。……アルファ、ここ全体の主電源(メインブレーカー)はどこだ? 状況次第じゃ、完全に落とすか、こっちで制御を握る必要がある」


『地下2階の『炉心管理室』ですわ。ですがマスター、単にブレーカーを上げるだけでは駄目です。長年の放置によって、館内の給電経路(バスバー)の至る所がショートしているか、魔術的なエラーでロックされていますわ』


『つまり、電源を入れた瞬間に過電流で全損するか、そもそも起動シーケンスが走らない可能性が高いってことですね。……あ、マスター! 見てください、床に何かあります!』


 エイジスが照らした光の先に、ぬかるんだ埃の上に刻まれた「明確な轍(わだち)」があった。


「車のタイヤ痕だな。……幅とパターンからして、俺たちが乗ってきた魔導車と完全に一致する」


 助人は屈み込み、轍の跡を指でなぞった。

「アルファの言った通りだ。800年前、メンテナンス担当の技師が緊急保守用としてパーツを別の個体に積み込み、そのままこのデータセンターの地下へ乗り入れた。……そして、その『もう一台』は今もこの奥にいる」


『……奇妙ですわね。なぜ当時の技師は、パーツを持ち出してまでデータセンターの深層へ向かったのかしら? まるで、崩壊の最中に『何かを保存しようとした』かのような動きですわ』


「その答えも、地下に降りれば分かるだろ」


 助人はアナライザーの画面を確認しながら、轍の追跡を開始した。

 轍は薄暗いラックの迷宮を抜け、資材搬入用の巨大なスロープを、地下へ、地下へと下っていた。

 地下2階――アルファの言った『炉心管理室』のある階層だ。進むにつれ、空気中のマナ濃度が不自然に変調していくのを、アナライザーの針が捉え始める。例のハミング音も、一歩ごとに大きくなっていく。


『マスター、前方――炉心管理室の隔壁の奥に、巨大なエネルギーシグネチャ! 轍はあの中へ続いています!』


 助人が半開きの隔壁をくぐると、スマホの光の中に、管理室の壁に激突した状態で半ば埋もれている「もう一台の魔導車」の無惨な姿が浮かび上がった。

 車体はボロボロに大破し、周囲には引き千切られた魔力ケーブルが散乱している。


「見つけたぞ。……パーツ泥棒の現行犯だ」


 助人はマルチツールを構え、大破した車両のボンネットへと近づいた。いよいよ、最後のパーツとの対面だ。

 大破した魔導車のボンネットは、強烈な衝撃でひしゃげていた。助人はサバイバルナイフを隙間にねじ込み、テコの原理で強引にこじ開ける。


 ――バキィッ!


 金属音が響き、内部のエンジンブロックが露出した。

 その中央、複雑に折り畳まれた超伝導パイプの集合体が、冷徹な青白い光を放ちながら鎮座していた。周囲の空気がそこだけ凍りついたように冷えていく。持つだけで手の感覚が失われそうなほどの絶対零度のデバイス。


「間違いない。【冷却コア・マニホールド】だ。五体満足で残ってやがる」


『やりましたわマスター! これで魔導車を完全復旧(フル・デプロイ)させるための最後のマスターピースが揃いました!』


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