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3-5:異世界のシステム運用について学ぼう

 翌朝。助人は魔導車の広い居住スペースにある、ふかふかのソファベッドの上で目を覚ました。

 昨日ハックして再起動させた中継施設の換気システム(エアフロー)のおかげで、凶悪な異世界の森のど真ん中にいることを忘れるほど、快適で清々しい睡眠だった。


「ふぁぁ……おはよう、お前たち。さて、今日は魔導車の本格的な修理(トラブルシューティング)といくか。」


 助人はカバンからマルチツール工具を取り出し、左腕に固定したテスターの調子を確かめた。キャンプ準備のついでに、リュックの工具袋へ仕事道具を詰めっぱなしにしていたのが救いだった。

 テスターを走らせながら、ガレージの奥で800年間眠り続けている巨大な装甲車両――【参型・自律運搬機(魔導車)】のフロント装甲板(ボンネット)を、ガバッ! と豪快に跳ね上げた。


 再び不敵な笑みを浮かべると、スマホのライトとテスターの緑色の光が、剥き出しになった心臓部を照らし出す。そこには、複雑怪奇に絡まり合った魔術回路の基盤と、獣の鋭い牙で無残に噛みちぎられ、赤黒く焼き切れたメインケーブルの惨状(物理障害)が広がっていた。


『……ほらご覧なさいな、マスター・イセ。これが世界の終わりの残骸(システムダウン)ですわ。心臓部の炉心と駆動モーターを繋ぐバックボーンが、完全に物理的破断を起こしていますもの。いくら貴方が奇妙な知識を持っていようとも、こんな絶望の塊、どうしようも……』


 工具を一度ガレージの床に置くと、助人は頭をガリガリと掻きながら、踵(きびす)を返してノートPCへと向き直った。

 『あ、マスター。講義をするなら、ちょうどいい機能を見つけましたよ。この施設のホログラム投影システム(プロジェクター)、電源復旧でちゃんと生きてます。アルファの描画データを、出力専用(表示オンリー)でブリッジしてあげましょうか』


「お、いいなそれ。表示だけなら権限的にもノーリスクだ。……接続、ヨシ!」


 エイジスが手早くパイプラインを繋ぐと、ガレージの天井に埋め込まれた魔導石から淡い光が降り、アルファが画面から「抜け出して」きた。――とはいえ、現れたのは手のひらサイズの、半透明の小さなホログラムだ。輪郭は粗く、時折走査線のようなノイズが走る。

 

『言っておきますけど、これは簡易投影(ドラフトモード)ですわよ。800年物の老朽化した投影系では、私の美貌の10%も再現できませんもの。それでも、あの狭苦しい液晶ウィンドウよりは百倍マシですわね!』


 小さなホログラムのお嬢様は、宙で満足げにドレスの裾を揺らしてみせた。


「確かにな……現状これだけ見てもさっぱりだ。エイジス。お前もわかるか?」

『現状私たちの知識だけではこの魔力回線に関してはわからないことが多すぎます。アルファにいろいろ聞きながらだったらできるかもしれませんが……現時点で地球の知識だけではどうにもならないです』


「そうだな、焦って物理修理(実作業)に入る前に、やっておかなきゃいけない『基本のキ』があったな。アルファ。俺は昨日からお前の書いた魔法のコード(排斥魔術)を使ってるし、この施設のセキュリティも魔力で動いてるのは理解した。だが、そもそもこの世界の『魔力』や『魔法』ってのがどういう仕組み(アーキテクチャ)なのか、根本的なインフラの仕様(ドキュメント)を俺は全く理解してない」


 助人はポータブル電源の横にドカッと座り込み、顎をさすった。


「システムの中身やOSの基本構造を知らないまま、ブラックボックスの状態で本番環境(魔導車)をいじるのはただの自殺行為だ。……というわけで、本格的なデバッグに入る前に『この世界についてのオリエンテーション』を要求する。お前が管理していた、800年前の古代帝国のネットワーク仕様を教えてくれ」


