3-10:シグマのログ解析とジャンク魔導車
『デコード中……。シグマの現在のエラーコードは『E-0403:カーネルパニック』。周囲の汚染マナ(マルウェア)を吸い込みすぎて、完全にメモリがバグの無限ループに陥っています。現在はハッチの向こうで沈黙していますが、内部の演算リソースは常に100%を維持……自己修復を試みていますが、汚染コードと防衛プログラムが互いを拒絶して、システムが激しくコンフリクト(衝突)していますね』
「なるほど、中身はグチャグチャだが、ハードウェア自体はまだ死んじゃいねえな。……ん? 待ってくれ。エイジス、シグマのメモリダンプのログをもう一度見せろ。……この『外部接続ログ』の履歴は何だ?」
助人はアナライザーの画面に表示された、シグマが過去数日間に通信を試みたとおぼしき『未送信のパケットキュー』を指差した。
『これは……シグマが、自分以外の『帝国の資産』に対して、定期的に生存確認を飛ばそうとしていた形跡ですわ!』
アルファがホログラムの地図を広げ、1つのポイントを赤く明滅させた。
『シグマが同期を試みていた対象のシグネチャ……これ、間違いありませんわ。第3地下区画から持ち出された、もう一台の魔導車――すなわち、【冷却コア・マニホールド】を積んだ別個体の現在位置です!』
「何だと!? どこにいる!?」
『ここから北へ約15キロ……崩壊した旧帝国の『中央データセンター(アーカイブ区画)』の廃墟ですわ。そこに、パーツを強奪していったもう一台の魔導車が、今も『眠っている』か『乗り捨てられている』可能性が極めて高いです!』
助人はポータブル電源の残量計と、手に入れたばかりの多次元マナ・アナライザーを交互に見つめ、不敵に笑った。
「なるほどな。冷却コアは勝手に歩いて逃げたわけじゃなく、別のサーバー(車両)に引っ越しただけか。行先が分かれば、インフラ屋のやることは一つだ」
助人は養生テープをパチンと叩き、腰の工具箱を閉じた。
「現場の初期診断は完了。次のタスクは『中央データセンターでのパーツ回収作業』だ。マニホールドを引っこ抜いて魔導車を完全復旧させたら、そのままあの最高峰の物理サーバー(シグマ)をクリーンインストールして、ウチの配下に引きずり込んでやる。……バックログを消化しにいくぞ、相棒たち!」
2つのAIがそれぞれの画面で力強く応答する中、助人は汚れきったビジネススーツの襟を正し、まだ見ぬ帝国の深淵へと視線を向けた。
――北へ15キロ、旧帝国の中央データセンター跡地か」
助人はガレージの床に、アルファが投影した大陸の3Dトポロジーマップを睨みつけながら、顎をさすった。
15キロ。地球の舗装された道路なら徒歩で3、4時間、自転車なら1時間もかからない距離だ。しかし、ここは未知のマルウェア(汚染マナ)によって変異した凶悪な魔物が跋扈する異世界の原生林。おまけに助人の足は、クッション性のかけらもないペラペラな革靴だ。ビジネススーツの泥を軽く払いながら、彼は現実的なリソースの計算を始めた。
「アルファ、そのデータセンターまでのルートのクオリティはどうだ? 物理層の障害物は?」
『……最悪ですわ。かつての帝都幹線道路は完全に崩落し、現在は汚染されたマナを吸って巨大化した植物と、獰猛な野生種の巣窟になっています。まともに歩けば半日では済みませんし、何より貴方のその紙のように薄い衣服では、原生林の毒トゲ一本でシステムダウン(即死)ですわよ』
『マスター、さらに深刻な物理障害があります。私のバッテリー残量、およびマスターのポータブル電源の残量が合計で12%を切りました。データセンターへ向かう途中で電力が完全に『枯渇』すれば、私のナビゲーションも、携行結界の耐魔フィールドも全停止します』
エイジスがスマホの画面で、文字通り風前の灯火となったバッテリーアイコンをチカチカと明滅させる。
「――いや、待てよ。俺としたことが、忘れてた。切り札があるじゃないか!」
助人はガレージの隅に駆け寄り、リュックの横に括りつけたままだった「黒い板」の留め具を外した。転移以来、一度も開封検証していなかった15万円セットの片割れ――200W折りたたみ式ソーラーチャージャーだ。
