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3-6:発見した魔導車と第3地下区画

「さて、レクチャーも受けたことだし、改めて魔導車の本格的な修理(トラブルシューティング)といこうか」


 助人はカバンからマルチツールとテスターを取り出し、ガレージの奥で眠る巨大な魔導車のボンネットを跳ね上げた。


「よし、ではまずアルファからいこう。この魔導車の基本設計図と魔力回路図はあるか? もしあれば見せてくれ。今のうちに何が足りないか徹底的に洗い出しておく」


『了解しましたわ。設計仕様を投影(プロジェクション)します』


 アルファが指を鳴らすと、魔導車のエンジンブロック内部に、光り輝く骨組みが立体的に浮かび上がる。助人はテスターの先端を、結晶の並ぶ基盤の各ポイントへ慎重に当て、エイジスがそれをリアルタイムで解析していく。


『マスター、設計図と実機を突き合わせています。……うわ、これ設計図では『魔力変換ユニット』と『共振制御用・高周波クリスタル』、『冷却コア・マニホールド』が搭載されるはずの場所が、完全に空洞ですね』


 エイジスが画面上に、警告マークを立てたパーツリストを表示する。


 ==================================================

 【魔導車:修理に必要な不足パーツリスト】


 ・【魔力変換ユニット】:動力源とモーターのエネルギー変換用

 ・【高周波共振クリスタル】:魔力線の帯域調整と安定化用

 ・【冷却コア・マニホールド】:炉心温度のオーバーヒート防止用

 ==================================================

 

 「物理的なコアパーツが丸ごと抜き取られてやがるのか。これじゃあ、いくらケーブルを繋ぎ直しても火を噴くだけだな。まずはこいつらがなぜ必要なのか、アルファ、技術的な仕様を教えてくれ」


『承知しましたわ。では【魔力変換ユニット】から。これは大気中のマナを物理的な回転エネルギーへ変換する、魔法のトランスデューサーです。現代の低効率な魔術と違い、帝国はこれを並列多重共振させて、ロスを限りなくゼロにしていました。これがなければ、炉心から溢れる膨大な純魔力は制御を失い、即座に車両ごと空間を吹き飛ばす爆弾と化します』


『次に【高周波共振クリスタル】です。魔力線のノイズを除去し、波長を同期させるためのフィルタリング・デバイスです。これがないとマナの流れが乱れて「魔力の逆流」が発生します。帝国全土の通信規格に合致させる、まさに究極のクロックジェネレーターですわ』


『最後に【冷却コア・マニホールド】。炉心は稼働時に膨大な熱を発生させます。帝国は、その熱をただ捨てるのではなく、『魔力に再変換してリサイクルする』という究極のエコシステムを構築していました。このマニホールドには、熱交換と魔力転換を同時に行うナノ・構造が埋め込まれています。これがないと、車両は1分と持たずにメルトダウンしますわ』


 アルファの解説が終わると、スマホの画面の中でエイジスが元気に割り込んだ。


『はいっ! 今のアルファの説明を、私の知識データベースで地球の技術に意訳しますね!』


『まず【魔力変換ユニット】は、電力供給でいう高圧電流を直流に整流するインバーターの超高性能版です。これが無いとモーターが制御不能になるので、現代のEVでいうパワーコントロールユニットのパンクと同じ状態ですね』


『【高周波共振クリスタル】は、通信機器でいう高精細な信号を維持するためのクロック・リカバリ、あるいはノイズを除去するフェライトコアの役割です。これが無いと信号が盛大にノイズ混じりになり、車両のデジタル制御がバグだらけになります』


『そして【冷却コア・マニホールド】は、熱エネルギーを電力に変換するサーモエレクトリック・ジェネレーターの極致ですね。廃熱を再利用してエネルギー効率を極限まで高めるなんて、地球の次世代エネルギー技術そのものですよ!』


「なるほどな……。どいつもこいつも一品モノの職人芸ってわけか。……ついでに聞くが、今の魔導車の内部配線を見てどう思う?」


 助人は、噛みちぎられた太いケーブルを指で辿る。


「このケーブルの被覆、地球のPVCとは訳が違うな。まるで硬化した樹液とガラス繊維を混ぜたような材質だ。これに耐えうる物理的な接続(コネクタ)と、それを固定するための養生テープの類が必要だぞ。今のままじゃ振動で基盤からすぐ外れる」


『確かに。帝国の魔力線は高純度のマナを通すため、被覆には対魔力コーティングが施されています。ただのビニールテープでは一瞬で炭化して剥がれ落ちますわよ』


「だよな。となると、インベントリ拡張には予備の固定資材も必須だ。結束バンド(インシュロック)に相当するもの、あるいは高強度のダクトテープみたいな粘着資材……それらが全部、第3地下区画にあるといいんだが」


 アルファは設計データを高速検索し、投影図を地下深くへとスライドさせた。


『……残念ながら、800年前の記録によると、当時のメンテナンス担当技師が【緊急保守用として第3地下区画へ持ち出した】というログが残っていますわ』


「その技術担当とやらが残した記録が見たい。何か残ってないか?」


『そうですね……あっ、見つけましたわ。当時、魔導車は複数台あったようです。そのうちのここにあるのは一台なのですが、どうも他の魔導車たちにパーツをすべて持って行かれたようで、完全にここに残されたのは殻のみになりそうです。先ほど挙げた3パーツは、それぞれ別の個体に積み込まれたと記録がありました』


「最悪だ……地球のPCで言うジャンク品を掴まされたってわけかよ……。まぁでも安心したぜ。どこの世界も使える部品は別のPCで使うっていう地球のジャンク文化の力が、ここでも通用するってことだな。しかし……場所が場所だな。アルファ、その第3地下区画っていうのは、一体どんな場所なんだ?」