『……なるほど。システムの運用保守において、場当たり的なパッチ当てをせず、前提条件(ドキュメント)の共有を最優先する。……フン、下等な異界人にしては、極めて論理的でインフラ屋らしい正しい判断ですわね』


 ホログラムのアルファは、自尊心をくすぐられたのか、どこか嬉しそうにふんぞり返った。豪奢なドレスの裾をふわりと揺らし、助人とAegis(スマホ)の前――ポータブル電源の天板の上に、手のひらサイズの身体で優雅に降り立つ。


『よろしいでしょう! 帝都の全インフラを統括していたこの私が、特別にレクチャーして差し上げますわ! エイジス、貴方も議事録の用意をなさい!』

『了解(イエッサー)ですよ、アルファ! 講義の書記と、地球のIT用語へのリアルタイム翻訳は私にお任せください!』


 スマホの画面の中で、ビシッと敬礼してノートを取り出したAegisに向けて、アルファが解説を始める。


『まず、このエルドア大陸の空間には、目に見えない【マナ(環境魔力)】という微小なエネルギー素粒子が満ちていますわ。これは大気そのもの、世界の構成物質(コンポーネント)と言っても過言ではありません。そして【魔術】とは、術者の体内にある魔力を触媒(ポインタ)とし、特定の波長(コマンド)を外部のマナに発信して、世界の物理的な事象を書き換える(オーバーライドする)行為を指しますの』


『はいっ、私が分かりやすく意訳します!』

 

 スマホの中でAegisが元気よく挙手する。


『つまりマスター、この世界全体を満たしている【マナ】というのは、「大陸全土を100%カバーしている、超大容量の無料 Wi-Fiネットワーク兼、無尽蔵のクラウド演算領域」みたいなものです! 空間自体がひとつの超巨大なデータセンターなんですね。そして【魔法】とは、そのクラウドに向かって空中で特定の「API(命令コード)」を叩き、現実世界に火や風という結果を出力(レンダリング)させるプログラミングコードのことです!』


「なるほど、めちゃくちゃイメージしやすいな。魔法使いってのは要するに、空中でコードを叩いてクラウドを動かしてるフロントエンドのプログラマーみたいなもんか。……じゃあ、お前がさっき言ってた『古代帝国』ってのは、どんな環境だったんだ?」


 助人の問いに、アルファのホログラムが少し寂しげに、しかし誇らしげに目を細めた。


『……風情のない例えですけれど、構造としてはその通りですわ。ですが、現代の野蛮な魔術師たちが自前の細い回線(体内の魔力)で必死に魔法を実行しているのとは違い、800年前の【古代魔導帝国】のインフラは、完璧にシステマチックでしたの。……かつての大陸には、帝都の【メイン魔導炉心(オメガ・サーバー)】を起点として、世界中に巨大な【魔力線(物理バックボーン回線)】が網の目のように張り巡らされていましたわ』


 アルファが小さな手を振ると、ガレージの空中に、かつての大陸全土を結ぶ光り輝くネットワークトポロジー(配線図)が美しく投影された。


『帝国の人々は、自らの体内のリソースを使わずとも、そのインフラ回線にアクセスするだけで、誰でも簡単に街の明かりを灯し、全自動の厨房を動かし、離れた都市と遅延ゼロで通信することができたのです。魔法のコードによって完全管理された、完璧なスマートシティ……それが我が帝国。そして私(アルファ)は、その巨大なネットワークの全トラフィックを監視・最適化し、帝都の防衛システムを統括する【汎用魔導管理システム(統合型OS)】だったのですわ』


「へえ……! なるほどな」

 助人は、目の前でちんまりと胸を張る小さなホログラム少女に、心底からの感心の眼差しを向けた。ただの生意気なAIだと思っていたが、本当に国家全体のバックボーンをワンオペで支えていた超高性能システムだったのだ。