『あっ、ソーラーパネル! そういえばずっと倉庫番でしたね!』
「電力に余裕があったせいで、検証を後回しにしてたツケが来たな……。頼むぞ、太陽光さえあれば無限に電力を生み出す、完全独立電源システム最後のピース!」
助人はガレージのハッチから外へ出ると、木漏れ日が一番強く差し込む場所を選んでパネルを広げ、角度を調整しながらケーブルをポータブル電源の入力ポートへ差し込んだ。液晶に、入力ワット数が表示される。
「さあ来い、無限エネルギー……ん?」
【INPUT: 11W】
「じゅ、11ワット……? おい、200Wパネルだぞ!? 定格の5%しか出てないじゃないか!」
『分析します。……マスター、原因は上空です。この森、樹冠が分厚すぎます。地表に届いている直射日光は全体の1割以下。しかも木漏れ日は太陽と枝葉の動きで数分単位で位置がズレるので、発電ポイントが固定できません』
見ている間にも、風で頭上の枝葉がざわりと揺れ、液晶の数字が【24W】→【6W】→【38W】→【3W】と乱高下する。そのたびにポタ電の充電制御が「ピッ、ピッ」と接続と切断を繰り返した。
『それに、入力がこう不安定だと、充電コントローラー(MPPT)が最適動作点を見失って、そのたびに再探索を始めます。実効値はさらに目減りしますね。……概算、この環境での平均入力は約9ワット。空のポタ電を満充電にするには――およそ223時間。9日と7時間コースです』
「使えねぇ……! カタログスペック詐欺じゃねえか!」
アルファが呆れたように補足した。
『その板の定格とやらは、「遮蔽物のない快晴の空の下に、光へ垂直に設置する」という理想環境(ラボ値)での数値なのでしょう? この魔群の森は大陸有数の深緑地帯。樹冠を抜けてくる陽光なんて、それこそ「システムの隙間から漏れ出るログ」程度のものですわ。まともな日照が欲しければ、森を抜けるか、木のない開けた場所に出ることですわね』
『でもマスター、開けた場所はこちらからも魔物からも丸見えです。残量12%で無防備にパネルを広げて数時間の日光浴なんて、「新鮮なお肉はこちらです」の看板と同義ですよ』
「……発電はできる。だが森の中じゃ実用にならない。開けた場所なら使えるが、命がけ。よりによって、一番電力が欲しい今日に限って判明する事実がこれかよ……」
助人は肩を落としてパネルを畳み、リュックの横へ丁寧に括り直した。それでも捨てるという選択肢だけはない。インフラ屋は、今は使えない冗長化設備ほど、いざという時のために磨いておくものだ。手元にあるのは、機能の一部が死んでいるジャンクな魔導車、残り僅かな電力、サバイバルナイフ、たった今戦力外が確定した倉庫番のソーラーパネル、そしてさっき手に入れたばかりの超高性能測定器【多次元マナ・アナライザー】。
「……電力不足に、頼みの綱のソーラーは圏外、足代わりの車両はジャンク品。目的地は魔境の奥深く。現場の四重苦ってやつだな。だが、だからこそこの鉄の箱(魔導車)を今、ここで動かす」
助人は不敵に笑うと、手に入れたばかりのアナライザーを小脇に抱え、再び魔導車のボンネットの中へと身を乗り出した。
『ちょっと、マスター・イセ!? さっき冷却コア・マニホールドがなければ、起動した瞬間にメルトダウンすると説明したばかりですわよ!』
「ああ、仕様書通りに動かすならな。だがなアルファ、現場のインフラ屋ってのは、正規のパーツが届かないからってサーバーを落としたままにはしないんだよ。……パーツがないなら、手元にあるジャンクで『仮設のバイパス回路』を組むまでだ!」
「エイジス! アナライザーのプローブを炉心のダミースロットに直結しろ。熱源のダンプデータを取るぞ」
『了解です、マスター! 測定開始……シグナルキャプチャ成功!』
助人はマルチツールを器用に操り、魔導車の噛みちぎられたメインケーブルの断面へ、アナライザーの透明な結晶探針を押し当てた。
画面に表示されたのは、炉心から溢れ出ようとして行き場を失っている、不安定な熱魔力の過渡応答波形だった。