『……第3地下区画は、かつて帝国の【廃棄型生体魔導兵器の隔離・検疫区画】でしたわ。魔力災害の際、未知の汚染によって狂暴化した実験体が大量に封じ込められ、その後、施設ごと物理的に切り離されました。いわば、帝国の負の歴史が圧縮保存された、最も深い『デッド・ディレクトリ』ですわ。空間全体に汚染されたマナが滞留し、不用意に侵入すれば、生身の人間は肉体の魔力構造を書き換えられ、自我を失った魔物と化す可能性が高いです』


 ガレージに、凍りつくような静寂が流れた。


「……まじかよ。結局、一番行きたくなかった『危険なフォルダ』の奥底に取りに行かなきゃいけないのか」


 助人は床に置いたレンチを拾い上げ、腰に下げた、くたびれた通勤リュックとサバイバルナイフを確認する。防御力は皆無。地球のビジネススーツに、中身はただの工具とポータブル電源。昨日、あそこは「クローズでヨシ!」と宣言したばかりだというのに、まさか数時間後にフラグ回収のために向かうことになるとは。


「アルファ、その『第3地下区画』について、もっと詳細なスペックと今のリスク状況を吐き出せ。昨日のような『お嬢様の勘』じゃなくて、インフラ屋が納得できるレベルの要件定義が必要だ」


『……仕方ありませんわね。貴方の頭の中にある「汚染」という概念を、帝国のシステム仕様に基づいて再定義して差し上げますわ』


 アルファが空中に投影していた地図を、詳細な断面図へと切り替える。


『第3地下区画は、帝国の【廃棄型生体魔導兵器の隔離・検疫区画】でした。魔力災害当時、開発中だった実験体たちが未知の汚染マナ(バグ)を取り込み、自己増殖を始めたのです。システム側は直ちに当該区画を【ハードウェア的に物理切断(エアギャップ)】しましたが、実験体たちはその隔離された空間の中で、互いを捕食し、魔力を最適化し続けました』


 アルファは、赤く明滅する区画の内部データを拡大した。


『この汚染の正体は、マナの情報を司る「魔術基底コード」の破壊ですわ。ここに入り込むと、周囲のマナが貴方の細胞の設計図を「エラー」と見なします。つまり、貴方の肉体は自己修復を放棄させられ、異質なエネルギーを定着させようとする外圧によって、強制的に「魔物(バグを保持する実体)」へ再コンパイルさせられるのです』


『5000%の汚染濃度……つまり、空間そのものが貴方の存在を否定する「アンチ・コンパイル領域」です』


 エイジスがスマホの画面に、警報レベルの赤いグラフを投影する。


『マスター、この数値の意味、わかりますか? 汚染されたマナを吸い込むと、肺や皮膚がそのマナを「酸素や栄養」ではなく「コード」として取り込んでしまうんです。マスターの細胞が、意思を持たない「魔導兵器の端材」として書き換えられ始める……それが、この区画の侵入者に対する標準的な処理ルーチン(免疫反応)です』


「なるほど、空間全体が巨大な『デバッグ・ウイルス』の巣窟ってわけか。……エイジス、俺たちの装備でこの『バグ』を回避する手段はあるか?」


『正直、心もとないです。……一つだけ、手はあります。最初の夜に組んだ【初級警戒結界】のコードを改造して、固定座標展開ではなく、マスターの身体を中心に追従する超小型の結界――いわば【携行結界(パーソナル・ファイアウォール)】として、私のスピーカーから常時展開し続けます。ただし、汚染マナを弾き続ける出力をポタ電から供給しても、フル稼働でせいぜい30分が限界でしょう。しかし、第3区画の構造図を見る限り、パーツが安置されている『保管庫』は、区画の中でも最も奥まった物理隔離層にあります。そこまで最短ルートで駆け抜けるなら、滞在時間を10分以内に抑えられるはずです。往復の所要時間を考えると、かなりギリギリのデプロイになりますが』


「10分か。サーバールームの緊急ラッキング作業より短いな。……だが、あの区画には何がいる? 変異した魔物とやらがどれくらいの密度で常駐しているんだ?」


 助人の問いに対し、アルファはホログラム上で神経質そうにデータを解析する。


『800年分の観測ログを解析すると、区画内は『自己増殖型の捕食プロセス』で溢れています。彼らはマナを喰らい、侵入者の魔力を検知して、ネットワークを伝うようにしてパケット攻撃を仕掛けてきますわ。彼らにとって、貴方の魔力(ログイン情報)は、何よりも美味しそうなご馳走ですから』


『当時のログによれば、個体レベルでヒグマを遥かに上回る戦闘強度を維持し続けているようです。特に、深層にいる個体は、物理的な攻撃だけでなく、周囲の空間に干渉して「重力」や「熱」を操作する、高位魔術の残滓(バックグラウンド・プロセス)を常時実行しています』


「武器はサバイバルナイフ一本。防御はスマホ頼みの携行結界一枚。相手は空間操作までやってのけるヒグマ級の魔物が群れる汚染区画……。インフラエンジニアの現場としては、これ以上ないほど『要件が理不尽』だな」


 助人はニヤリと苦々しく笑った。


「だが、ここで引き返せば魔導車はただの鉄屑だ。……行くぞ。あの薄暗い『バグの巣窟』へ、今度こそ正規のインフラ屋として殴り込み(クレンジング)をかけてやる!」


 二人のAIが力強く返事をする中、助人は魔導車のボンネットを勢いよく閉じた。漆黒の装甲が閉まる乾いた音が、これから始まる危険な探索の合図のように、ガレージ内に重々しく響き渡った。

※2026/7/12改稿

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