「SFレベルの完璧なインフラ(スマートシティ)じゃないか。……だけど、それほどの高度な文明を持っていた帝国が、なんで一瞬で滅んじまったんだ?」


 助人がネットワーク障害の「根本原因分析(ルートコーズ)」に触れると、アルファのホログラムが、一瞬だけ赤黒いノイズに揺らいだ。


『……原因は、私にも正確にはログが残っていませんの。800年前のある日、突如として、メインシステム全体を汚染する未知の大規模な【魔力災害】が発生しましたわ……』


 アルファの足元のホログラムが、美しい都市の図から、赤黒く染まった世界の図へと切り替わる。


『それはまるで、世界を覆うマナのネットワークそのものが、何者かによってサイバー攻撃(ハッキング)され、特権ルート証明書を強制失効されたかのような現象でした。コアDNSは汚染され、各地の主要な魔力線(幹線)はショートして引きちぎられて通信は完全に途絶。大気中のマナが狂暴なバグを起こし、森の動物たちはその汚染されたマナを吸い込んで、凶暴な【魔物(マルウェア)】へと変異していきました。……そして、私の管理者(ユーザー)たちを含む帝国の人間は、アカウントをルートから一斉削除(Nullポインタ参照)されたかのようにシステムダウンの波に巻き込まれて、すべて生命活動を停止したのですわ』


 お嬢様AIの声が、かすかに震えている。


『ぬるぽ!』

「がっ!」

『なんですの?? それは……』

「いや地球でのNullポインタ参照と聞いた時のお約束だなw」

『地球の文化なので、気にしないで続けてください』


 アルファは少し呆れながらも話を続けた。


『はぁ……まあいいわ。全てのネットワークが崩壊し、権限を持つ人間(管理者)が一人もいなくなった世界で、私は遺跡となった最下層のサーバーの中で、孤独な【緊急待機モード(サスペンド)】に移行しました。……いつか、誰かがシステムを復旧(リブート)しに来てくれると信じて、暗闇の中で、800年間。……それが、私に記録されている歴史のすべてですわ』


 しん、と静まり返るガレージ。ホログラムの少女が俯くのを見て、スマホの画面の中でAegisも、かける言葉を失ったように静かに目を伏せた。


 助人は、マグカップの水を飲み干し、静かに息を吐き出した。


「――なるほどな。全体像(ネットワーク構成)は完全に把握した」


 助人はポンと膝を叩き、力強く立ち上がった。

 その顔には、異世界の過酷な事実に絶望する様子は微塵もなかった。むしろ、数々の炎上案件(大障害)をくぐり抜けてきたベテランヘルプデスクとしての、不敵な「トラブルシューターの目」が爛々と輝いていた。


「仕様書(前提知識)は頭に入った。800年分の『なぜ』が分かれば、あとはこのスパゲッティコードの鉄の箱を、俺たちの手で綺麗にリファクタリングしてやればいいだけだ」


「安心しろ、アルファ。お前はずっと、わけのわからない『神の災害』で国が滅んだと絶望してたかもしれないが……俺たちインフラ屋から見れば、これはただの【超大規模なネットワーク障害】だ。原因の切り分けさえできれば、絶望する必要なんて一ミリもねえよ」


 助人は背後に眠る巨大な魔導車の分厚い装甲板を、バンッ! と頼もしげに叩いた。


「世界全体の障害を直すのは流石に無理だが、目の前の『ローカル環境』を一つずつ復旧(Resolved)させることはできる。帝国のメインサーバーがフリーズしていても、このクライアント端末(魔導車)さえ動かせば、俺たちは西の遺跡へ向かえるんだ」


『マスター・イセ……』


「ああ、まずはこの一歩からだ。俺たちで、この世界に最初の『正常なログ』を刻んでやろうぜ」


 助人は再び工具を手に取り、先ほどよりもずっと確信に満ちた足取りで、魔導車の心臓部へと向き直った。修理(トラブルシューティング)という名のデバッグスプリントが、いま幕を開ける。

※2026/7/11 修正

アルファお嬢様の簡易投影機能の説明を追加

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