「なるほど、冷却コアの役割は『廃熱を魔力に再変換してリサイクルするループ構造』だったな。なら、そのループが途切れてる箇所に、一時的に熱を逃がす『終端抵抗』を噛ませてやれば、メルトダウンまでの時間は稼げるはずだ」
『終端抵抗!? ですが、そんな帝国の高熱量に耐えられるダミーの負荷なんて、このガレージのどこに――』
「ここにあるだろ。地球が誇る、大容量リチウムイオンバッテリーがさ」
助人はリュックから、残量僅かとなった地球製のポータブル電源を引きずり出した。
「こいつの充電回路を、魔導車の廃熱魔力ラインへ強引にバイパス(逆接続)する。魔導車のエンジンから出る余剰な『熱エネルギー』を、エイジスの変換アシストを使って、地球の『電気エネルギー』にコンパイルしてポータブル電源に強制充電させるんだ。つまり、ポータブル電源そのものを、簡易的な『熱の逃がし弁(冷却アセット)』として利用する!」
『な、何て無茶なインフラ構成を……! 地球のポータブル電源の入力定格を遥かに超える魔力熱量が流れ込んだら、一瞬でバッテリーが破裂(物理クラッシュ)しますわよ!?』
『いえ、いけます! アルファ!』
エイジスがアナライザーのデータを書き換えながら、計算式を高速で弾き出す。
『私がアナライザーの帯域調整機能を使って、魔導車から流出する熱パケットを10ミリ秒単位で『流量制限』します! ポータブル電源が過熱する直前で入力を遮断し、交互に魔導車の内部結晶へ熱を逃がせば……理論上、バッテリーの爆発を防ぎつつ、電力を自給自足できます!』
「よし、設計完了だ。作業に入るぞ!」
助人は、噛みちぎられた魔導車の被覆(ガラス繊維質)をマルチツールで剥き出しにし、そこへ地球のポータブル電源の充電ケーブルを直に結線した。上から高強度の養生テープを何重にも巻きつけ、さらに絶縁性を高める。
アナライザーのディスプレイには、地球のプロトコル(電圧・電流)と、古代帝国のプロトコル(マナ波長・共振度)が複雑に交差する、前代未聞の「ハイブリッド・パッチ回路」の構成図が描かれていた。
「これぞ、現場の泥臭い『応急処置』だ。……アルファ、システム全体の同期は?」
『……信じられませんわ。地球のブリキ玩具と帝国の最先端炉心が、ガムテープとリード線だけでリンクしていますの……? でも、エラーログは『消灯』。システムの起動要件を最低限、満たしましたわ……!』
「よし。エンジン(炉心)、一速起動。……リブートしろ!」
助人が魔導車のメインコンソールにある、結晶の起動スイッチを力強く押し込んだ。
――ブゥゥゥゥン……ッ!!!
ガレージの空気が、地鳴りのような重低音とともに震えた。
魔導車の心臓部が青白い眩い光を放ち、噛みちぎられていたメインケーブルを伝って、エネルギーが脈動し始める。
直後、助手席に置いた地球のポータブル電源のファンが、これまでにない爆音で回転を始め、液晶パネルに『INPUT: MAX OVER』の警告が灯る。だが、爆発はしない。エイジスとアナライザーが、狂暴な熱量を完璧に制御し、電気へと変換している証拠だ。
『炉心安定! 出力、仮設バイパス回路により12%で固定! ポータブル電源へのトリクル充電開始! ……マスター、魔導車、ローカル環境での『アイドリング稼働』に成功しました!』
「よし……! これで足は確保した」
助人は汗を拭い、不敵に笑いながら運転席へと乗り込んだ。革シートの心地よい硬さが、ビジネススーツ越しに伝わってくる。
「仮設バイパスの寿命が尽きるか、ポータブル電源が消し飛ぶのが先か、15キロ先の中央データセンターに滑り込むのが先か……。楽しい楽しいデスマーチのドライブといこうじゃねえか。アルファ、ゲートを開けろ。出撃だ!」
『……まったく、とんでもないインフラ屋を引いてしまいましたわ。ルート案内を開始します。……道中、バグ(魔物)に捕まってシステムダウンしないでくださいませ、マスター!』
ガレージの重厚なハッチがゆっくりと開き、異世界の鬱蒼とした原生林が目の前に広がる。
助人はアクセルペダルを静かに踏み込んだ。不完全なジャンク車は、しかし確かな駆動音を響かせながら、帝国の深淵へと向かって力強く発進した。




